偵察行
もどかしさを堪えながらも夜闇を待って、やっと三世たちは行動を開始した。
「……間違えたね。子供を連れている時点で考えるべきだったんだ。絶対におかしいんだから。あの小さいのは視える人?で……なんて言うだっけ?」
「霊視能力者のこと? 私は違うと思うけどな。どちらかといったら三世が専門よ。そして女性兵士は子守役ね」
応じた介子は、なぜかベールのような垂れ布で口元を隠している。
……身元を隠す目的だろうか? しかし、気休めにもならないように思える。
「近くで見てみますと……けっこう大きな御堂だったのであります。しかし、括っていた注連縄を切ってしまって……GIどもは祟りが怖くないのでありましょうか!?」
御堂は神社仏閣としては小じんまりとしていたが、平屋の建物としては大きめといえて……結局のところ御堂という他ない。
そして外壁をぐるりと注連縄で区切られていたのに、それらはGIがバラバラに切ってしまっていた。
「なんだって、こんな滅茶苦茶に。せめて神主を呼ぶ発想はなかったのかしら? ――ちょっと三世、そこら辺に落ちてる注連縄の切れ端を拾ってこれる? できたら近くで見てみたいんだけど?」
無言で肯き返し三世は、懐から面を――顔の上半分を隠す面を取り出して被った。
それは狐面のようで違う代物だ。
白ではなく青の色違いだし、細部も微妙に異なる。厳密には狛面と呼ぶべきだろう。
闇を滑るように三世は御堂へと近寄っていく。
そう遠くない場所ではGI達が野営中だ。焚火の明かりはもちろん、時折に話し声すら漏れ伝わってくる。
なのに全く恐れを感じさせない動きは、まさに豪胆と呼ぶに相応しい。
「……なにをしているのでありますかね?」
「あ゛ーっ、もう! また悪い癖が! 危ないから早く戻ってきなさいよ!」
二人が気を揉みだしたのは、なんと三世が建物を調べ始めたからだ。
さすがに御堂へまで歩哨は立てられてないが、野営地の方では周囲を警戒している。
……もはや豪胆を通り越して、少し図太いぐらいだ。
永遠にも思える一寸の後、やっと満足したのか三世は二人の元へと戻る。
「なんか変だね。裏側も見てみないと断言はできないけど……もしかしたら出入り口ないのかも。だから壊してたのかな?」
当の本人に冒険している感覚はなかったらしく、なんとも気が抜ける。
「………………はい、とにかく注連縄を見せて。 ――山王系かな? 山岳も混じってるかも」
早々と小言を諦めた介子は、当初の目的である注連縄を観察するも……専門的過ぎて、ちょっと余人には理解不能だ。
「招かれねば辿り着けなくて、注連縄で括られていて、入り口もないのでありますか? 満漢全席といいますか……食べ放題御替わり自由といいましょうか……祟り神の一柱や二柱は、荒ぶられてもおかしくないのであります」
さも恐ろし気に門は肩を震わすが、その場合は近くにいるということで、すぐにでも逃げだすべきだろう。……いや、もう手遅れか?
「むしろ逆なのよね。この御堂に何れかの御神格が御座したとは思えないわ。全く御跡を感じない。捨てられたとかじゃなくて、例えるのなら……空っぽなのよ。つまりは空き家の神社ね。それも百年単位での」
「それはおかしいのであります。招かねば辿り着けないのなら、招く何れかが必要なのであります」
扉へ錠をかけたのであれば、対となる鍵が必須となる。
それだけの簡単な話だが……いつの間にかオカルトめいた前提が、当然に理屈の担保とされていた。
しかし、それを気にとめる間もなく――
「……色々と判断する前に、GI達の様子も見ておこう」
と三世が主張し、場所を変えることとなった。
GI達は焚火を中心として既に寝ている者、寝袋から上半身だけだして馬鹿話に興じる者、食後のコーヒーを楽しむ者と……いかにもアメリカ軍らしい空気だ。
もちろん運悪く当直となった兵士は別で、立番となって周囲への警戒は怠っていない。
「どうにも日本の兵隊さんとの違いが鼻につくのであります」
「でも、常に悲壮感漂わせてなくっちゃいけなくて、さらに笑ったら死刑ってのも変だよ。ボクは日本も十分におかしかったと思う」
まあ、アメリカーンで炭酸飲料よろしくシュワシュワ爽やかフランキーというGI達もおかしくはある。
しかし、「死ぬぞ死ぬぞ。いつか立派に死んでみせるさ。兵士道とは死ぬことと見つけたり! キエーッ!」な日本兵も異常だろう。
「それにしても……意外と兵隊さんは早寝なのであります」
「当然でしょ。寝不足でフラフラしてたら使い物にならないじゃない」
そういう割に彼女達自身は軽い仮眠しかとっておらず、どこまで重要性を理解しているのか疑問ではある。少し若さを過信ぎみだ。
「さっき程から何を数えているのでありますか、三世先輩?」
「うん? いやGI達の人数。十四人……だったよね?」
「そうよ? 一個分隊十二名に子供と子守の女性兵士――ちょうど十四名じゃない。足りないの?」
「いや、足りてる。全員確認できた」
しかし、そう答えた割に三世は、難しそうな顔で首を捻っていた。なにやら納得のいかない様子だ。
「それより、三世! GI達が手に持っているの……小判じゃない?」
「……自分は美味しそうな黄金色の丸餅と思っていたのであります」
介子の指摘は正しく、何名かのGIが玩んでいるのは小判だ。
そして門の感想も間違ってはいない。小判は小判でも、その形状は小さな丸餅にそっくりだ。
「昔のお金? いつ頃のだろ?」
「あれは……たぶん甲州金よ。戦国時代から江戸前期までに使われていた小判ね」
もう少し専門的には『日本初の体系整備された貨幣』だったりもするが、ここでは割愛しても構わないだろう。
「ジープの荷台を見るであります! 千両箱?みたいなのが積み込まれているのであります!」
厳密にいうと千両箱ではないものの、確かに時代感の違う木箱がGI達の車両へと積み込まれていた。
その数、十箱へ届くかどうかといったところか。
ちなみに甲州金であるが、いま現在の相場では一枚が――一両金が三百万円ほどで取引されている。
仮に千両箱が十箱で一万枚だとしたら、なんと総額三百億だ!
しかし、これは骨董品としての付加価値込みとなる。地金として考えたら当然に、かなりの目減りを起こす。
重量でいうと一両金は十五グラムであり、それが一万枚なら総重量は百五十キロだ。
さらに純度は八〇パーセント強だったので、純金へ換算したら百二十キロとなってしまう。
そして三世たちの時代、まだアメリカは金本位制であり、その交換レートは約三十一グラムにつき三十五ドルの固定制だ。
よって地金としては、三世たちの時代で十三から十四万ドルの価値と分かる。
インフレを考慮した今日の価値へ直すと約百三十五万ドル、日本円にして一億五千万程度だ。
……かなりの目減りといわなければならないだろう。
蛇足だが江戸初期の価値では一両が十三万円前後に相当する。つまり一万両の埋蔵金は、今日の十三億円だ。
これらの計算から分かるのは「年月によって金ですら価値変動を起こす」だろうか?
「本物の埋蔵金だよ! 埋蔵金はあったんだ!」
声こそ潜めたままだが、さすがの三世も興奮を隠せていなかった。
謎遺跡から謎のお宝を発見。それは魂を揺さぶる偉大なロマンのうち一つだろう。
「でも、どうするのでありますか? 三浦さんちの御宝でありますから……取り返してあげるのでありますか?」
「うーん……ここで、じゃなあ……GI達が運び出してから……路上で車ごと奪還? どこかへ蔵ったのを確認してから、こっそり忍び込むでもいいし」
三世の案は消極的にも思えるが、それら以外の方法は……ようするに強硬策だ。少しどころでなく、大量の血が要求される。
「一応、みどりも用意してあるわよ?」
気乗りしない顔で介子も吊り下げていた九二式手榴弾を摘み上げる。
それは廃棄を逃れて流出したものだが……軍用の催涙弾であり、それ相応に強烈だ。
「送り狼に一票なのであります。こちらには専門家がおりますし!」
「……チガウヨ? ソウイウコトシタコトナイヨ? ――まあ、でも……それが無難かな。上手いことやれば誰も殺さないで済む」
「即興前提は好みじゃないんだけどなぁ……悪ノリしがちだし。でも、門の言う通りよ。蔵い込まれる前がベターね」
あっけらかんと三世たちは、死線を越える決意を下していた。……勇敢と彼女達を称えるべきか?
「うん、決まりだね。でも、その前にボクは、あの御堂へ忍び込んでみる。まだ千両箱があるかもしれないし……また何か壊されちゃう前に、様子だけでも知っておくべきだ」
……いや、大胆不敵と恐れ戦く他なさそうだ。




