第二話 春隣
「じゃあ全員揃ったことだし、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
荷物を机に置き、椅子に手をかけながら那智が言った。
「何?」「どうした?」
私と桜が声を合わせて・・・でも違う言葉を同時に返す。
「今年の文化祭ってどうする?」
「3人なのに演るつもりだったのか?」
「先輩方が繋いできた伝統だから、って渡辺が・・・・・・。」
渡辺というのは演劇部の顧問なのだが、一切部活に顔を出さない。そのくせ口だけは出してくる。もちろんやるのは私たちだけだ。
実力もなく経験もないくせにそんな風に偉そうな態度なので、歴代の部員からも毛嫌いされている。
「先生」なんてつける価値はないとの意見が一致しているので、私たちはみんな呼び捨てで呼んでいる。
「今年は公開だからクラスでの準備もあるだろうし、部活の方まで手が回らないと思う」
「そうだよね~」
那智が安堵の表情を浮かべた。渡辺のことだから話も聞かず、自分のためにそう言ったのだろう。
「嫌なのが私だけだったらどうしようかと思った~」
「いやいや常識的に無理だろ」
「そうだよねー。ちょっと死にに逝ってくる・・・・・・」
「お疲れ様です」
「頑張って!」
足取りも重く、那智が相談室から出て行ってしまった。
扉が閉まると、二人とも無言でスマホを取り出しいじり始めた。下敷きで扇ぐときのあのなんとも言えない音だけが部屋に響き渡る。ふいに桜が口を開いた。
「・・・・・・なあ、暑くね?」
日当たりが悪いからか夏の割には涼しいが、エアコンがある教室にはどうしたって敵わない。だが、旧校舎なのでエアコンの施行工事も終わっていないため部屋にあるのは家庭用の扇風機だけだ。
学校によくある、私の背丈ほどもある大きい扇風機ではない。家庭用の扇風機が一台置いてあるだけだ。
「うん」
とりあえず同意を返す。それを聞きながら、桜は慣れた手つきで、窓を開け、扉を開け、扇風機のプラグをコンセントに差し込んだ。
扇風機の風が涼しく・・・・・・ない。生ぬるい風があたるだけ。唯一、窓から扉へ抜けていく風が救いだった。
桜も同じことを思ったようでそっと電源を落とした。
結局この日はやる気が出ず、那智が戻ってきてからも、“夏休みなのになんで学校が~”とか“宿題多くね”とか“土曜日も休みないとかふざけてる”とか・・・・・・そんな他愛もないことを話して終わった。
昇降口を出て那智と二人で歩きながら話していたが、門のところまで着く頃には話題も尽きてしまっていた。
いつもは那智のバスを待つために門の前で少し話すのだが、今日はすんなりと別れるように思われた。その時だった。
「花火大会って行く?」
那智がいきなり話を切り出した。私が周りを見回すと、今週末に行われる花火大会のポスターが目に入った。
「一緒に行く相手がいないんだよね」
本当は例年通り中学からの親友と行くつもりだったのだが、今年は彼氏と行くから、と断られてしまった。
花火大会に参加する理由が、花より団子ならぬ花火より屋台な、食い意地が張っている一方で人目を気にする私は是非参加したかったのだが、一人で行くのも躊躇われた。
「じゃあ、一緒に行かない?」
こうして私は、那智と花火大会に行くことになったのである。これが、後々の大惨事に繋がるとも知らずに・・・・・・。