非難と挑発
ジョアンは朝から機嫌が悪い。
それというのも、従者のミゲルが勝手な行動をしたせいだ。
このミゲルという青年はマンソン侯爵の遠縁で、最初は側近候補としてマンソン侯爵から推薦された。
ところがミゲルにはその様な知識も能力も無く、出しゃばるくせに碌な仕事が出来ない。
何をやらせても中途半端で、ジョアンの元へ来てから、まともに成功させた仕事はひとつも無かった。
なまじ家柄と後ろ盾だけは良いので、放り出す事も出来ず、仕方なく従者をやらせている。
それなのに今朝、エンリケが橋の改修工事を視察に出かけると、書類の一部を勝手に処理しようとし、間違った指示を与えそうになった。
すんでの所でジョアンが見つけ、キツく叱った所だ。
はっきり言ってミゲルはお荷物以外の何者でもない。
せめて殊勝な所でもあれば良いのだが、自分より家格の劣る相手には、尊大で見下した態度を取る。
流石にジョアンも我慢ならず、次に何か問題を起こしたら、容赦なく首にすると最後通告した所だ。
更に今朝は頭の痛い問題を抱えている。
昨夜連絡があり、バルコスの姫君が本日午後到着するという。
姫君には十項目もの条件を呑んで貰った負い目がある為(エンリケに指摘され、あれからいくらか反省した)王家の森を抜けた先の離宮、通称"森の家"を整えて、そこに滞在して貰い最良の待遇を与えるつもりだ。
頭の痛い問題とは、姫君を案内する係にミゲルしかいないという現状だ。
最初は他の者か、エンリケに頼む予定でいた。
ところが先日の激しい雷雨により、老朽化した橋は壊れ、河川の増水による避難民の増加等の問題が持ち上がり、側近達は皆出払ってしまったのだ。
ジョアンは一抹の不安を抱いたが、案内位は出来るだろうと高を括っていた。
「ミゲル、姫君を案内する場所は把握しているな?」
「分かってますよ殿下。森の家ですよね?バルコス辺りの小国の姫君にはピッタリの場所ですね」
「ミゲル、お前はバルコスの姫君を見下しているのか?」
「いえ、別に。見下している訳じゃありません。比べるまでも無いので」
ジョアンは長い溜息を吐いた。
ミゲルは国の状況はおろか、姫君の立場も分かっていない。
そしてジョアンが十項目の条件を出した事により、蔑ろにしてもいい相手だと認定している。
今更ながらエンリケの言う事が正しかったと反省する。
あれは少々やり過ぎた。
いくら誠実を貫こうと思ったとはいえ、ミゲルの様な者にまで、結果として姫君が見下される羽目になってしまった。
機会があったら十項目を五項目程度に減らしてみよう。
ジョアンが頭を抱えている間に先触れが訪れ、ジョアンとミゲルは謁見の間へ移動した。
国王代理の為王座に座り待っていると、扉が開き二人の男女が入って来た。
女性を見てジョアンは驚愕した。
あり得ない格好をしていたからだ。
立派なドレスに反して、鍔広の帽子を目深に被り、帽子から薄いベールを垂らして、顔全体を覆っている。
全くと言っていい程顔が見えない。
ジョアンが固まっていると、男性が口を開いた。
「本日まで案内係を務めました、ルイス・ブラガンサと申します。ブラガンサ辺境伯嫡子にして、姫君には従兄に当たります。殿下にはこの度の承諾、深くお礼申し上げます」
「おお、其方がブラガンサ辺境伯の御子息か。この度はご苦労であった。無事に姫君を送り届けてくれた事、感謝致す。ゆっくり寛いでまいられよ」
次は姫君の挨拶かと思ったが、姫君は何も言わない。
「ルイス殿、姫君はいかがされた?体調でも崩しておるのか?」
「恐れながら、姫君は殿下からの条件を忠実に守っておられます。十項目第四、会話や接触をしない事。第五、許可が出るまで口を開かない事。第六、なるべく顔を見せない事。第八、笑わない事。今現在当てはまるのはこの四つですが」
ルイスの発言を聞いて、エンリケの言葉が蘇る。
やはり早急に、何項目か削る必要がある。
「姫君、発言を許す。長旅ご苦労であった」
「レイリア・バルコスと申します。厄介者の我が身故、殿下のご希望通り忠実に十項目を守るつもりでございます。つきましては早急にミドラスとの問題解決にご助力頂き、殿下のお心を煩わせぬ様、故郷バルコスへ戻りたく思います」
ジョアンは絶句した。
今レイリアが言った言葉が胸に突き刺さったからだ。
君は君に群がる女性陣と、姫君を同等の枠に入れて考えている。
エンリケの言葉同様、姫君にも自分の考えを読まれていた。
そして遠回しに非難され、挑発されたのだ。
黙り込むジョアンに、ルイスが話しかける。
「挨拶も済みましたし、我々はこの場を辞してもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ、ブラガンサ殿には王宮内に部屋を用意してある。遠慮なく滞在なされよ。姫君には離宮を用意してある。案内させるので、自由に過ごされよ。ミゲル!姫君の案内を頼む!」
「はい殿下!お任せ下さい!姫君こちらへ!」
ミゲルは自信たっぷりに、レイリアを連れて行った。
その後を追う様に、ルイスも謁見の間から出て行った。
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