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こじらせ王太子と約束の姫君  作者: 栗須まり
第1部
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世間知らず

ジョアンと他3人は、王都から数えて二つ目の町を通り過ぎた所で、一旦休憩を取る事にした。

そこで町の外れにある宿屋兼居酒屋に今夜の宿を決めると、食事を摂る為3人と一緒に居酒屋のテーブルに着いた。

これはジョアンにとって初めての経験である。

居酒屋はもちろん、一般的な宿屋に泊まる事も、たった3人だけの供の者という状況も、大国の王太子の立場では到底経験する筈が無い事だからだ。

しかしジョアンはこの状況に、何故だか胸が弾んでいた。


この宿にいる誰もが、私の身分を知らない。

こんなに解放的な気分になったのは、生まれて初めての事だ。

それに、これはいい経験だ。

兄上に全てを譲った後、私は姿を消すつもりなのだから。


そう考えていると、3人に見つめられている事に気が付いた。

「どうかしたか?私に構わず、何でも好きな物を給仕に頼むが良い」

「いえね、貴方様の事を何とお呼びすればいいかと思いまして。流石に呼び捨てには出来ませんから」

3人の内の1人が代表で言うと、残りの2人も頷いた。


「私か?呼び捨てで構わぬ。そう言えば私もお前達の名を知らぬな。何と言うのだ?」

「俺はホセです。そしてこっちはホアン、その隣がペドロです」

「ホセ、ホアンときて最後がペドロか。全員"ホ"が付くと思ったのだが、最後はペドロか」

「なんかすいません。ホドロと呼んでくれて構いませんが?」

「いや、逆にすまん。人の名前にケチを付ける気は無かったのだ。ただちょっとだけ期待した。改めてよろしく頼む」

「「「こちらこそよろしくお願いします」」」

3人はペコリと頭を下げて、ジッとジョアンを見つめている。

ジョアンは不思議に思って3人に問いかけた。


「まだ何か聞きたい事があるのか?」

「いえ、そういう訳ではないんですが、やっぱり貴方様を呼び捨てには出来ません。旦那と呼んでも構いませんか?」

「構わん。旦那か。一気に庶民的になった気がするぞ」

旦那と呼ばれて嬉しそうなジョアンを見て、3人はホッと胸を撫で下ろした。

「それじゃあ旦那、まずは乾杯といきましょうや。エールはお好きですか?」

「エールとは何だ?すまんが私は出された物を飲むだけで、あまり酒に詳しくないのだ。大抵私が好む物が出て来たから、私も何も聞かなかったのだが」

「旦那‥あの、失礼ですが旦那は、あまりにも庶民と感覚がかけ離れてい過ぎます。やはりお忍びですから、庶民の物に慣れて貰わないと困ります」

「うっ!やはりそうなのか。先程から皆が飲んでいる物が分からなかった。努力するので教えてくれ。間違ったら遠慮なく注意してくれて構わない」

「う〜ん、そう言われても中々状況によっては言いにくい場合もあるでしょうから、旦那の設定は世間知らずの商家のお坊ちゃんにしましょうか?それで我々は使用人で、イスペル刺繍の商談へ向かう途中ってのはどうです?」

「成る程!ホセ、お前は知恵が働くな。それはいい案だ。イスペルはミドラス領とはいえ、商人ならば出入り自由だからな」

「旦那も良くご存知で」

「私は立場上知っていなければならなかったのだ。ミドラスという国は産業の発展には力を入れず、他から奪って私服を肥やす。だから金回りの良くなる事には寛容なのだ。イスペルが侵略されたのはその為なのだが、お前達には不幸な出来事であったのだろうな‥」

「‥‥ミドラスが攻めて来なくても、どのみちあの国は終わっていました。国王をはじめ貴族達は、碌な政治も行わない癖に、税金ばかり上げて自分達のポケットに入れていましたから」

「お前達は今回の任務をどう思っている?どうもその口ぶりだと、王族にあまりいい印象を持っている様には思えないが」

「エレナ様は王族とはいえ、庶民として生きる道を選びました。そして自ら俺達と同じ傭兵訓練所に入ると、泣き言一つ言わず見事に訓練をやり切りました。あの方は知っていたんです。力を得る為には、傭兵になるのが最も手っ取り早いって。そしてその力を庶民の為に使うのが、自分達王族の犯した罪の償いだと言っていました。だから俺達はエレナ様の為なら、喜んで働きますよ。この任務は俺達にとって名誉な事なのです。初めて故郷の為に働けるんですから」

ホセがそう言うと、ホアンとペドロも感慨深げに頷いている。


「ならば必ず成功させねばな。私では頼りないかもしれぬが、力になって欲しい。お前達の力が必要なのだ」

「忠誠を誓った主人の弟君です、俺達が命をかけて守りますよ。主人のお陰で家族にも会える。本当にあの方はお心の広い方だ。俺達にとっちゃ命の恩人です」

「兄上は命の尊さを誰よりも良くご存知なのだよ‥。道中兄上の話を語ってもいいか?」

「もちろん!俺達の主人です。聞きたくない筈がありませんよ。それじゃあ気を取り直して、乾杯といきましょう!おい、オヤジさん!エールを4つと、後は適当に腹が膨れる物を頼む!」

「はいよ!」

ホセが厨房に向かって叫ぶと、居酒屋の主人は顔を出して返事をした。

その様子を見てジョアンは目をパチクリとしながら、「成る程な‥」と言って頷いている。

エールは大きな木のジョッキに入れられ、すぐテーブルに運ばれて来た。


「それじゃあ任務の成功を祈って!」

掛け声はホアンで、3人はジョッキを掲げている。

ジョアンも見よう見真似でジョッキを掲げると、ペドロが勢いよくそのジョッキにぶつけて来た。

続いてホセやホアンもぶつけて来ると、ジョアンも同じ様にぶつけてから口に運んだ。

少し苦味のあるエールが口に広がると、炭酸特有のシュワッとした感触が喉を下りて行く。

「初めて飲んだが、悪くないな」

「そうでしょうとも。俺達にはこれが一番美味い飲み物ですからね!旦那、食べ物も来ましたぜ。こっちも食べてみて下さいよ」

ホアンが焼いた豚の骨付き肉を薦めると、ジョアンは困った顔をした。

「どうやって食べるのだ?自分で取るにしても、フォークとナイフが無いのだが?」

「ハァー全く旦那は世間知らずだ。手掴みでかぶりつけばいいんですよ。ほら、こうやって」

手掴みで豪快にかぶりつき、口の周りをソースだらけにしているホアンを見ると、一番やってはいけないマナーだと教わって来た行為だった。

それを自分もやらねばならないのかと、ジョアンは一瞬顔をしかめたが、庶民になりきる為に覚悟を決めた。


ガブリ!

口の中に香ばしい香りとジューシーな肉汁が広がる。

ソースも肉と上手く絡んで、一層旨味を感じた。

「お前達が"オヤジさん"と呼んでいたのは、一流のシェフだったのだな。私はこんなに美味い物だと思わなかった。ところで、ナプキンは何処だ?口を拭きたいのだが?」

「一流のシェフって、単なる居酒屋のオヤジですよ。それにソースは舐めりゃあいいんです。ナプキンなんぞある訳ないんで」

「ム、そ、そうなのか?一つ一つ教えてくれ。私はあまりに知らな過ぎるのだな」

「まあ、気長にいきましょうや。でも行程は急ぎますから、覚悟して下さい。片道3日で辿り着くつもりなんで」

「3日とは随分ハードだな。特別なルートでもあるのか?」

「それについては後で作戦を練りましょう。今は食事を楽しんで下さい。庶民として振る舞うには、いいリハビリになるでしょうから」

ジョアンはコクリと頷いて、また一つ骨付き肉にかぶりついた。


マナーを無視して食べる食事は、案外病み付きになりそうだな。


そう思いながらも、流石に指のソースを舐める事は出来なかった。

読んで頂いてありがとうございます。

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