学園時代
「姫君はご存知かな?我が国の学園は国内外の貴族や、王族が通う全寮制の学園なのだよ。ドミニク殿にも一時留学の話はあった。しかしそれは実現しなかった。なぜだか分かるかね?」
「ええと、実は初耳で知りませんでした‥‥」
「姫君は本当に愛され、大切にされておるのう。ドミニク殿の評判は我が国にまで届いていたから、講師陣の強い希望により、留学を打診したのだよ。しかしドミニク殿はそれを断った。姫君に寂しい思いをさせたくないという理由でな。それでも諦めなかった講師陣は、せめて試験だけでも受けてみないかと詰め寄ったのだ。そこでドミニク殿は仕方なく試験を受けた。結果は‥講師陣の惨敗だ。ドミニク殿を説得しようと、講師陣でも難しい試験を作成したのに、全て満点だったのだから」
「へっ!?ま、満点!!お兄様‥凄すぎ!!」
「たまたまだよ。断りに行ったら突然試験を受けろと言われて、ついムキになった。お前に黙ってオセアノへ来ていたから、早く帰りたかったんだ」
「それって‥‥ブラガンサ領へ行くって言って、二週間位留守にした時の事?」
「そうだよ。わざわざ話す必要はないと思ったからね。僕は別に留学する気は無かったから。学問など父上に教われば十分だ」
「いや、それにしてもドミニク殿、満点というのは普通ではないね。神童というレベルだよ」
「大公も全く勉強をしている様子はないのに、サラッと同じ事をやってのけたよ。話が逸れたが、我々の若い頃の話をしよう」
「はい。お願いします」
レイリアはワクワクしながら国王が話し出すのを待っている。
その表情を見て何かを思い出したのか、国王はまた遠い目をしながら話し始めた。
「私が学園に入学した頃、今ではミドラスに滅ぼされたイスペルやヘラングといった国からも、貴族や王族が留学していた。彼等は自分達の身分や富をひけらかす様な嫌味な連中で、よく大公の事をバカにしていたよ。"弱小国の田舎者"などと陰口を叩いてね。成績で敵わないのを根に持っていたのだろう。とかくそういう連中は権力に弱い。オセアノ王太子である私の前では、あからさまに媚びへつらって、常に周りに寄って来た。私は毎日そんな連中に囲まれて、少々ウンザリしていたよ。かといって邪険にする事も出来ず、連中の話には適当に合わせていた。もちろん大公の陰口にもね。私はそういう優柔不断な若者だった」
「弱小国で田舎者ってセリフは、私も言われました。もちろん鉄拳制裁しましたが」
「リア、それがルイス殿の言っていた"足が出る"というやつかい?」
「ま、まあそうかしら?」
「レイリア!僕はレディになれと言った筈だが?」
「うっ‥!ごめんなさい‥‥。薮蛇だったわ」
「リア、そういう君も嫌いではないが、やはり怪我に繋がる危険な事はやめて欲しいね。私の心臓がもたない」
「‥はい」
「クックック‥やはり母君に良く似ておるな。私が母君と出会った時、母君は木の上にいたのだよ」
「木の上ですか?なぜ?」
「孵ったばかりの雛が巣から落ちて、それを戻そうとしていたらしい。木に登ってなんとか戻したまではいいが、降りられなくなった様でね。木の上でベソをかいていたのだよ。たまたま通りかかったら上から泣き声が聞こえて、私は助けを呼ぶべきか悩んでしまった。やはりご婦人なら木の上にいる所は、他に見られたくないだろうし。ところが後ろからやって来た大公は違っていた。あっという間に木に登ると、母君を肩に担いでスルスルと降りてきたのだ」
「お父様が木に!?今では想像もつきません!お腹も出ているし」
「リアはお父上に対して厳しいね」
「レイリア、父上はあんなんでも僕の剣の師匠だ。昔は痩せていた」
「いや、ドミニク殿もお父上に厳しいね」
「まあ、これが僕等家族の日常ですから。父上はおどけてみせるのが日課なんですよ。レイリアにダジャレを言わないと調子が悪い様です。今頃はクシャミをしているかもしれませんが」
「今の姿は知らないが、昔は本当に凛々しかったのだよ。あの時はあまりの身体能力の高さに、私は言葉を失ったよ。母君もそれはもう驚いて、叫び声を上げるどころか、ポカンと口を開けていた。でも彼は平然として、そして言ったのだ"殿下の取り巻き連中はどうしたのですか?そうやって一人になりたくなる様な付き合いなら、やめた方がいいでしょう。あの様な考え方をする連中は、いずれ国を滅ぼしかねない"とね。まったく油断していた上に、痛い所を突かれたよ。彼には分かっていたのだな。私が連中にウンザリして、よく一人で学園の森へ行く事が。そして取り巻き連中の国の内情を知り、私に忠告する為やって来たのだ。それまでまったく話などした事がなかった彼が、見兼ねて忠告に来る程私は情け無く見えたのだろう」
「聞けば聞くほど今のお父様とかけ離れていきますね」
「ハハハ!この時はまだ打ち解けていなかったから、クールな男だなという印象だったよ。それは他の生徒達も同じで、そのクールな所がいいと、女生徒からは人気があった。まあ、容姿の美しさではドミニク殿の方が上だが。ドミニク殿はモテて困るだろう?」
「いえ、モテるどころか、僕を見るとご婦人は皆避けていきます。モテた事など一度もありません」
「お兄様‥‥無自覚すぎるわ!」
「無自覚か。大公もそういう所があったな。あの一件から母君‥ブランカ殿は、大公に想いを寄せる様になったのだよ。ところが彼は相変わらず飄々としているものだから、私もついブランカ殿の手助けをしたくなってな、三人でいる事が多くなった。取り巻き連中は私にくだらない忠告をして来たが、私は取り合わず連中との付き合いをやめたよ。彼の言った言葉が胸に響いたからね。そして彼の言う通りになった。連中の国々は個人の利益ばかりを優先して、貧しい者の生活や国の防衛を怠った。やがて地方で反乱が起き始め、国が混乱し、ミドラスはそこを突いて次々に連中の国々を侵略していったよ。辛うじて自治は許されているがね。自分の国名を名乗れなくなったという事は、どれ程の屈辱であったろう」
「お母様が先にお父様を好きになったのですか!?私、絶対逆だと思っていました。それに‥やっぱり別人の様です」
「最初はクールだと思っていた彼は、実は愉快で陽気な男だったのだよ。私や周囲の人間を警戒していたから、その様に振舞っていただけだった。彼は視野の広い目を持ち、バルコスにとってどういう付き合いをするべきか、常に観察していたのだ。一方でそんな素晴らしい目を持っていながら、ブランカ殿の気持ちには気付かない。そんな所が歯痒くてな。よく彼女の相談に乗ったよ。彼女は明るく行動的で、側にいるととても穏やかな気持ちになれた。そしていつしか私はブランカ殿に惹かれ始めた」
「「ええっ!?」」
「父上‥‥まさかその様な言葉を聞くとは思いませんでした」
「眩しかったのだよ。ブランカ殿の笑顔が。クルクルと変わる表情を、ずっと見つめていたいと思っていた。私には少々複雑な生い立ちがあってな、そのせいにしてはなんだが、根暗な性格だったのだ。だから余計に陽だまりの様な暖かい彼女に惹かれたよ」
「根暗!‥‥性格は遺伝するのかしら?‥」
「リアは何を言っているんだい?私は根暗かな?」
「あ、ああ、違うの。独り言よ。エディは根暗というより、少し意地悪かも」
「リアは私にも厳しいね。意地悪な私はお返しにキスをしようか?」
「え、あ、口が滑ったわ!助けてお兄様!」
「僕は馬に蹴られてなんとやらにはなりたくないと言ったよね?」
「あー‥うう‥‥」
「フフフ‥姫君はやはり良く似ておる。その顔などブランカ殿そっくりだ」
「あの、私の事はレイリアと呼んで下さい」
「ではレイリア、ブランカ殿に惹かれた私はどうしたと思う?」
「えーと‥想いを告げた‥‥のですか?」
「正解だ。だが告げた相手は大公だ」
「「「ええっ!!」」」
三人は驚いて顔を見合わせた。
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