ポンバル邸へ
アマリアは男性の服を一式用意していた。
レイリアは手早くそれを着て鏡の前に立つと、ルイスから借りた付け髭を付けて帽子を被った。
自分でも笑ってしまう程似合わなかったが、パッと見小柄な男性には辛うじて見える。
そうやって支度を整えている間に、ドミニクも準備を済ませてレイリアの部屋まで迎えに来た。
西門前には既にポンバル家の馬車が待っている。
急いでポンバル邸へ向かわなければならないのだ。
ジョアンが執務室を出て行ってから、レイリアとドミニクも直ぐそれぞれの部屋へ向かい、準備に取り掛かった。
エディは第1小隊が護送して来た三人をジョアンの供に着け、密かに戻ったリカルド達から報告を受けている。
ジョアンは身支度だけ整えると、三人を連れてレイリア達より一足早く出発した。
「レイリア、そろそろ行くよ。今なら西門まで誰もいない」
「お兄様、今の私はレイリアじゃないわ!レイとでも呼んでちょうだい」
「ハハッ!すっかりなり切ってるね。レイリ‥じゃなかった、レイ」
「お兄様だって中々の物よ。兄さんって呼ぶわね!」
ドミニクもメガネをかけて目深に帽子を被り、中年紳士の様な出で立ちに変装している。
「ではレイ、兄さんの後に着いておいで。アマリア、荷物の積み込みは終わっているね?」
「はい、バッチリです!それにしてもドミニク様は、変装してもオーラダダ漏れですね。全く、いい男過ぎるのも困りものです。それに比べて姫様は‥アレですが」
「アレって何よ、アレって。似合わない事は分かっているわ!」
「いえ、暫く思い出しては楽しく過ごせそうですよ。さあさあ、早く行きましょう!」
アマリアはニヤニヤしながらグイグイとレイリアの背中を押して、何故か楽しそうに廊下を進む。
廊下から西門までは人払いがされている様で、ドミニクの言う様に人の姿は無い。
せっかく変装したのに少々残念な気がしたが、ポンバル邸に着くまでは用心に越した事はないのだ。
「リア」
馬車が見えて来た所で、どこから現れたのかエディが突然呼び止めた。
「え?エディ!ダメダメ、今の私‥じゃなくて、僕はレイだよ。どうしたんだい?忙しい筈なのに?」
「君と暫く会えないのだから、せめて顔を見ておきたいと思ったんだよ。それにしても‥うん、すっかりなり切ってる様だね」
「似合わないけどね」
「君はどんな姿でも魅力的だよ。くれぐれも気を付けて‥。後で手紙を書くから、大人しくしていておくれ」
「分かった。貴方こそ無理をしないで」
レイリアがそう言うとエディはレイリアの右手を取って、手の平と甲にキスをし、その手をギュッと握った。
「離れがたいが時間切れだね。いいかいレイ、絶対にポンバル邸から出てはダメだよ。分かったね?」
レイリアはコクコクと頷いて、握られた手を強く握り返した。
先に乗り込んだドミニクが窓から顔を出してエディに目配せをしている。
エディは頷きレイリアの手を離して、馬車へ向かって背中を押した。
ポンバル家の馬車はすぐさま走り出し、すっかり暗くなった王都の道を進んで行く。
ポンバル邸は王都の郊外に建ち、王宮からはおよそ1時間程時間がかかるそうだ。
「さあ姫様、聞かせて貰いますよ!どうやってあの赤毛の貴公子、エドゥアルド殿下と知り合ったのです?色々なんて言葉で済まされるとは、まさか思っていませんよね?」
「何を言っているんだアマリア?僕はレイだよ。姫君は王宮だろ?」
「何だか話し方だけ板についてきましたね。見た目はアレのままですが」
「だからアレって何だよ、アレって。失敬だな君は」
「ドミニク様、明日から姫様のレディ教育は、話し方から始めましょう!悪ノリした姫様は手に負えません!」
「ハハハ‥アマリア、今日は勘弁してやってくれ。明日からレイリアもポンバル邸に缶詰だ。時間はたっぷりあるだろう?」
「そうですか?まあ、ドミニク様にそう仰られたら、聞きますけど‥」
「うわっ!何その対応の差は!酷い!」
「日頃の行いですよ。それに私はいい男の言う事には逆らわないって決めてるんです!レイ‥様はいい男というよりアレですからね」
「二人共、声のトーンを落として話しなさい。内密にと言われただろう?」
「「‥はい」」
「レイ、父上が心配して手紙を寄越したんだ。あの時バルコスでも不思議な事が起こったそうだよ。僕は発つ前に簡単ではあるが、手紙を書いて鳥を飛ばして来た。落ち着いたらお前も手紙を書いて送りなさい。これが父上から届いた手紙だよ。着いたら目を通してご覧」
上着の胸ポケットから手紙を取り出すと、ドミニクは大公からの手紙をレイリアに渡した。
「お父様から!?そういえばオセアノへ来てから、一度も手紙を書いていなかった‥」
「薄情だなぁレイは。きちんと何があったか説明して、エドゥアルド殿との話も進めなければいけないよ。忘れているだろうけど、バルコスの姫君はオセアノへ嫁ぐ予定で来たんだからね。まあ、ジョアン殿下の条件で予定は狂ったけど、彼の気持ちも理解出来なくはないな。僕も妹が大切だからね」
「お兄‥いや、兄さん!大好き!」
「ちょっと待って下さい!エドゥアルド殿下との話って、ええっ!!もうそんな所まで話が進んでいるんですか!?」
「アマリア、さっきも言ったが詳しくは明日だ。もうそろそろポンバル邸に着く。僕の妹を休ませてくれないか?疲れているだろうからね」
「は、はい、つい興奮しました」
アマリアは聞きたくてウズウズしていたが、ドミニクに釘を刺されてはそれ以上何も聞けなかった。
明日はきっとアマリアがしつこく聞いて来るんだろうな。
きっと生暖かい目で見てくるか、いつもの恋愛小説を押し付けて来るわね。
でもお兄様は自分の事を、どうするつもりなのかしら?
レイリアはぼんやりと窓の外を眺めながら、ふとそんな事を考えた。
馬車は角を曲がってポンバル邸の敷地に入って行く。
門をくぐるとその先に、出迎えの召使い達とイザベラの姿が見える。
まあ、こういう事はアマリアの方が得意よね。
着いたらアマリアと作戦会議だわ!
どうせポンバル邸からは出られないんだし、お兄様の為に一肌脱いじゃおう!
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