話すべき時
国王からの先触れに事情を聞いたジョアンは、執務室にエンリケを呼び人払いをした。
不思議に思ったエンリケは、ジョアンに向かって問いかける。
「ジョアン、陛下が到着される前に、我々はお出迎えの準備をせねばならない。こんな風に呑気に話している暇は無いんだ。それは君だって分かっている筈だが、わざわざ人払いまでして話す必要がある内容か?やはり、いきなり現れたエドゥアルド殿下についてなのか?」
「よく分かっているなエンリケ。流石は私の側近だ」
「いや、誉め言葉は要らんぞ。代わりに陛下の帰還を祝って、今夜開かれる晩餐会にタイトルを付けさせてくれ」
「却下だ」
「何故だ!?自信ならある!!」
「自信と実力は違うからだ。晩餐会の場を凍らせて君が批判を浴びても、私にはもう庇ってやる事が出来ないのだからな」
「ハッハッハ!大袈裟だなジョアン!そこまでの批判は無かろう?せいぜい呆れられる程度だ」
「君は知らないだろうが、私の元へかなりの苦情が寄せられている。今までは私も庇ってやれたが、今後はそうはいかない。兄上の手を煩わせる前に、君は今の仕事のみに専念しろ」
「ちょっと待て!今聞き捨てならない台詞を言ったな。私は君の側近だぞ?それなのに何故エドゥアルド殿下の手を煩わせる事になるのだ?」
「私の‥ではない、君は王太子の側近だからだ。兄上が戻った以上、本来の位置に就くのが当然の事であり、それが最も正しい形なのだ」
「なんだと!?ジョアン、確かに君は今回姫君の件で重大なミスを犯した。大臣達からの評判が落ちている事も知っている。だがそれについては、今後いくらだって挽回出来るではないか。何故その様に最初から決めていたみたいな話し方を‥‥まさか‥‥!」
「流石は王太子の側近だな。気付いたか‥?」
「まさかジョアン、最初からそれを狙って‥‥おかしいとは思ったのだ。姫君に対する君の仕打ちは、あまりにも君らしくないやり方だった。そしてタイミング良く現れた、ドミニク殿下の従者がエドゥアルド殿下であったという事。全て君が仕組んだ事なのか?」
「私は姫君に友好国としてあるまじき無礼を働き、その責任を取って退くつもりだった。その為姫君には私の失脚を陛下に進言して貰う様、協力を申し出ていたのだ。まあ、姫君には断られたが。今回の件は私が仕組んだ訳ではなく、偶然起こった出来事なのだ。しかし偶然とはいえ、私にとっては都合のいい展開になった。兄上がやっと名乗りを上げてくれたのだからな」
「それじゃあ姫君の事はどうするんだ?やっと探し当てた初恋の娘ではないか!」
「私の初恋の娘ではない。姫君は兄上の初恋の娘なのだ。ここまで言えばもう分かるだろう?私の想う相手が誰であったのかが」
「ああ、漸く分かったよ。君のやった事は全て、エドゥアルド殿下の為であったのだという事が‥‥。しかし、何故だ?何故そうまでしてエドゥアルド殿下を王太子の座に就かせ様とする?君は10年もの長い間、ひたすら努力をしてきたではないか?それに‥何故私に相談してくれなかったのだ!」
「君の反対を押し切り、勝手に一人で友好国の姫君に下らない条件を突き付けた。この事実が必要だったのだ。だから君には相談しなかったし、反対されるのも分かっていた。そして兄上について君が何故と言うのも当然だろう。君が私の元へ来た時、兄上と母は既に亡くなっていたのだから。エンリケ、今の私が王太子としていられるのは、全て兄上のお陰なのだよ。兄上は私の為に母が仕掛けた罠に自ら飛び込み、一度は命を落としたのだから」
「私が責任を問われない様に、君はあくまでも一人でやったという事実を作り出したのだな‥。全く、君という人は‥。それからエドゥアルド殿下の事だが、確かに私は何も知らない。今の君の説明で更に分からなくなった。今更とはいえ、教えてくれないか?私が来る前に何があったのかを」
「そうだな。話すべき時が来たのだ。明るい話でない事だけは、最初に言っておこう」
「君が根暗な事くらい知っている。それも今更だ」
エンリケがそう言うと、ジョアンは珍しく声を上げて笑った。
「ハハハ!やはり私はネクランか。君が言うなら間違いない」
「前にも聞いたが、そのネクランとは何だ?」
「話し終えたら説明しよう。中々のネーミングセンスだからな」
「なんだと!?それは聞き捨てならない!」
「食いつくのは話の後だ。時間が無いのだから手短に話すぞ」
「そうだったな。君がネーミングセンスなどと言うものだから、ついそちらに気を取られた。しかし最近はポエマーとしての才能に目覚めて、ポエムを作り溜めているのだぞ!いや、そんな事はどうでもいい、とにかく全て話してくれ」
ジョアンはまた声を上げて笑うと、エンリケの目をしっかり見つめながら、静かに話し始めた。
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