侮れない
シモンとミゲルは食堂の外にある、木で作ったテーブルの上にそれぞれの物を用意していた。
「あれ?シモン殿これは?」
シモンの用意した、布で巻いた肉の塊を見てルイスが尋ねる。
「ああ、これにシャツを被せて切った方が、生身に近くなると思いまして。ヒラヒラした物は、やはり切りにくいでしょう?」
「さすがだね!気が利くね〜君は!」
「フフフ‥義兄上、気が利くというのはこういう事を言うんですよ」
「私だって気が利いている!シャツを5枚も用意したぞ!」
「どうせ洗濯が面倒で、部屋の隅に丸めておいた物を持って来ただけでしょう?くたびれた上に臭いじゃないですか!」
「牢にいたなら臭い方がいい筈だ。気が利いているではないか!」
「全く口の減らない義兄上だ。殿下、申し訳ありません、シャツは臭い物になりました」
エディはクスクス笑いながら頷いている。
「うん、ミゲルが言う様に多少は臭う方がいいかもしれないね。それで動物の血の方はどうだい?もしかして君の機転で袋に詰めたのかな?」
「凄いです!まるで見ていたかの様ですね!その通りです。切ってから血が出た方が、よりリアルに見えるかと思いまして」
「実はねシモン、少し君の判断能力を計ろうと思って、わざとヒントだけを言ったのだよ。これから君には色々と協力して貰う事になるからね。これを見る限り、君は私の期待以上の働きをしてくれそうだ」
エディの言葉にシモンは一瞬息を飲んだ。
この方は‥侮れない。
一瞬の油断も許されないぞ。
シモンは突然現れた第一王子の能力に、計り知れない物を感じていた。
「それではルイス殿、始めて貰おうか」
「はい!」
肉の塊の上に血の入った袋を乗せ、その上にミゲルのシャツを被せる。
ルイスは構えて、襟元から背中に当たる部分に、一気に剣を振り下ろした。
血の袋は上手く破れて、シャツの内側から滲んだ染みが広がり周囲に飛び散っている。
斬り付けられた傷が、生々しく再現されたシャツの出来上がりだ。
「見事な出来栄えだね。これならマンソンも疑う事はないだろう。刺客というのは確実に仕留められる所を知っている。その点ではルイス殿の切った場所は的確だよ。シモン、直ちにこれを第1小隊隊長に渡してくれ。ペンダントも忘れずに!」
「はい!直ちに!」
シモンは言われた通りシャツとペンダントを持って、第1小隊隊長の元へ走った。
「さて、ミゲルはこのまま大人しく、農園暮らしをしていておくれ。シャツは後で新しい物を届けよう」
「いやはや流石は殿下!シャツまで頂けるとは、なんとお心の広い!」
「全く調子のいい奴だ。いいかミゲル、殿下の言った"大人しく"という言葉を忘れるなよ!農夫に徹して余計な事に首を突っ込むな!次は命は無いと思え。助けてやれるとは限らないからな!」
「わ、分かっている。今回の件で私も懲りた。野菜作りに精を出すぞ。それでは殿下、私は宿舎へ引っ込みます。私は殿下の為ならどんな事でも致しますので、ミゲルという名をお忘れなく!」
ちゃっかり自分を売り込み、ミゲルはそそくさと宿舎へ引っ込んだ。
「我々も王宮へ戻らなければいけないね。リア、行こうか‥‥‥‥おや、どうしたんだいリア、ポカンとして?」
レイリアは口を開けてポカンとしている。
「リア?」
「エディ貴方って‥」
「私が何?」
「エディよね?」
その質問に、思わずエディは吹き出した。
「クックック‥そうだね、私は私だよ。リアを甘やかしたい一人の男さ」
そう言うとエディはレイリアを抱き上げ、馬車へ向かって歩き始める。
「ちょ、ちょっとエディ、恥ずかしいからやめて!」
「嫌だね。多分君は私の事を別人みたいだと思ったのだろう?そんな事を思わせない様、こうして近くで実感して貰うよ」
「べ、別人みたいっていうか、こんな一面も持っていたのかっていうか、とにかく驚いて感心していたのよ!あと‥カッコいいなぁとか‥」
「え?なんだって?聞こえなかったな。最後だけもう一度言ってくれるかい?」
「この距離で聞こえない訳無いわ!とにかく早く降ろして!」
「君がキスしてくれたら考えてもいいよ」
「うう‥やっぱりエディは意地悪ね」
レイリア達がギャーギャー言い合っている様子を、少し離れた所で見ていたルイスは、呆れながら隣のイネスに話しかけた。
「エドゥアルド殿下は凄く頭がキレるよね。容姿もさることながら、物腰も柔らかいし。でも一つだけ弱点がある」
「弱点ですか?」
「そう。レイリアだよ。あれじゃ甘やかし過ぎだ。レイリアだって嫌がっているじゃないか」
「まあ!ウフフ‥ルイス様、あれは溺愛というのですよ。レイリア様は恥ずかしがっておられるだけで、本当は嬉しい筈です。何といってもお姫様抱っこは女の子の憧れですもの」
「そ、そういう物なんだ。僕には真似出来ない‥。君もさ、やっぱりあれに憧れるの?」
「お姫様抱っこですか?まあ、それなりに憧れますね」
「そうなんだ‥‥。努力あるのみだな」
「はい?」
「い、いや、僕等も早く行こう!」
「はい。えっ‥!」
ルイスはギュッとイネスの手を握り、早足で歩き始めた。
この話の流れから手を握るのは自然だろう。
流石にお姫様抱っこなんて僕には無理!
振り返るなよ僕。
今振り返ったらおしまいだ!
顔が熱くなるのを隠しながら、ルイスは自分の女性の趣味が、かなり良くなったと感じていた。
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