帰還
「リア、そろそろ着くよ。目を覚まして」
エディの声が耳元で聞こえて、レイリアは薄っすらと目を開けた。
目の前には至近距離で覗き込むエディの青い瞳が迫り、唇はくっ付きそうな近さにある。
「ヒ、ヒェッ!!」
レイリアが焦って変な声を上げると、エディはクスクス笑いながらレイリアの唇にキスを落とした。
真っ赤になって逃れようとするが、何故か体の自由が利かない。
いつの間にかエディの膝の上に座り、すっぽりと腕に包まれている。
「な、何で?いつの間に?」
「覚えていないのかい?君が座席から転げ落ちたからだよ。私の膝においでと言ったら、君は自分から座ったのだからね。私を責めないでおくれよ」
「ひゃあ!そういえば‥夢だと思って座った覚えが‥‥。ごめんなさいエディ‥もう大丈夫だわ」
「もう少しこのままでいておくれ。王宮に戻ったら、君と中々会えなくなる。もう少しだけ君と二人で過ごしていたい。せっかくイネス嬢が気を利かせて、二人だけにしてくれたのだから」
「ハッ!そういえばイネスは‥?」
「彼女はナイトの腕の中だよ。覗いてごらん」
エディはそう言って馬車の窓を少し開けると、二人乗りをしている馬を指差した。
緊張の面持ちで手綱を握るルイスの腕の中に、コックリコックリと居眠りをするイネスの姿が見える。
なんだか微笑ましい光景に、レイリアは思わず笑みをこぼした。
「ナイトって言うより、なんじゃって感じね。ルイスったら、ククク‥あの顔はなんじゃよ」
「リアはルイス殿に厳しいね。でも、あまりからかわずに、暖かく見守ってあげなければいけないよ。どうやらルイス殿は、イネス嬢を気に入った様だから」
「えっ!?でもルイスはすご〜く趣味が悪いって、前に自分で言ってたわよ?どう見てもイネスは悪いどころか良すぎるんだけど?」
「まあ、あまり詮索せずに見守ろう。リアも余計な事は言わない方がいい。君はルイス殿に一言多いからね」
「うっ‥お兄様にも同じ事を言われたわ。気を付けます」
シュンとするレイリアの額に、エディはにっこり笑ってキスをした。
その間に馬車は王宮の城壁を進み、正門をくぐって庭園の真ん中を走っている。
やっと王宮に戻って来たのだ。
正面玄関の前にゆっくりと馬車が止まると、中からエディが降り立ち、続いてレイリアがエディに手を引かれて降りて来た。
出迎えの女官や侍女達の中に、アマリアの姿があり、レイリアを見た瞬間にボロボロと涙を零し始めた。
「アマリア、泣かないでよ。私はこうして無事なんだから」
「姫様‥ヒック、本物の姫様なんですよね?」
「本物よ!偽物がいたらお目にかかりたいわ!」
「私には偽物にしか見えません。あの姫様が、あの絵に描いた様な鈍感で奥手な姫様が、殿方と仲睦まじく馬車を降りて来るなんて!しかも赤毛の貴公子ではないですか!」
「あー‥えっと、色々あってね。まあ、色々あったのよ」
「姫様、私がそんな説明で納得するとでも?早く赤毛の貴公子を紹介して下さい!」
「わ、分かったわ。驚かないでよね!えっと、こちらは行方不明になっていた第一王子、エドゥアルド殿下よ」
レイリアがエディを紹介すると、アマリアは目を丸くして盛大に驚いた。
「ほら、やっぱり驚いた!」
「これを驚かない人がいたらお目にかかりたいですよ!一体何がどうなっているんです?それに姫様、馬車に乗っても大丈夫なのですか?ドミニク様に聞こうにも、忙しそうで何も聞けませんでした」
「後で詳しく話すわ。今はほら、色々と取り込んでいるし、ジョアン殿下にも挨拶に行かなくちゃいけないから!」
矢継ぎ早に質問をするアマリアを、なんとかやり過ごそうと考えを巡らせていると、不意にエディが問いかけた。
「君はリアの侍女なのだね?名前は何と言うのだい?」
「ハッ!殿下にご挨拶もせず大変申し訳ございません。お初にお目にかかります、姫様の侍女、アマリアと申します。この度はうちの姫様が、色々と‥何か色々あったらしく、色々ありがとうございました」
アマリアの挨拶にエディは柔らかく微笑むと、女官や侍女達を下がらせ人払いをした。
「ではアマリア、リアとドミニク殿がポンバル邸に滞在するという話は聞いているかい?」
「はい。先程イザベラ様と一緒に聞かされて、イザベラ様はご自宅へ準備に、私はお出迎えをする様に言いつかりました」
「そうか。なら急いで荷物を纏めて、リアとドミニク殿と三人でポンバル邸へ向かっておくれ。ドミニク殿には伝えておくから、準備が出来次第出発するんだ。いいかい、この事はくれぐれも内密に。今は時間との勝負なのだよ」
「は、はい!では内密ですから、姫様に変装して貰いますか?」
「うん、その方がいいね。バルコスの姫君は王宮にいると思わせる必要があるのだよ。ではアマリア、直ぐに取り掛かってくれ。リアは私と一緒にジョアンと父上の元へ行こう」
「え、ええ‥」
アマリアは慌てて部屋へ向かい、レイリアはエディに連れられ国王の執務室へ向かった。
歩きながらエディに質問しようとするが、人差し指を唇に当て首を振るのでやめておいた。
きっとエディには何か考えがあるのだろう。
"時間との勝負"という言葉は、今日何度もエディの口から聞かされた言葉だ。
エディが何を考え、何をしようとしているのかは分からないが、既にマンソンとの戦いを始めたのだという事だけは、レイリアにも分かっていた。
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