現代戦で一番ヤバい魔法
「ちょっと! なんなの、アレ! そして……どうしてボク達が追いかけられてるの!?」
「……米兵でなければ、ナチスなのであります」
まるで可哀そうな人へ説明するかのようだが、どう考えても門の方がおかしい。
「ナチスって!? ドイツのナチス!? どうして此処にいるの!?」
「そんなの私達に分かる訳ないでしょ! でも……ただ……ちょーと気に食わなかったから、軽ーく銃撃戦を。……米兵達と共闘しながら」
「あと偉そうなタンクタンクローを叩きのめしてやったのであります!」
「二人共、なにやってんのぉーっ!?」
叫びながら急ハンドルをきる。
遅れて三世たちの車を狙った機銃が路面を抉った。
「でも、それで納得した! 多い気がした視線は、こいつらか!」
「気付いていたのなら、忠告してくれれば良かったのであります」
「そんなの――隠れて様子を窺う奴が居るなんて、判る訳ないだろ! ボクは映画に出てくる剣豪か! ――って、アレ! あいつ空中で止まって振り返ったぞ!? そんなのあり!? ズルくない!?」
現代の我々にしてみれば、それは不思議でも何でもない挙動だった。
普通サイズのヘリコプターがホバーリングしたまま、その機首を回頭させただけだ。
しかし、三世たちの時代にあってヘリコプターは、最新鋭の戦闘機――それも未だ設計図ぐらいしかない軍事機密に近い。
なぜならレシプロエンジンでは非力過ぎて、一人乗りの小型回転翼機――オートジャイロしか実用化できなかったからだ。
そして厳密にはヘリコプターと別物といえる。どちらかというと飛行機の方が近いぐらいだ。
目の前で空を舞うナチスの飛行機械――優に四、五人ぐらい乗れそうなヘリコプターは、ガスタービンエンジンの開発成功まで待たねばならなかった。
だが、なぜナチスがヘリコプターを!? これすらナチス驚異の科学力なのだろうか!?
「あれは……おそらくヘリコプターよ!」
「知っているのでありますか、介子先輩!」
「ようするに大きいオートジャイロなんだけど……かなりの人員が乗り込める上に、積載量も桁違いよ!」
その通りだと言わんばかりに、再び機銃が掃射され……辛うじて三世は車を回避させる。
「そんなの見ればボクでも判るよ、大きいオートジャイロってことは! それより弱点とかないの!?」
「あれはオートジャイロと違って、滑走路なしでも離着陸可能というわ。そして航空機には不可能な空中停止すら! ……いつのまに新型エンジンの開発に成功したのかしら?」
「あの……介子先輩? それだと褒めてるだけで、なんの解決にもならないのであります! ――三世先輩! なんとか振り切れないのでありますか!?」
「ちょっと無理! 向こうの方が速すぎるし、それほど運転が上手い方じゃないんだよ、ボクは。正しいラインをなぞってるだけだし。このままだと……きっと正しい選択肢が無くなっちゃう」
車を正しいラインへ乗せるのは、ドライビングにおいて究極のコツにも近いだろう。
しかし、奥義といっても半分だけでしかない。
その異能によって結論だけを知る三世では、いつかくるデッドエンドを回避できないのだろう。
「ああ、こんなことならパンツ持ってくるんだった!」
ぼやきながら介子は車のノーズ部分へ這い登っていく。……全力全開で走る車上のことだから、非常に危険だ。
しかし、それよりも発言に三世は顔色を変える。
「ちょっと待って、介子! パンツ持ってくれば良かったって……ひょっとしたら、いまノーパンなのかい!?」
「使い捨て無反動砲の方よ!」
罵りと共に介子は蹴りを繰り出すが……とても非常事態には思えない。
もう豪胆とか、不敵とか……そういうレベルを超えてしまっている。目の前で披露されるノーパン巫女袴ショーに三世は、ご満悦だし。
「ちょっと! 黙ってみてないで手伝ってよ! 私一人で、こんなに重いの持てる訳ないでしょ!」
「手伝いたいのは山々でありますが……もう空腹で自分は、そんなに力が出ないのであります……」
弱々しい返答に、三世と介子はギョッとした。
よくよく見れば実際に門は、青い顔で細かく震えている。まるでハンガーノックに――極度の低血糖状態に陥る寸前だ。
「ちょっと! 何か食べる物!」
「門、しっかり! ズボンのポケットにチョコレートがあるから!」
「チョ、チョコレート!」
現金なまでに復活した門は、三世のポケットを弄り始めた。
「あふんっ! ああっ! 全部は駄目ぇー! とっておきだったのにぃーっ!」
「強奪したチョコレートの味は格別であります!」
三世の心が狭すぎると思われる方もいるだろう。
しかし、この年に――一九四九年に宝くじの景品とされたほどだ。それなりに貴重品といえる。
「ちょっとだけなら動ける気がしてきたのであります。……何でありますか、この物干し竿は!?」
「九七式自動砲――対戦車ライフルよ! これなら何とか……」
答えながら介子は装弾していくが、なんと弾丸は直径が二センチ。長さは十二センチもある。
もう金属の杭も同然だ。通常の小銃弾とは長さで三倍強、質量では約四〇倍近くの差となる。
見ただけで禍々しい凶器と、素人でも理解できるだろう。
「なんでも良いから早くしてーっ!」
虎の子だったへそチョコレートをとられて涙目な三世が叫ぶ。
再び急ハンドルで機銃掃射を躱すも……危険なほどに至近弾となっていた。捉えられるのも時間の問題だ。
「門! 凄い反動くるわよ! なんとか頑張って!」
「いつでも良いでありますよー」
なんとも気の抜ける返事だが、九七式自動砲そのものが六〇キロ近くもあり、さらに小銃の数十倍な反動も加わる。
超人的な怪力の門でなければ、とても支え切れやしないだろう。
介子が引き金を絞ると同時に轟音が鳴り響く。
「……外したのでありますか?」
「……いや当たってたよね?」
しかし、ナチスのヘリに何の変化もなかった。
「あー……駄目だわ。あのヘリコプター、装甲厚くしてるみたい」
「ちょっ! なんででありますか! 戦車用の鉄砲なんでありますよね!? あの竹トンボは戦車より硬いのでありますか!?」
「違うわよ! 対戦車ライフルは、戦車を撃ち抜けなくなったから廃れたの! 勝てるのは……軽戦車ぐらいかなぁ? うん、パンツの方が良かったわね」
あははと介子は引き攣った笑いを見せるけれど、それが事実だ。
「……拙いね。どうする? どこかで車を捨てて隠れようか? ――皆、しがみつけ!」
横転ギリギリな急ハンドル、そして逆に当て返し……もの凄い土埃をたてながらベンツSSKは滑っていく。
だが、そこまでして機銃の掃射を躱すので精一杯だ。
「三世先輩! この山中で背負っていただけるとは、さすがに望外の喜びなのであります!」
「そこは『自分のことは見捨てて、先輩たちだけでも――』じゃないの!?」
「二人共、馬鹿いってんじゃないの! ――三世、もう一度狙ってみるわ。少しの間で良いから、揺らさないで走って! ――門、まだ支えられるわね?」
答えを待たずに介子は、再び対戦車ライフルを構え……そのままヘリを睨んで動かなくなった。
そして貴重な時間が過ぎ去るだけのように思え――
突然に介子が祝詞を奏上しはじめる!
「南八幡大菩薩! 願わくはあの怪鳥を射させて賜ばせ給え! 今一度献本受け入れんと思しめさばこの矢外させ給うな!」
その瞳は幽かな世界を透かし、神と人を繋ぎ……さらには神威の執行すら務める巫女に相応しいものだった。
轟音。そして銃口とヘリが光の道で結ばれる幻視。さらには確かに聞こえた破壊音。
突然に回転翼が止まってヘリは失速し、墜落しはじめる! 介子は、回転部分の根元を射抜いたのだ!
ヘリの乗員達も、次々と脱出して無理やりにパラシュートで降下していく。
「お見事!」
口笛を吹きながら三世が称える。
「いつみても凄いのであります。……それはそうと、もう物干し竿は捨てても良いでありますか?」
「駄目に決まってんでしょうが! これ凄く高いんだから! ……って、少し休ませて。降ろし過ぎた。ちょっと苦しい」
いかなる手法か判らねど、介子の披露したのは神業と呼ぶ他ない。
猛スピードで走る車上から、これまた高速起動するヘリコプターを、よりにもよって回転翼の付け根というピンポイントショットだ。
……もはや奇跡と言い換えても語弊はないだろう。
「なんだか二人共、クタクタだね。……キャラメルあるけど食べる?」
ヒイヒイいいながらノーズ部分に九七式自動砲をしまう二人へ、三世が労いの言葉をかけた。
「もちろんであります! 今日は力を使い過ぎて、空腹で死ぬかとおもったのであります」
「私も貰おうかしら? どこにしまったの? いつものポーチ?」
片付けを終えた介子がキャラメルを探し始め、やっと三世もアクセルを緩める。
何はともあれ、彼女達は生還を果たしたのだ。




