厄介な方の魔術
ゼニヤッタと三世の二人は、あっという間に井戸の底――梯子のある場所まで戻っていた。
「……なんか腹が立つほど簡単に戻れちゃってない?」
「そりゃ、そうだよ。行きの時みたいにグルグル回ってないし」
「あと、霧も晴れ始めてない? 私でも迷路の様子が分かるというか……ミツヨのいっていた『同じところをグルグル回っていた』が理解できそうよ」
言われてみればその通りで、そこは巨大な迷路の一部というより……ただの小さな地下回廊へと印象を変えていた。
「アー、ホントダネー。|キリガハレテキテルカモー《霧が晴れてきてるかも》」
「……この密約書を持ち出したから? だとしたら……この紙自体も不思議な? それともFUBAKOの方が?」
「ソウカモシレナイ」
……ここで敏い者であれば、三世の態度に疑問を覚えたことだろう。あからさまに変だ。
しかし、そのことにゼニヤッタが疑いを差し挟む前に――
「うわっ……凄い汗だよ!? もしかして……熱でも出てるんじゃない!?」
と三世は騒ぎ立てた。
そのまま懐からハンケチを取り出して額を拭い、なんと――
オデコとオデコを触れ合わし、熱を測りだす!
驚愕の壁ドンならぬデコピタだが、不意を打たれたゼニヤッタは――
まさかの赤面だ!
ここで残念な?事実を知らしめなければならない。
『S』文化は「本邦固有にして専売特許ではない」ことをだ。
女性同士で『ロマンチックな友情』を育む尊さは、世界共通にして自然と生まれる!
そう、ありのままでいいのだ!
が、日本に先駆けて『S』文化を育んだ西洋では、いわれなき弾圧の憂き目に遭った。……時代を先取りしすぎたのだろう。
よって西洋人であるゼニヤッタに素養があってもおかしくないが――
禁忌とされた歴史ゆえか、その可能性すら考えたことが無かったのかもしれない。まさかの羞じらいだ。
思わぬ事態に三世も心の中で、三白眼となって下品に舌なめずりしながらドキューンと効果音を鳴り響かせる。
年上な金髪碧眼のお姉さまで、おっぱいが大きい癖に初心! その上でさらに『行ったらいけそう』だ!
ここは湿やかにリア充化! サヨナラ、R15! ことによったらR18も!
だが、全人類の希望をのせて三世がいき掛ける寸前――
「ね、熱!? あっ……」
と、慌てて離れたゼニヤッタが自ら掌を額へ押し当て、黙ってしまったことで辛うじて本筋へと戻る。
「ほら、言った通りじゃない。そんな風に神器を使い続ければ、すぐにヘロヘロになるって! 熱が出たのは、そのせいだよ」
しかし、そう断言するには欺瞞があった。
自分自身で額の熱を測っても、かなりの高確率で掌よりも熱い――熱が出ていると錯覚できる。なぜなら四肢などの末端は、基本的に頭より低温だ。
そして三世は――
「もーっ! あと少しだから! がんばって! ……逃げないっていっても、どうせ『藤蔓』を使うのは止めないんでしょ?」
と意外な対応を示す。
「へ? ああ……うん」
「じゃあ、先に登って! もし途中で倒れでもしたら――梯子から落っこちたら大惨事だよ。そうならならない様、すぐ後にボクが登るから」
「……結構、重いわよ? って、そうじゃなくて! もしかして……かなり酷い感じなの、私?」
しかし、三世は深い溜息で返すだけで、かえって強い説得力を持っていた。
さすがのゼニヤッタも大人しく指示に従うしかない。
が、こっそりと三世は「計画通り!」とばかりに悪い顔をしていた!
そしてゼニヤッタに続いて登る際にも、ふと思いついたかのように『狛面』すら外してしまう。
……しかし、なぜ? やはり不思議だ。
けれども、その謎はすぐに解けた!
二人同時に梯子を登る際に、後から登る者が急ぐと互いに接触してしまう。
ようするに先行者の下半身――主に太腿や臀部と、追随者の頭部がぶつかる。
つまり――
「ちょっと! 急かさないでよ!」
「急かしてなんかないよ! そっちが止まるから、当たっちゃうんじゃないか! ……やっぱり辛い? 登るの止めて、少し下で休憩する?」
という会話がヘビーローテーションされていた。
なぜか三世は追いつく程な速さで登り、その度に顔面でゼニヤッタの尻やら太腿などに追突している。……モシカシタラ、ワザトカナー。
狡猾なのは、その衝突事故が起きる度――
「登るのが遅い」「止まっていた」「もしかして疲れてる?」「うひひ、よか御居処」「どうしたの? もう少しだから頑張って!」
などと責任転嫁してくることだろう。
結果、なんとか梯子を登り終えるもゼニヤッタは、精も根も尽き果てたと言わんばかりにへたり込んでしまう。
……あやうく『狛面』を着け忘れそうになるほどホッコリした様子の三世と好対照だ。
「だから言ったじゃない、そんな使い方してたら、すぐに疲れ果ててしまうって」
「それは……そうだけど……」
素直にゼニヤッタは反省するけれど、しかし、最初は大丈夫で平気と答えてはいなかっただろうか?
三世はお馬鹿さんとばかりに、優しくゼニヤッタの額を人差し指でつついた。
「でも、倒れてしまっているじゃない? 実際、起き上がれないでしょ?」
そんなことないとゼニヤッタは起き上がろうとするも、なぜか果たせない!
……実のところ人間は、オデコの中心部分を押さえられると立ち上がることすら困難となってしまう。
ほとんどの動きが頭部の重心移動から開始なのが理由で、それを邪魔すれば続きも上手くいかなくなるからだ。
もちろん、カラクリを理解している相手には通じない。つまりは初級の手品程度でしかないが――
「やっぱりね! だいたい……どうしてタケミナカタ様の神器を、左手で繰るなんて無茶をしたの?」
相手が疑問を覚える前に、注意を他へ惹きつければ……それは本物の金縛りの術となる。
そしてゼニヤッタも自発的に、自分は起き上がれないほど疲労困憊してると思い込んだ。
「えっ? ひ、左手!? これは左手で使っちゃ駄目なの?」
「そりゃ、そうだよ! 古事記にも書いてあったでしょ! タケミナカタ様は左手を失くされているって! だから普通、『藤蔓』みたいな縁の品は右手で扱うんだよ!」
「そ、そんな……でも、私は知らなかっただけで――」
「だからって平気になる訳ないでしょ? 何度も言ったじゃない。そんな使い方してたら、酷く疲れ果ててしまうって。実際、もう起き上がれない」
沈痛そうな――それでいて奇妙な音数律に乗せた三世の言葉は、再びゼニヤッタの境界線を不明瞭にしていく。
「さ、少し休もう? 少しだけなら大丈夫。ボクも見張っていてあげる」
「そうね……少しだけ……少しだけ――」
「うん、いい子だ。少しだけ眠ろう。そうすれば良くなる」
「え? でも……眠る余裕なんて……そんな――」
「いいから。自分でも認めてたじゃない。少し眠った方がいいって。大丈夫。少しだけなら問題ない。目だけでも瞑るんだ。安心して、ボクはここにいる。ちょっとだけ……起き上がれるように回復するだけ………………さ、眠るんだ」
囁くほどに声を絞った――それでいて奇妙な響きを残す三世の言葉で、あろうことかゼニヤッタは眠り込んでしまった!
だが、この不思議な出来事も――
「やっとかかった。これだけ暗示を重ねて、やっとだよ。もともと上手い方じゃないけど……さすがに自信なくなるなぁ。いや、ゼニヤッタの体力が凄かったのかな? さすが西洋人なだけはあるね」
という三世のボヤキで、人為的な現象と判明した!
彼女の言葉に従えば、暗示や会話によってゼニヤッタを催眠誘導したとなるも……そのような技術が成立するのだろうか?
それに三世の指摘を要約すると――
「左腕を失くされた神様の神器を、左手で使えば無理が出る」
となるが……どこまで問題なのかは甚だ疑問だ。
そもそもタケミナカタ様が隻腕であられるのかは――もしくは両腕を失われているかは、専門家ですら意見が分かれていた。
原典で『如取若葦扼批而投離者』と記されている件であり、現代語へ訳せば「手を握り潰した」と「手を掴んで投げ飛ばした」の二通りに読み解ける。
ようするに「ちぎっては投げ、ちぎっては投げ~」の表現で、本当に千切ったとする解釈に近い。
……ちなみに登場人物は全員が神様なので、何であろうと素手で千切れる。握り潰したと解釈する派閥の論拠だ。
しかし、ここで問題となるのは、専門家に尤もらしい宣告を受けたゼニヤッタの衝撃だろう。
占い師なども「あんた死ぬわよ」のように劇的な言葉で相手を揺らし、後の暗示を通りやすくさせる。
つまりは基本的な手管の積み重ねともいえるが……ここまでの効果は、ちょっと信じ難くはあった。
やれやれとばかりに三世は、左手へ巻き付ついた『藤蔓』を指で弾く。
すると当たり前に解け落ちた! それまで緩めることすらできなかったのにだ!
さらにゼニヤッタを、もう少し楽な姿勢となるように寝かしなおす。
「ふふ……騙し討ちみたいになったけど……悪く思わないで欲しいな。まあ『分けられない物』だから仕方ないよね」
人の悪そうな笑いと共に三世は、ゼニヤッタの手から文箱を取り上げた。
「むむ? 『藤蔓』の方は手放さないぞ? まいったな……暗示も長くは続かないだろうし……」
ついでとばかりに『藤蔓』の回収も試みた三世だったが、どうにも上手くいかない。
それでも暫くは奮闘していたが、やがては諦める。
深追いは禁物。数多の世界で、素人が玄人となる過程で得る教訓だ。
最後にゼニヤッタへ片合掌を――片手だけで謝意を表す仕草をし、立ち去ろうとした三世の瞳に、ふと――
健やかな寝息と共に上下する、無防備なアメリカ産のたわわが映る!
……それはもう、実に魅力的に。




