袂別
「死ねー!」
少年の可愛らしいボーイソプラノが山中に響いた。
「ちょっ!? まっ!? なんなの、仔狼君! いきなり!」
喚きながらも三世は、ガラッハの不意打ちを――殺人的な跳び蹴りを難なく躱す。
が、挫けず少年は一撃必殺と呼ぶに相応しい技を、惜しげもなく披露し続ける。
まあ、その右手のM1911A1を使わないあたり、断固たる殺意はなさそうだ。……運悪く死んでしまっても構わない程度だろう。
なんとも因縁めいた出会いだが、しかし、偶然ではなかった。
ガラッハは介子達の居る辺りからゼニヤッタの居る所へ、三世はその逆だから……つまりは同じルートだ。タイミングによっては、行き合ってしまう。
「いつの間にか恨まれてる!? どうして、ボクが!? 納得いかない!?」
……おそらく最初から最後まで、全てが少年の心を逆撫でしている。公平に考えて、どこまでも自業自得だ。
「煩い! 自分の心に聞いてみろ! そして死ね!」
だが、その定型ともいえる罵りに、なぜか三世は過剰に反応した!
「えっ……まさか……見られて!? でも、少ししか――いや、けっこう揉んだかもだけど……だからって減るものじゃないし!」
「あーっ! もうっ! また分からないことを! どこまでも人を馬鹿に!」
ガラッハは地団駄を踏まんばかりに悔しがるが、それでも最後には堪える。
「とにかく! お前の仲間は――よ、介子さん達は軍曹達に保護してもらった! これで借りは返したからな!」
なぜ介子だけ『さん』付けなのか。その名を呼ぶだけで、どうして赤くなるのかと……色々とツッコミどころも多い。
しかし、それはそれとして彼の中では、二人を保護したことになってるらしかった。
「えっ? 二人ともGI達と一緒なの!? どうして!?」
だが、三世にしてみれば初耳なことだらけだ。
さすがに面を食らうけれど、また不機嫌そうにガラッハの口を尖らせ始めのを見て――
「よし、仔狼君! ゼニヤッタを迎えに来たのなら、こっちであってるよ! そしてボクはあっちだね!」
と走り出した。
……面倒臭くなったのだろう。おそらくガラッハの憤慨は妥当だ。三世の対応が酷すぎる。
そんなニアミスが起きている間にも、ナチスの男達は窮地へ追い込まれていた。
辛うじて拮抗させていたところへ、米兵達だけ攻勢を強めている。……もう残弾数に不安はないと言わんばかりだ!
嵩にかかったような猛攻は、まだ命中はしていなくとも……ナチス側の反撃を抑制していた。
だが、反撃しなければ、さらに有利な態勢をとられての攻撃は続く。
それだけはと牽制を試みれば……いずは被弾してしまう。
相手を撃つということは、自分も撃たれるかもしれないということで……結局は、引き金を引く指と回数の多い方が勝つ。
ウンターホーズは劣勢を目の前に、黙って唇を噛みしめる。
おそらく米兵達は、弾薬の補給を成功させた。
なぜなら直前に、後方からの合流を許してしまっている。……あれは奇襲に横槍を入れてきた別動隊だろう。
いや、そもそも敵は分隊でなく、人員を補強した増強分隊だった。
それを見誤ったのが、全ての原因か?
間違った前提――特に敵脅威の過小評価は、敗北を呼び込みかねない。
……違う。
もはや敗れつつある。
彼の心の中で、どこまで言語化されたか余人には知れない。しかし、その結論へ達したことだけは、疑いようもなかった。
苦悩する彼を現実へ引き戻すかのように、押し殺した呻き声が上がる。
ついに被弾者が出てしまったのだ!
「……平気です! 掠っただけでさぁ!」
心配させまいとナチス兵は強がるが、けっして浅い傷には見えない。
戦場に理解する者は介子と門だけだが……ほとんど霧は晴れてしまい、それほど弾丸も迷わなくなっていた。
もうタイムリミットは迫っていて、彼らの敗北は必至だったのだが――
「レンデンシュルツ少尉! 潮時です。撤収しましょう」
ギリギリのところでウンターホーズは、決断を下せていた。……歴戦の賜物だろう。
「そ、そうなのか!? い、いや……軍曹がそういうのなら、そうなのだろうな。だが、どうやって?」
「もう選択肢は多く残ってやいません。自分が残って陽動します」
大したことではないかのようにウンターホーズは口にした。
しかし、それは自ら捨て石になるという意思表示であり、覚悟を決めたという証拠だ。
「ウンターホーズ軍曹! そのような役は……それは自分らが!」
「馬鹿なことをいうな! 貴様には、家族が残っているだろうが! それに比べて自分は、結婚などという下らん習慣と無縁だったからな。悲しむ奴など居りはせん。それに貴様らでは、俺の相棒を扱えんだろう」
そういって大男は、不敵に笑って愛用の重機関銃を撫でる。
「だ、駄目だぞ! このような作戦、認める訳にはいかない! 我々には軍曹が……僕には軍曹の助けがいるんだ!」
レンデンシュルツの泣き顔から背けるようにウンターホーズは言い捨てる。
「おい、お前ら! 俺のことを……命が惜しくて自分の指揮官も守り通せなかった卑怯者とするつもりか! さあ、少尉の撤退をお助けしろ!
レンデンシュルツ少尉……学のない俺には、この任務の重要性は理解できませんでしたが……俺達には――『スメルトリウス』には貴方が必要なんです。正しく導いてくれる指揮官が!」
ナチス兵士から羽交い絞めにされたレンデンシュルツは、溢れる涙を拭うことすらできなかった。
いや、そのレンデンシュルツを抑えるナチス兵士ですら涙ぐんでいる。
「ジーク・ハイル! 貴方は、そう悪くない上官でしたよ」
「|ハイル・ドリテス・ライヒ《第三の祖国のために》! お前は……お前は、いつでも耳に痛いことばかりだ」
そうして撤退戦は開始された。




