運命力を極めし者
「やっぱり動いたのは失敗だったのであります」
「……いい加減しつこいわよ、門。貴女だって賛成してたじゃない」
「それはそれ、これはこれなのであります。失敗は失敗として認めねば、成長に結びつかないのであります」
などと門は得意気だが、一番下の気楽さもありそうだ。
「うっさい! いま身に染みて教訓となったわよ! でも、どういうことかしら?」
「……介子先輩が知らないのなら、これは三世先輩の専門分野だと思うのであります」
「なら、貴女もでしょうが! でも、迷う霧? 古神道で何かあったような? それとも山王系なのかなぁ、御堂はそうだったし」
そう介子は首を捻るも……半目で呆れ顔の門の視線で我へと返る。
「……違うから! っていうか、日本にどれだけ呪いが存在すると思っているのよ! 数えきれないほどある上、そのほとんどは謎なの! よく分かってないのが普通なんだから!」
「良いのでありますよ、無理をなされなくとも。八幡宮は祭神様が多くて有名でありますし……多少、『まいなぁ』であられても自分は介子先輩のことを……――」
そこで門は、わざとらしく言葉を濁す。
「うちは! ちゃんと神功皇后に縁あったから!」
慌てて介子は否定するも、少し涙目となっていた。
日本の神社は、ほとんどが稲荷神社か八幡宮へ分類されるが……下世話にいうと大手系列へ組み込んでもらった結果だ。
つまり――
「うちの神様はネームバリューがないし、テコ入れで八幡様の御分霊を勧請してもらおう! そうすれば八幡様プラス地元の神様の神社だ!」
なパターンが多かったという。
まあ、八百万の神々ともいわれ「この山に神様が御座すらしい。祀らねば」ぐらいの感覚で全国各地に神社は建立されている。
御神名が判明しているのなんて上等な部類で、その縁起や神格すら失伝がざらだ。
かといって祀るのをやめる――神社を廃する訳にもいかず、テコ入れは苦肉の策ともいえる。
そして稲荷神社は農民に敬われていたし、八幡様は武家に断トツの人気があった。
よその事務所から移籍してもらうのなら「やはり固定ファンのついている神さんを」となる。
……意外と神社の存続も大変だし、これが稲荷神社と八幡宮の多い理由だ。
また八幡様は狭義に主神である誉田別命――応神天皇となるが、その母である神功皇后も八幡三神として祀られている。
ようするに現代風に例えると――
『スーパーアイドルグループ八幡三神メンバーの一人、神功皇后の後輩だか同じ事務所だかな神さんで、神社の入り口にでかでかと八幡三神のサインを飾った』
となり、祈祷や御札なども委託取り扱いを開始する。……これで神社と土着神の行末も安泰だ。
そして介子の反論も――
「いや、サインじゃなくて写真だから! 一緒に撮った写真もあるし!」
程度の意味合いだろうか。……もしかしたら同じ神話に登場ぐらいの縁故は、あるやもしれないが。
まあ日本の神々は大らかであらせられる。よほどの失礼でもしなければ、荒ぶられはしない……だろう。
「それで穴熊を決め込むのでありますか?」
「こうなったら三世に見つけてもらうしかないけど……あの子、無事だったのかしら?」
ナチスは米兵を襲撃するにあたり、野営地と同時に御堂へも攻撃を加えている。
敵勢力が野営していて、そのすぐ近くに建物があったら、それを看過する軍人はいない。
内部の確認もせず重機関銃で掃射は、さすがに乱暴かもしれないが……いきなり手榴弾を投げ込まれなかった分だけ、まだ手緩い方か。
しかし、多少はマシといっても殺傷能力に大差はなく、やはり三世が心配だ。……まだ生きているかどうかのレベルで。
二人が救出を考えたのも、決しておかしな判断ではない。
それも霧に惑わされ、再び方針転換の必要に迫られていた。
「おそらく弾丸も、霧が晴れるまでは迷う――狙っては当たらないと思うのよ。相手が見えたとして、だけど。でも、それは流れ弾に当たらないって意味じゃないから……やっぱり隠れてた方がいい……のかな?」
「もし三世先輩が負傷してたら、それでは手遅れになってしまうのであります」
なんとも悩ましく、それでいて手詰まりだった。
結局は当てもなく彷徨って事態が好転するのを待つか、安全そうな何処かで隠れて待つかの違いでしかない。
となれば、僅かでもメリットのある潜伏を選ぶべきだが――
考え込む介子に何者かが突進……というより、互いに不意を打ち合って衝突した!
誰かと思えばガラッハだったのだが、しかし!
なんと介子を押し倒す態勢で、当然の如く顔は豊満な介子のそれへ埋められ、役得とばかり片手も揉みしだくように添えられている!
まさか! こやつ! 金髪碧眼のお姉さんに面倒を見てもらっている銀髪ショタというだけでなく――
LSKB体質まで完備!? まるでラノベ主人公! ……死ねばいいのに。
「わっ! す、すいません、突然で止まれなくて! 軍曹はどこですか? って……なんだろ……柔らかい! 凄く柔らかい! それに良い匂いも――」
おそらく以上のような内容をガラッハは口走っている。
しかし、断片的でフガフガとしか声は出ておらず、その場の誰にも聴き取れはしなかった。
……なにか柔らかいものへ顔を埋めたまま話せば、誰だってそうなる。
「くっ、くすぐったい! 誰!? 何!? とにかく喋らないで! 息が! 息がくすぐったい!」
介子も介子で笑い出す寸前だ。
半ば黄色い嬌声も同然を聞いたガラッハの動きが止まる。まるでゼンマイが切れたブリキ玩具の様だ。
そのままゆっくりと……まるで誰かに見つかるのを恐れるような動きで顔を上げる。
目が合ってしまった介子は、しばし明後日の方向へ目を泳がしてから……意を決したように笑いかけた。
少年を慮ってのことだろう。引きつってはいても笑顔ではあるし、片手をひらひらと振ったりなんかもしている。
しかし、その気遣いは逆効果だったのか、少年の顔は見る見るうちに赤くなっていく。……まるでトマトだ。
恥ずかしさのあまり俯いたところへ――
「いつまで介子先輩に乗っかっているのでありますか、このエロ小僧!」
と無慈悲で逃げ場のない門のツッコミが、拳骨と共に振り下ろされた。