昼下がりは夢の中で
レイリア達一行が出発してから、5日が過ぎようとしていた。
ここまで順調に進んで来たが、昼過ぎから雷雨になり、慌てて近くの宿へ避難した。
雨は止みそうに無い。
今夜はこの宿で過ごすのが得策だろうとルイスは判断し、レイリア達の部屋を取った。
レイリアは欠伸を噛み殺して、目を擦っている。
流石に疲れも出る頃だろう。
アマリアはレイリアを連れて部屋へ行き、昼寝をする様勧めた。
「アマリアも疲れているんじゃないの?」
「私は馬車に揺られているだけですからご心配無く。姫様は馬を操っているんですから、休める時に休んで下さい。風邪などひかれた日には、私はず〜〜っと姫様に張り付きますよ」
「おやすみなさい!夕食には起こしに来てね」
「分かっていますとも。姫様は色気より食い気ですからね」
アマリアはそう言って出て行った。
目を閉じると直ぐに眠気がやってきて、あっという間に眠りに就いた。
『レイリア!あっちで子供が怪我をしてるよ!』
妖精がレイリアの周りを飛びながら、付いて来いと道案内をする。
どこかで見た景色と状況に、不思議な既視感を覚える。
気付けば自分も子供の姿で、妖精の行く先に着いて走っていた。
暫く行くと、5メートル程の高さの崖の下に、赤毛の男の子が左足を押さえてうずくまっている。
近付くと男の子は顔を上げ、鼻の上のソバカスを覗かせた。
「どうしたの?怪我をしたの?痛い?」
「一度に三つも質問するとは、君は欲張りだね。順番に答えると、この崖から落ちて、左足をそこの枝で負傷した。痛くないと言えば嘘になる」
「貴方子供なのに随分と生意気ね。こういう時は素直に怪我をして動けないから、助けてくれと言うものよ」
男の子は真っ赤になって
「すまない。助けてくれないか?」
と言った。
先程とは違い、随分と素直だ。
「怪我を見せて。ああ、結構深いわね。でも大丈夫!私は薬を持っているの。ちょっとしみるけど我慢して」
レイリアがポケットから薬を取り出し、男の子の足の怪我に塗ると、男の子は顔をしかめて痛みを堪えた。
包帯の変わりにペチコートを破き、それを巻いて縛ると、男の子はジッとレイリアを見た。
「君の瞳と髪は不思議だな。光によって色が変わる」
「ああ、瞳は祝福なんですって。髪は光に当たるとピンクになるの。珍しいらしいわ」
「祝福?よく分からないけど、とても綺麗だね」
「ありがとう」
初めて男の子から綺麗と素直に褒められて、レイリアも赤くなった。
「すまないが、崖の上に戻る道を知っていたら教えてくれないか?従者が探している筈なんだ」
よく見ると男の子は、身なりの良い服装をしていて、どこかの貴族の子息の様だった。
従者がいるという事は、多分そうなのだろう。
レイリアは妖精に道案内を頼んだ。
男の子には見えないらしく、レイリアが独り言を言っていると思った様だ。
レイリアが肩を貸し、回り道しながら崖の上に出ると、広い原っぱが広がっていた。
「うわぁ!ここに来たのは初めてだけど、綺麗な所ね!」
「うん。昨日見付けてこっそりやって来たんだけど、足を滑らせて下に落ちてしまったんだ。君には世話になった。何かお礼をさせて欲しい。明日もここに来れるか?」
「明日はダメだわ。家に帰るの。それに、こういう時は"ありがとう"と言えばいいのよ」
男の子は驚いた顔をしたが、レイリアの言う通り「ありがとう」と素直に言った。
「貴方って態度も言い方も生意気だけど、結構素直なのね」
「気分を害したならばすまない。僕はこうあるべきだと教育されているから、他にどう言ったらいいか分からないんだ」
「ふ〜ん。大変なのね」
「ああ。あ、あのさ、もしもう一度君に会えるとしたら、どうすれば会えるかな?」
男の子の青い瞳が、真剣にレイリアを見つめる。
すると突然景色が消えて、体が激しく揺り動かされた。
「姫様!お食事は要らないんですか?後でお腹空いたと言っても知りませんよ!」
アマリアが目の前に飛び込んできた。
「えっ?アマリア?夢?」
「寝ぼけてるんですか姫様?」
「赤毛の男の子の夢だったわ」
「また見たんですか?」
「ええ。たまに見る赤毛でソバカスの男の子の夢。今日も途中までだったわ。アマリアが起こすから」
「そんな事知りませんよ。姫様が食事無しで良ければ、私は起こしませんでしたが?」
「ウソウソ!ありがとうアマリア!」
「さっさと食事を摂る!そして休む!いいですか姫様?」
「‥はい」
「それでは私は先に行っています」
アマリアはそう言うと、部屋から出て行った。
レイリアはあの事故以来、時々奇妙な夢を見る。
そこには決まって赤毛でソバカスの男の子が登場し、怪我をしていてレイリアが助けるのだ。
アマリアはその夢が、レイリアの失った記憶に繋がるのではないかと思っていた。
だが無理に思い出させようとしてはいけない。
記憶を失くすという事は、それだけ心の傷が深いという事だ。
アマリアに出来る事は、聞いてあげる事だ。
それもごく自然に。
「赤毛の男の子に会えば、姫様も記憶が戻るのかしら?」
そう思ったが、別の考えも浮かんだ。
「もしかして、その男の子は姫様の初恋!?だとしたら、胸キュン相手は赤毛をリストアップしなくちゃ!忙しくなるわね〜!!」
こうなったアマリアは誰にも止められない。
何も知らないレイリアは、暫くアマリアの餌食になるのだった。
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