峰子
その女性は三世たちと同年代に――年上としても一つか二つ程度に見えたが、珍しいことにパンツスーツ姿だった。
これは特筆に値する装いで、決して尋常な話ではない。
まずパンツルック――ズボンの着用は男装と同意義な時代だ。……それも全世界標準で。
念入りなことに女性はズボン着用禁止の条例すら散見できる。なんとフランス――西側の国などでもだ。
さらに女性用スーツの定番にして金字塔、シャネル・スーツが発表されるのも一九五四年――まだ五年も待たねばならなかった。
つまり、非常に珍しい女性スーツであり、基本的に男装と認識されるパンツスーツは――
キッレキレな最先端のモードであり、新しい時代と戦う女性の体現
といっても過言ではない。
が、そんな女闘士は、まだ発明されて数年なトートバックを肩へ掛け、小脇で平たくて嵩張る木箱と……まるで特売帰りの主婦が如くだった。……もしくはデスマーチ真っただ中なOLか。
慌てて三人も手伝うべく、腰を浮かす。
「あーっ! 重かったぁ! ……欲張らないで二回に分けて運べば良かったわね。失敗、失敗」
そう笑いながら手の平で顔を扇ぐ様子は、とても名門・藤家のご令嬢とは思えない。どうやら服装同様、かなりリベラルな性格のようだ。
「峰子ちゃーん! 呼んでくれれば部屋まで手伝いに行ったのにぃ」
なぜか三世はハスハスした表情をしている。
……まだだッ! まだ自摸っちゃいないッ! まだツーアウトのはずッ!
ボクっ娘で宝塚が好きで、男装めいた令嬢にハスハスと鼻の下を伸ばしていてもッ!
まだ三世は女主人公の資格を失いはしないッ! きっとイケメソなヒーローと出会ってラヴな感じになるだろうしッ!
それにしても謎に三世は「み→ね↑こちゃ→ん」と妙なアクセントをつける。
……どうしてだろう? すごく不思議だ。
「そう? じゃあ、今度から大神さんにお願いするわね」
「うん! ボクなら、いつでもいいから!」
尻尾があったら激しく振りそうなほど三世は喜んでいるが……まあ社交辞令に違いなかった。
その証拠に無言で見守る介子と門のもにょもにょした視線も、なんというか複雑だ。
敢えて二人の心中を言語化すれば――
「三世は、いつになったら無理目と気付くのかしら?」
「これが世に聞く『京あしらい』や『エスプリ』というやつでありますな!」
であろうか?
いずれにせよ三世は哀れ。そして良家子女のガード恐るべしである。
さらには追撃とばかり都合よくお腹の虫が鳴ったりして――
「あははっ! 続きは食べながら! そういえば御夕飯を頂いてなかったんだ!」
と微妙となりかけた空気をも吹き飛ばす。……若年ながら凄い業前!
「この前に上京した時、少しだけど良い茶葉が……はい、お茶ね」
説明しながらポットペリカン――昨年に操業再開された象印の魔法瓶を取り出す。
「……これ新品でありますか?」
「うへぇ……もう工場再開したのかぁ……象印は凄いなぁ……」
「あと次元さんに頼まれていた…………例の。二丁しか手に入らなかったんだけど?」
しかし、言い終わるのを待たず介子は、薄いが大きな長方形をした木箱を開けていた。
「……これがStG44!?」
不思議なことに介子は、自分で注文したくせに実物を見たことが無かったようだ。
「なに、これ? サブ・マシンガン?」
「長いから兵隊さん用でありますよ、きっと」
あまり詳しくない三世と門は、適当な感想を口にするも――
「これは大戦末期にナチスの開発した新兵器――アサルト・ライフルよ。感謝しなさい? あんた達用に手配して貰ったんだから!」
と介子に噛みつかれていた。
が、当の二人は全く無感動に首を捻るばかりだ。
しかし、公平に考えて二人の反応の方が一般的といえただろう。
まず、この時点で世界にアサルト・ライフルはStG44しか存在しない。
なぜなら唯一無二のオリジンだから。
他の国ではアサルト・ライフルという設計思想にすら辿り着いていない。まさにナチス驚異の技術力といえよう。
そして同時に究極の一つともいえた。
このStG44に多大なる影響を受け、世界で最も人を殺したと嘯かれる名銃AK-47カラシニコフが生まれる。……それほどのポテンシャルを内包しているのだ。
また、自身も未だ最前線で運用されているのだから、世界最初の万能銃――それ一丁で全ての用が足りる究極のうち一つとの評も、決して過言ではない。
が――
「ボク、長物は好きじゃないんだよなぁ……これがあれば十分じゃない?」
と三世は、愛銃のワルサーP38をバックサイド・ホルスターから――セーラー服の背中から抜き出して見せた。
それはドイツの量産した軍用ピストルで、終戦時であれば優秀だし一線級といえる。悪くない選択だ。
「それは拳銃でしょうが! StG44は小銃! それも全自動小銃なの!」
もちろん介子以外の三人には、そう言われても意味が分からない。
しかし、黙っていてもしょうがないと判断したのか三世が――
「も、もちろんライフル弾の方が強い?よね? でも、次元……全自動小銃って何?」
と藪蛇をつつく。
「だぁーっ! 半自動は一回引き金を引いたら一発弾が出る! 全自動は引いてる間、連射し続けるのよ!」
「……それはサブ・マシンガンとかマシンガンだろ?」
「サブ・マシンガンは拳銃弾でしょうが! あとマシンガンを手持ちできるっていうなら、してみなさいよ!」
まるで漫才となってしまったが……実は三世の方が、この時代の常識に沿っていた。
世界中の兵隊が一回引き金を引いたら一発しか弾は出ないと考えているし、全自動小銃というStG44の方が未来過ぎる。
それ一丁で拳銃と小銃、軽機関銃、中距離までなら狙撃銃も兼ねれるのだから、もはや汎用兵器と呼んでも差し支えない。これさえ使えれば一人前とすらいえる。
さらに少人数なチームでは、道具で埋められる点は埋めてしまうべきだった。
介子が欲しがったのも納得だ。もう卓見を褒め称えるべきですらある。
しかし――
「自分に難しいのは無理であります。なので、この兵隊さん用は介子先輩が使えば良いと思うのであります。そして自分には、そっちの簡単なレンコンを――」
と判っていない門は、テーブルへ投げ出されたままだったリボルバーへ手を伸ばす。
「だ、ダメ! この子はダメ! っていうか私物だから! それに信じられないぐらい高いんだから!」
「え? それ良くある三十八口径リボルバーじゃ?」
愛銃を抱き寄せて、珍しく狼狽する介子だが……私物のリボルバーは、かなりのパワーワードだろう。女学生なんだし。
「これは.357マグナムっていう強装弾も発射できる優れものなのよ。でも、本当に実物がなくて……さる旧家のガンコレクターに大金積んで、やっと譲ってもらったんだから」
と語った介子の表情は、まるで夢見るかのようだ。……少し危険か? いや、かなり?
ようするに現代でいうところのコンバットマグナムなのだが、その発売は六年後の一九五五年。まだ存在すらしていない。
よって介子の愛銃は、一九三五年から発売の先行試作型ともいえるS&WのM27となるが……なんと特別注文必須の限定品だ。
正規ルートの使えない介子のような人間は、欲しかったら持っている人に譲ってもらうしかない。
ひょっとしたら介子は、稼ぎのほとんどを愛銃に注ぎ込んだのかもしれなかったし……いま門に強請られて涙目だ。
そして――
「えっと……その……次元さん? 私、頑張って使い方を覚えるから!」
と峰子は慰めるけれど、もしかしたら逆効果だったかもしれない。