第4話 描けない未来予想図
「申し訳ない! お嬢様を助けて頂いた、大恩人のあなたに剣を向けようとは、このライラ 一生の不覚!」
「いえいえ、気にしてませんから」
まあ、このお姉さん本人がどれだけ強くても武器は普通の鉄製のロングソード…どうあがいても、俺の防具を貫通できるわけないな。気にするだけ無駄だから、気にしない。
「ライラ。ライラの一生の不覚って何回あるの?」
「俺が覚えてる限り、今回で10回目じゃね?」
「いえ、13回目です」
…クビにならないように鑑定眼を鍛えることを進めようかな? ここまで人を大切に思える人間は、このモンスターが跋扈する世界では貴重だろうし…このお姉さんのことそこまで嫌いになれないんだよな。あいつに似てるせいか? …直情型な所は似てるな。
「おほん! ともかく、公爵家のご令嬢を救ってくださったあなたには謝礼を受け取って…」
「いりません」
「は!? いや、しかしですな…」
「お金欲しさに人の命を救ったわけではありません。これは自分のこだわりです」
「しかし、それではこちらの…公爵家の面子が立たないのですが」
面子か…たしかに、立場の高い者の命を救った場合、何も報酬を支払わなければそこを他の貴族につつかれるか……しかし、欲しいものが公爵家といえども手に入るか? エリクサー…の材料は腐るほどある。武器は現状このままで不便無し。となると、ゲーム時代で手に入れにくかったもの…クエスト専用の報酬系か?…今必要なものは、知識だな。
「ならば、一つお願いしてもよろしいでしょうか?」
「旦那様にお聞きするが…一体何を?」
「この地方に関係する知識が私はありません。研究者として、それはあまりにも致命的です。ですので、この地方と言わずに出来る限り多くの知識を手に入れたい。図書館など許可証が必要なモノならそれをご用意願いたい」
「…了解した。旦那様にお聞きしてみるが、禁術類の禁書庫は立ち入れないかもしれない」
「禁術ですか? まあ、人様に迷惑かかるような術を使いたいわけではないので、それに関しては仕方ありません」
禁術か…一応、ゲーム時代にうちのギルドの中に攻撃系の魔法を専門に使う奴がいて、そいつのために色々とクエストをこなしたから、あの時代のモノはある程度知ってるが…この時代にはどの程度のものがあるか気になりはする。だが、今はこの時代まで至った経緯が知りたいから、我慢だ。
「あの、その前に町に入るためには許可証の発行が必要ですけど…アルトさん、ギルドカードは…持っていませんよね?」
「ありがとう、エルドールさん。荷物の中に入れていたので…最低限のものはボックスの中にありますが」
「…ライラ、この人なら問題ないよね?」
「ええ、お嬢様を助けて頂いたのです。私が衛兵に通達しておきます。町の外ですがお待ちを」
…それにしても、乗ってる馬はバトルホースみたいだな。低レベル帯の魔物の中では、足が速いことで騎乗スキルを持ったプレイヤーは重宝していたが、レベル幾つだ?
『名前:ライカ
種族:バトルホース
LV:67』
ふぁ!? 何でこのLVで進化してないの!? バトルホース…というよりこのランクの魔物なら、LV50前にテイマーにランクアップの魔法をかけてもらい、進化させるはずなのに?
「あの…エルドールさん、なぜあのバトルホースは進化をしていないのですか?」
「え?ライカですか? まだ、LVが足りてないからじゃ?」
「は? 契約した魔物はLVだけでなく、テイマーの支援が無ければ進化できませんよ?」
「え? そんな話初めて聞きましたけど?……マルクは知ってる?」
「おい!? なんで俺を無視したんだよ!」
「ジョンに聞いても無駄でしょ」
「確かに、勉強をさぼっているジョンに聞いても無駄ですね」
「……あの魔法は、スクロールさえ手に入れれば、戦士職の方でも使える魔法ですから、ライラ殿が覚えていなければ、進化はしませんよね」
「……本当にそんな魔法があるんですか!?」
「さすが、アルトさん…いえ、尊敬を込めてアルト殿と呼ばさせて頂きます。わが師、メラの知識を上回るとは驚きです」
…シャイーラよ。あなたは2000年前に追いついたと言ったが、全然追いついていない! というより、スクロール類がほとんどなくなっている!? 技術…というより、知識の失伝によって世界全体の向上が見込めていないのか?
あと、マルク君。昔だと当たり前の技術や知識だから、これで殿呼ばわりはやめてほしいんだけど……仕方ないのか?
それにジョン君…二人にボロクソに言われてへこむのは分かるが、いじけて草を毟るなよ。子供かよ……子供だったな。
「えー…この魔法は、テイマーだけでなく騎士…騎乗系統のスキルを持っている職業の方には必須の魔法ですよ? 一応、私も騎乗系のスキルを持っているので覚えています」
「そんな魔法があったなんて…災厄期以前の知識でしょうか?」
「災厄期? もしかして、2000年前の大変動の事ですか?」
「ええ、アルト殿もそのことをご存知でしたか」
当たってた。というより、創造神の情報から考えてもそれ以外無いか。しかし、一回の災厄でそんなに、情報が失伝するものか?曲がりなりにも、異空図書…別次元の図書館がこの世界にはあるはずだが?
「一度目の大災厄…世界に起きた大変動の後に、人々が争わなければ、神々がお怒りにならずに伝説にある異空図書で知識を補填できたのでしょうが…人々の愚かさによって知識が失われたのは悲しいことです」
「そうですか。ですがね、マルク君。私は思うのです。人々は自身の発展と周囲の安寧ためには、時には悪魔でさえしないことをするのだと」
「…悲しいですけど、アルト殿の言う通りかもしれませんね」
「私は、それだけじゃないと思う。だって、アルトさんは危険を冒して私たちを助けてくれた! だから、きっと人の中に良い面はあると思う!」
エルドールさんは性善説を信じているようだが、俺は損得勘定を含めて行動をしている。まあ、仲間内からはリアリストの皮を被った理想主義者とか言われてたな。自分でも今では、お人好しだと理解できるけど。結局人間は一面だけじゃないかならな…
「私にとって、ゴブリンは危険にならないから助けたのかもしれませんよ?」
「…なんとなくですけど、それ嘘ですよね。 私の勘ってよく当たるんですよ」
「リースの勘のおかげで、ゴブリン共から逃げられたってことはあり得るな。事実、町から直行の道を通るんじゃなくて、平原を通るって聞いた時は死ぬかと思ったからな」
「そのおかげで、アルトさんが我々を発見できたのですから、リースさんのおかげですね」
おっと、ジョン君もやっと復活したか。タンクなのに、打たれ弱いのはダメだぞ。
それにしても、町に帰るなら森の中を通った方が早いのか。それなのに、わざわざ遠回りにして平原を通ったのは、俺の出現を感知した? もしかして、無意識下での予知スキルの発動か? それとも、俺の知らない何か特殊スキル? 単純に運がいいだけ?
「謎ですね? それはスキルなのですか?」
「…判りません。しかし、それについては後でもいいのでは?」
「てか、ライラの姐さん遅いな? 衛兵に通達するだけなのに」
「彼女なら門の中に行った後は、街なかに入って行きましたよ。今は戻って来てますが」
「え? 何故…ライラさんの性分を考えると、リースさんの怪我を治す為のポーションですね」
「なるほど、君たちも疲れているのですし、気の利く女性の様ですね。ライラさんは」
「リースさんの事だけです」「リースの事だけだ」
…凄まじい信頼だな。悪い方向に。それにしても、スキルの探知具合からして、この町の広さはかなりもんだな。人口は広さの割には少ないほう…いや多いのか?
「お嬢様! 皆様! お待たせしました。衛兵には通達しておきました。あと、お嬢様」
「ポーションを取って来てくれてありがとう。ライラ」
「えっ!?」
ライラ殿。なんで知っているのか驚いているな。騎士なのに腹芸が出来ないのは問題ある気がするが、まあ、よそ様の家の事情だし関係ないか。…何か勘違いされると厄介なことになりかねないから、何で分かったか伝えとこう。
「私が教えました。索敵魔法と探知スキルが使えますので」
「なるほど、探知能力も高いとは…」
「ライラ殿、私は町に入った後は冒険者ギルドに行きたいのですが、よろしいですか? エルドールさん達も、クエストの達成を伝えなくてはなりませんし」
「お嬢様を守るのは私の役目ですから、私も一緒に行きます。すでに衛兵には通達してあるのでこのまま進んで問題ありません。では行きましょう」
それにしても、この門…木製の門が外に開くだけのように見えるが、鑑定すると門の内側にシャッターのように鉄格子が落ちてくるタイプみたいだな。一応、鑑定妨害ようの術式はかけられているから、門を壊すために、火を使っても意味はなさそうだ。石壁の上には弓兵が配置できるようになっているし。ずいぶん大きいな。まさか、街全体を囲っているのか? あとで、街の歴史も調べるか。
待っている間に手続きが終わったのか、門が開かれて、その先に見える町並みは、ゲーム時代とさほど大きな違いがないような中世ヨーロッパ風の風景だった。といっても、見た限りは武器屋や道具屋ばかりで、魔法関係の道具は並んでない。つまりは、2000年前の事情から予想するに、作成するための設計図類がなくなったか?
「ライラ殿、魔法関係の道具を揃えようと思っていましたが、店自体が見当たりませんね?」
「各国が過去の現存しているスクロール等から、魔法の復元を行っています。しかし、解読に時間がかかっているので、中々うまくいってないらしいですよ」
「なるほど、遺跡などから発掘した魔法の道具などはこの国ではどうするんですか?」
「個人が発掘した場合個人の物です。しかし、ギルドが発掘者から高値で買い取りをするか、国自体が発掘した冒険者にコンタクトを取って買い取るという事が多いです」
「無理やりとられるという事はないんですね?」
「冒険者同士の諍いで奪われることがまれにあるそうですが、大抵は発掘した人の方が実力者の場合が多いので取られる心配はありません」
…現在の俺の力なら、大抵の有象無象を蹴散らすことは可能だろう。この世界で幾つかのスキルや魔法の確認はできているからな。しかし、ゲームの時とは異なる魔法がある可能性もある。警戒はしとくべきだな。それにしても、バトルホースのライカが近くにいるせいか、人が避けていくな。まあ、歩きやすくて良いけど。エルドールさんたち頭下げてるけど、これ迷惑じゃないのか?……街の人たち気にした様子がないな。ライカよりも俺の方を気にしてるみたいだけど、話しかけてくる様子はないし、ここは無視しよう。
「ライラ殿、ありがとうございます。しかし、冒険者について詳しいという事は、ライラ殿はもともと…」
「ご推察の通り、私は元冒険者です。いえ、ライセンスをまだ持っているので、今でも冒険者と言えるでしょう。活動はしていませんが」
「何か事情があるようですね。私にも、研究者兼冒険者という特殊な立場ですから、人のことは言えませんけど」
「あれほどいとも簡単に私を拘束して研究者? アルト殿は一体どこの出身で?」
「出身…といわれても、私自身各地を転々としていましたからね。どこで生まれた…聞かれても答えようがありません」
ゲーム時代は王都『メルカポリ』を中心に各地を転々と動いていたし、生まれたのがどこかなんてゲームだから、これは答えようがない。もし、過去の文献の中にゲーム時代の地名が残っていたら、そこから致命的なことになりかねない。
「……言いにくいことを聞いて申し訳ない」
「構いませんよ。ところでギルドまでどれぐらいでしょう? まだ歩きますか?」
「いえ、そこの角を曲がればギルドです」
なんか、壮絶な勘違いをされたみたいだけど…わざわざ訂正する必要もないな。
それにしても、やっとギルドか。山の中に転移させられた時は驚いたけど、現在の俺は無一文。金を稼いでおいて損はないはずだ。何より、ギルドに所属する冒険者の全体的なレベルは下がっていても人数は多いはずだ。それなら、貴族の人から貰える予定の図書館の入館許可証や他の報酬と合わせてかなりの情報量が得られるだろう。この世界の事をできる限り早く知りたい。金はギルドで稼げるから、先に情報だ。
「アルトさん。これがこの町の冒険者ギルドです」
「これがそうですか…随分賑やかですね。人数も多そうですし、中々盛況なようですね。…ジョン君、どうしました?」
「いや…この時間帯なら、そんなに多くはないはずだけど…どうしたんだ?」
これが、冒険者ギルドか。建物自体は木製だが、一部の部屋にどうやら耐火や耐衝撃用の術式の気配が感じられるし、しっかりとした作りみたいだな。まあ、荒くれ者の冒険者が集まるんだし、当然か。
それにしても、なんか、賑やかな声かと思ったら、物騒な単語も聞こえてくるぞ。
ぶち殺すとか…殺気立っている人が多いのか? 何かあったのか?
ジョン君も、この時間帯にこの場に集まることがないはずの冒険者がいることに、疑問を感じているようだ。
俺は気になったので、扉を開けて、中を覗き込むと大勢の革鎧やハーフプレートメイルを装着した冒険者が、興奮した様子で武器を持って話し合う?いやこれは、怒鳴りあっている?…うん、いるな。そのうちの何人かは、体を動かしていたのか、大粒の汗をかいてそれが、蒸気のように体から立ち昇っていた。そして、話し合いに決着がついたのか、一人の冒険者が武器を掲げて、吠えた。
「てめえら、餓鬼どもを助けに行くぞぉぉぉぉおおお!」
「「「「オオオオオオォオォオオオ!!!」」」」
……何これ? どこかにカチコミでもかけるの?
あれか、俺ってこっちに来てから何かに憑かれてるのかな?
少し…不安だ。