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プロローグ 貴女は誰

11月26日にて、3人称視点に修正済

更新が遅れてしまい申し訳ございません。

1話からの修正になりますが、現在アップしているものの修正が終わりましたら、

新しいものをアップする予定です。

とある草原にローブ姿の少年が立っていた。

少年の目の前には、身の丈20m以上の、禍々しい紫色の鱗と、大人の胴体ほどの血に濡れた牙を有する異形の生物…ドラゴンがいた。

しかし、少年は怯えた様子もなく、淡々と自身の持っている杖を地面に突立てた。

それと同時に、ドラゴンの足元から有り得ない速さで草原の草花が這う様に伸び始め、その体を拘束した。

ドラゴンは、その強大な力にものを言わせて拘束を引きちぎろうと暴れていた。

徐々に拘束が切れ始めた時、少年の影から複数の人影が飛び出した。

彼らは、各々が持っている武具でドラゴンに攻撃し始めた。

鎧姿の少年は自身よりも大きな剣をふるい、碧髪の女性は装飾が付いた弓を射る。狼に跨った女性はあり得ない軌道で鞭を振るい、小柄な少女は十字架を模った杖で殴る。鍔の大きな帽子で顔が見えない少女は、宝玉のついた杖の先から火の玉を打ち出す。

彼らは現実離れした動きや方法でドラゴンに攻撃を仕掛け続け、完全にその拘束が切れた瞬間に、ローブの少年はもう一度地面に杖を突いた。

同時にドラゴンの周囲にいた五人が離れた瞬間、地面から槍のように尖った土の塊が複数迫り出し、紫の鱗に覆われた体に突き刺さった。

ドラゴンは苦しむように見悶えた後、ぴくりとも動かなくなった。

ドラゴンが完全にこと切れたのを見届けた彼らは、各々の武具をしまい始めた。

各々が虚空に手を伸ばすと、空間が歪み、そこからナイフを取り出した。

彼らはドラゴンの体を丁寧に解体し始めた。

そして、彼らは何かを探すようにも作業をしていた。

突然に、大剣を持っていた少年が、赤が混じった黒い宝玉を握った手を天高く掲げて叫んだ!


「クエスト依頼品ゲットーーーーーー!!!!!」

「「「「「「うるせーーーーー!!!」」」」」」

「すんませんでした!」


少年の大声に、草原にいた他の集団から非難の声が飛んだ。



大剣を持った少年は、とある家屋内で怒られていた。

十字架のような杖を持った小柄な少女が、風貌に似合わぬ口調で彼に言った。


「おまえな~大声を出すなよ。ただでさえ、あそこのフィールドは敵モンスターの湧きが早いうえに、強いのばっかなんだから」

「でもよー、俺たちなら平気だろ!?」


自分たちのパーティーなら、あれぐらいのモンスターは、余裕で狩れるという自信が彼にそう言わせた。

しかし、周りには、実力が様々な他のパーティーもいる。

思慮の足りない彼に、杖を持っている少年が釘を刺した。


「わかった。代わりに、お前ひとりでフィールドの全パーティーの支援行って来い」

「すんませんでした!」


自分が悪いと思っていた彼はあっさり謝っていた。

そんな彼を無視して、ドラゴンの臓物を持っていた小柄な少女は、杖を持っていた彼に今回のクエストモンスターの報酬の一部を渡すように言った。


「アルトー。ドラゴンの内臓系もらっていいかー?」

「構わないけど? その代わり、後で強化用の薬品どれか使わせろ」

「え~…別にいいけど、なんで?」

「うん? 今回のクエストモンスターのドラゴンの角が良い素材なんだが、光属性にマイナス補正がある。いくつかの薬品と併用すると、マイナス補正を無効化してワンランク上の武具が作れそうなんだ」


少女はその話を聞き、自分の部屋に急ぎ、手にした薬を軽く投げてきた。

少年は危なげなく掴み取る。

少女は武器の向上が見込めそうな話のため、興奮した様子で駆け寄ってきた。


「マジ!? それって私の杖も!?」

「危ないだろ…てか、神官職にあるまじき禍々しい杖になるぞ?」


彼がこれから作る杖の形状はドラゴンの角などを使うため彼女の趣味に合わない形状になるらしい。


「じゃあパス! てか、もうこんな時間!やば!」

「ん? たしかにもう夜の10時か」


彼女は空中を凝視した後、慌てたように素材を運び始めた。

杖を持った少年が受け取った薬を虚空に向かって投げると、空中でそれは忽然と姿を消した。


「明日色々あるから、製作準備したらすぐやめないと」

「そうだな、今日はもう解散するか」


そういって、彼らは各々が必要としている素材を持って、各々の部屋に移動しようとしたら、大剣の彼は何を思ったのか急に大声をあげた。


「よし! 俺はソロ狩してくる!」

「あーじゃあ、天使系の奴お願い」

「俺はドラゴン系の方がありがたいが、天使系のフォールンで作れる素材に良いのがあったからそっちでいいや」

「ちょい待て…俺も明日の学校で」

「「「「「ギルマスゴチになります!!」」」」」

「おまえらなーーーー!!!?」


大剣の彼を残して、彼らは光り包まれて消えた。

…そう、この世界は現実ではなく、人の手によって作られた仮想の世界。


これはその仮想世界で遊んでいた、少年の現実より奇なる物語。



「…ふう」


少年は自身が横になっていたカプセル状の装置から起き上がった。

体の調子を確認するように体を曲げたり伸ばしたりした後、先ほどの大剣の少年や、仲間たちのことを気にし始めた。

自身で作成する素材を準備しておかないと他の者の迷惑になってしまう事。

そして、最後に無理なことを言ってそのまま現実に帰ってきてしまった事。

彼は大剣の少年に関しては何だかんだで、無茶を許してしまうが、その無茶のために明日の愚痴が酷いだろうなと苦笑していた。

時計を見ると、既に時刻は夜中の10時を過ぎており、現実での予定を思い出そうとしていると、誰かが扉をノックすると同時に、部屋に入って来た。


「有人ぉーどうせゲームやってたんだろうから言うけど、宿題終わったの!」

「終わってるよ母さん。てか、急に入って来ないでよ」

「ならいいけど明日は予定とかないわよね?」

「予定?…生徒会の会議が午前中に少しあるけど…放課後は問題ないはずだけど?」


少年…春原(ハルバラ) 有人(アリト)は、母が自身の予定を急に確認してきたことに疑問を覚えたが、予定を反芻し答えた。

彼は高校の生徒会の副会長に就任しており、先ほど無茶ぶりした少年も生徒会に所属している。

しかし、生徒会といっても特に行事がなければ忙しいわけではない。

そのため、早朝に資料整理すれば、すぐに帰れる旨を伝えた。


「明日、親戚の集まりあるんだけど…どうする」

「行かないよ。天才集団の中で秀才止まりの俺が行っていい場所じゃないだろ」


有人は春原の親戚が集まると聞いて顔をしかめていた。

春原とは先ほど彼がプレイしていた、LEC…正式名称は不明だが、頭文字からプレイヤーはLegend・Episode・Chronicle…もしくはCreateではないかと噂している…を製作した一族である。

VR技術が盛んになり、VRゲームが多く流通している中、有人が中学生のころ発売したLECは他とは一線を画す桁違いのクオリティのため、当時のファンタジー寄りのVRゲームをすべて圧倒し、未だにその作品を超えるものが現在でも出ていない。

そもそも春原とは、科学・政界・美術・スポーツ等の様々な分野に必ず名前が上がるほどの天才という言葉だけでは表せない一族である。

早いものでは学生でありながら、既に世界に名前が出ているものもいるほどだ。

有人自身はその一族の中で秀才止まりと自分を評価している。

そんな彼は、天才集団の中に行くことは肩身が狭い思いをするため、ささやかな抵抗を試みた。


「あんたも十分天才よ」

「ありがと。それより父さんは?」


母の春原 美香(ミカ)が、有人も十分天才を冠する才能があると言うも、彼はその母の言葉を聞かず、彼が夕食を食べていた時には不在であった父のことに話題を振った。

というのも有人は、母や父の方が天才だと知っているからだ。

母である美香はファッションに関しては天性の勘ともいえる鋭さがあり、それによって新しい服などを制作するカリスマデザイナー。

父…春原 兼護(ケンゴ)はLECを製作した会社…春原が経営するエデンに所属している。

春原の天才児は天災児とも呼べる変人…否、偏人ともいえる人間が多く、常人では御しきれないが、その折衝をうまく行いLECの様な名作を生み出すことに貢献している。だが、会社内で偏人同士の問題が起きないように、色々と働いているため、帰宅が遅くなってしまうことが度々だ。

対して、有人自身は生徒会に所属し、学業でも常に上位5番以内に入るという優秀さはあれど、何か偉業ともいえる天才ぶりはない。故に彼は自身を秀才止まりと評価している。


「あの人なら、さっき帰ってきてお風呂よ。私たちは今からご飯」

「母さん。よくやってるけど、いくら何でも家族で食べたいからって夕飯を二食にするのはやめた方が」

「それでも家族はみんなでご飯食べるもんでしょ? 今回はお父さんが遅いから、先にあなたと私だけで食べたけどね」


有人は母の父に対する愛情の深さに苦笑している。

これも春原の特徴の一つだが、春原の人間は自身が大切だと思うことに一直線になりやすい。人しかり、思いしかりだ。

対して、有人は少しそれがうらやましかった。

何故なら、彼にはそれがないからだ。

有人はその思考をいったん振り払い、明日の予定を話し始めた。


「明日、俺は早朝から集まるから早起きさせてごめんね」

「生徒会の資料整理と部活のことでしょ? 弁当は温めるだけだから気にしなくていいわ」

「ありがと、それより父さんそろそろ風呂から出てくるから戻ったら」

「そうね。それじゃあお休み」

「お休みなさい、母さん。あ…後、弁当は」

「任せなさい。腕によりをかけて見栄え良くするから!じゃ!」


有人はさらに苦笑してしまった。

母がデザインすることになる弁当は、見た目がきれいでとても食べるための弁当には見えなくなるからだ。味のことは度外視されやすいが……。

有人はふと疑問に思い始めた。

春原の人間が集会をすることなどめったになく、ましてや集合がかかっても素直に集まることもない。各々仕事があるうえ、自分の行っていることに後悔しない偏人集団なのだ。

だが、有人は一人だけ思い浮かんだ。春原の一族を集められる人間に。

有人の曽祖父である大爺様である。

彼はその可能性に気づいた途端、絶対に行かないと心に決めた。

彼は、大爺様には会いたくない理由があり、春原の中でもまだ異常性に目覚めてない自分は会う資格すらないと思っている。

彼は自身の目覚めていない異常性について考えた後、頭を振って就寝した。



『もしもし』


有人が眠りの中にいると、突然女性の声が聞こえてきた。

有人は母親の声かと思い、そのまま寝ようとし、鬱陶しそうに手を振った。

しかし、声の主はその動作を無視してなおも声をかけてきた。


『もしもし、起きていただけませんか?』


有人は今の動作でなお起こそうとしてくる相手を、睡魔に侵された頭でありながら疑問に思い始める。

疑問に思い,声を思い出していくと、相手の声が母親の声ではなく、全く知らない相手の声に気づく。

有人は布団を弾いて周囲を見渡すと、そこは彼の部屋でなく、ベッドと布団しかない真っ白な空間だった。

明らかに異常な状況に一瞬思考が停止して硬直するが、周囲に声をかけてきたはずの女がいないことに声を荒げた。


「誰だ!?」

『どうやら起きたようですね』


有人は、声のみの女が人攫いかそのたぐいかと思ったが、自宅の防犯設備を掻い潜って自身を攫うことは難しいと気付き、その可能性をいったん保留した。

次に考えたのは夢だが、自身の記憶の中に先ほど聞いたような声の主はいないため、その可能性も低いと考えた。

有人が思考の海に沈もうとしていると、相手はまるで有人の思考を読んだかのように話しかけてきた。


『姿が見えないのは不便ですね…今お見せします』


声の主の言葉の後、有人の後ろで光が収束していき、それが人の形を模っていく。

光が完全に人のような形になった瞬間、まばゆい閃光が周囲を包み始める。

あまりの閃光に有人も顔を腕で覆い隠さずに振り向くことが出来なかった。

有人は、相手が春原の一族の心理カウンセラーと同じような心を読む術を獲得した者だと考え、閃光が収まり次第、相手の制圧をするために拳を握り始めた。

しかし、閃光が収まる前に、相手がまた思考を読んだかのように話しかけてきた。


『…あなたの一族は本当に変わっていますね。というより、危害を加えないでくださいね?』

「貴女が俺を攫った首謀者……か?」


閃光が収まると、そこには有人が今まで経験してきた美女・美少女の中でもトップクラスの女性が立っていた。

金髪だが、光のあたり具合によっては七色にも見えるような長い髪。

あまりにも整いすぎている顔でありながら、血が通っているように見える顔立ち。

スタイルもよく、出るところは出て、引っ込んでいる所は引っ込んでいる絶妙なバランスの体つき。

何よりも、人間とは思えないほどの神々しさと威圧感をその女性は放っていた。

有人は春原の人間であるため、トップモデルの親戚などもいる。美女や美少女に耐性があるつもりだったが、ここまでの威圧感のある女性と会うのは初めてで、完全に固まってしまった。

思考すらも固まってしまった時、女性の方から声をかけてきた。


『威圧感ですか…美人と思われるのはいいですが、威圧感がある、ですか…』

「…貴女は心が読めるみたいだな。どういう理屈だ? 機械で繋がってるなら脳からの情報を読み取って、という線もあり得たが…」


有人は、話しかけてきた女性が自身に危害を加えるつもりがないことを察すると、心を読む仕組みとして脳波で読み取っている可能性を考えた。しかし、就寝中に何かされた様子がないか首周りを触ってみても、何も変わりがない。他に不審物がないか周囲を見渡していると、苦笑しながら女性は話しかけてくる。


『自己紹介がまだでしたね』

「確かに、()()()から知っていると思うが『春原 有人』だ。よろしく」

『私は、とある世界で神をやっている『シャイーラ』と申します』

「神様か…ん? シャイーラ? それって…どこかで聞き覚えが…」

『聞き覚えはあると思いますよ? アルト・ヴァルハラさん』


有人は、自身を連れてきた相手が神と名乗ってくることを一旦保留したが、名乗ってきた名前に聞き覚えがあった。

思い出そうとしていると、神を名乗るシャイーラは有人のことをLECのアバター名である『アルト・ヴァルハラ』と呼んできた。

有人はその名で呼んできたことから、ゲームの世界が現実に存在すると仮定し、その世界の上位存在である神の名から一つだけ該当する名を思い出した。


「という事はあのゲームの…創造神シャイーラ・ノヴァ!?」

『わかっていただけて何よりです。お久しぶりですね』

「待ってください。人間が創造したことだから、どこかに存在する世界であり、神という立場ならある程度の権能を持っていることは理解できる。お久しぶりという発言から、未来のシャイーラであることも想像できました。しかし、何で創造神が只の一プレイヤーである私にコンタクトを?いくら面識があるとはいえ」

『…あなたが()()()プレイヤーですか? LECの錬金術師の中でトップランカーであり、最高峰の探求型ギルドであるサブマスターが?』


有人はシャイーラと面識はある。しかし、それはあくまで創造神になったばかりのシャイーラであり、目の前にいるような神とした風格を醸し出すような存在ではなかった。

その証拠に、有人はいつの間にか敬語を用いていた。

それは無意識からくる敬意の表れであった。

有人は、目の前のシャイーラが自身の知っている存在ではなく、未来から来た存在だと理解はできた。わざわざ未来の神が、現代の1プレイヤーであるアルトに会いに来ることが疑問だった。


「それでも、私の本職は錬金術師です。あのゲームでの錬金術師の立場を向上させたのは私ですが、それでも生粋の戦闘職には負けることもありますし。本職の生産職に劣ります」

『ですが、その両方とやり合える万能職であるとあなたは証明した』


シャイーラは呆れたようにため息をつきながら返した。

LEC内において、プレイヤーは戦闘職と生産職の二つの職業を選択する自由を得る。

もちろん、向いていなければその職業の変更も認められている。

例外として存在するのが、有人が選択した錬金術師だ。

錬金術師のみ、戦闘職と生産職が同一であるという制限から自由度が低く、一般的なプレイヤー選択しない職業である。

他にも、術士系の他の職業に比べると攻撃力が低い傾向にあるため、初期段階では日の目を浴びることはなかった。

それを、有人はリアルの友人と一緒にプレイしていくことで、秘められた可能性を開花させ、結果的に錬金術師の立場を向上させた。

しかし、あくまでゲーム内の実績であり、現実では有人は只の学生である。

有人は,わざわざ自分を選ぶ理由が、錬金術師のトッププレイヤーであることが要因かと思った途端に、その思考を遮るようにシャイーラは話を進めてきた。


『一つ言いますが、あなただから呼んだので、検討は大外れですよ?』

「私だから? だとしたら春原の血か。余計に分からない。私は天才一族の半端者ですよ?」

『あなたが自身を卑下するのは構いませんが、私はあなただから選んだのです。あなたに私の世界に行って欲しいのです』

「…行って何をすれば? 世界の敵退治ですか? 文明の発展ですか?」

『あなたがやることが良き行いとなると思います』


有人はシャイーラの言い回しが多少なりとも気になったが、行った後の自分が行う行動を考えていると、友人たちの言葉を思い出した。

有人の行動は、難しく色々考えているけど、結局は誰かのための行動で、お人好しである。

これはクランに所属する全員が同じようなことを言っていたことであり、それなら必然的に厄介ごとに首を突っ込みそうだが、それが自分らしいのかと思い、苦笑した。


「…行く世界はLECのレガイアですか?」

『あなたがプレイしている時代の2000年先です』

「2000年!? そんなに先ってことは…まさか、一度文明が滅びたのですか?」

『その通りです。一度文明が滅び2000年経過して、やっとゲーム時代の文明に、多少ですが追いつきました。LECにおいてのプレイヤーと同様に、世界に変化を与えてほしいのです。その上であなたを選びました。理由は私の考えがあってのこと』


LEC内のプレイヤーの役割というのが、世界に対する変化を呼び込むために、異世界から同意を得た人間を招待するという設定であった。

そのため、世界を破壊するような行為以外であれば、比較的に自由な行動が許容されているのがプレイヤーである『渡り人』である。

今回は、有人一人で、全世界の総プレイヤー数が億を超えたLECで変化を起こさなくてはならない。その事実に、有人は少しだけめまいを起こしそうになるが、何とか踏みとどまる。 

有人は、疑問を一つずつシャイーラに投げかけた。


「…今更ですが、これって夢の中で貴女が私に話しかけている状態ですか? それとも、私が知らない間に死んだのでしょうか?」

『前者ですね。あなたが寝ている間に、あなたの魂に直接話しかけています。だから心を読めますし、お互い嘘もつけません』

「では、私が行くと現実の私はどうなります?」

『…行方不明者扱いでしょうか。肉体含めたあなた自身に用があるので、あなたの魂を用いて分霊…分身を作り出して送るのも不可能ですし。現実の方にイレギュラーな干渉をしたうえ、あなたの分身を置くのは無理です』


有人は現在の自分の状態が、明晰夢に近いような状態であると認識すると同時に、これが本当は自分の妄想の夢で、寝言で変なことを言っていないことを祈る。

次の質問として、移動後の有人自身のことを聞くと、少しだけ不安が混じってしまい、シャイーラはそれが伝わったのか、同様に不安そうな顔をしていた。


「どうやって私を送るのですか? まさか、生身のまま送るのでしょうか?」

『いえ。あなたが努力してきた力を、現実のあなたと合わせることで、あなたにあちらで活動できる力を与えるつもりです。本来、世界を救ってもらう恩恵としてなら神々から力をある程度付与することは可能です。しかし、今の私には付与できる力があまりありません。あなたをあちらに送るだけで手いっぱいなのです』

「力の付与に条件が必要なのですか? まあ、自分の配下になれる存在を簡単に作れるなら、他の神がしても不思議じゃないでしょうから、もっと神隠し類の事が起きてもおかしくないですが…」


有人は、世界の隠された事実を聞くと、親戚にいる神話や考古学を専門にしている者が泣いて悔しがるなと思った。

しかし、以前話したときに、似たようなことを仮説として言っていたことを思い出した。

有人は当時はぶっ飛んだ話だと思ったが、親戚のおじさんは出鱈目な直観力を発揮していたようだ。有人は、春原一族の中で自分はやはり凡庸であるのだと思った。


『本来、神が下界に多分に干渉することは良くないのですが…世界の危機などでは例外です。それは世界に何らかの良くない変動が起きると()()世界にまで危険が出るからです。今回は、その中でもさらに特殊なケースになるので、難しい状況です』

「複雑な事情なのは分かりましたが…私の努力してきた力を合わせるとは?」

『LECのアバターの成長はあなたの努力です。あのゲームはあなたの一族が私の世界を観測して作り上げた世界で、仮想現実…VRによるものなので限りなく現実に近い。そのうえ、LECでのプレイヤーによって発生した出来事は、私の世界の過去の出来事になっております。ですから、疑似的な時間跳躍に近い形になるため、少ない力であなたの体に取り込ませる作業が可能です』


有人は、春原の一族が創り出したゲームが、他世界を観測しているという事実に驚いた。

もしかしたら、たまに作品が降りてきたなど言っている人たちは、そのように異世界を観測できる稀有な能力を持っているのかもしれない。


「…つまり、単純に考えてリアルの『有人』とLECの『アルト』を融合させて、レガイアの世界で活動できる私を作るってことですか?」

『その通りです。あと、あちらの世界で名乗るのであればアルトの方が良いでしょうが…元の名でも問題はありませんよ』

「…アルトの方にします。『有人』の名を捨てるのは嫌ですが、『アルト』として自分を試したいので」


その言葉に、シャイーラはまたも悲しそうな顔をしたが、有人はそれに気づかず、有人は次の質問を続けた。


「2000年後という話でしたが、どこまでゲームと同じなんでしょうか?」

『ほぼ全てです。スキルもレベルもあなたの仲間も』

「…仲間? どういう事です?」

『あなた方プレイヤーのサポートキャラもいます』


有人はここまでの話の中で一番驚いた顔をしていた。

LECにおけるサポートキャラとは、設定上、渡り人というLECの世界に不慣れなものを現地の者に同行させ、お互い切磋琢磨するために、神が選んだ存在のことだ。

そして、LECのサポートキャラは完全な無作為ではなく、プレイヤー側で種族と性別は指定でき、NPC内での犯罪などを行っていない者が限定される。

通常のNPCと違い、プレイヤーと同様の神の加護が与えられ、不老不死と成長率向上がされる。さらに、通常は人数制限のため、6人以上のパーティーは組めないが、サポートキャラは例外として組めるため、戦力の向上には必須とされる。

しかし、このサポートキャラは初めから近くにいるわけではなく、世界のどこかにいるため、まず合流しなくてはならない。

そのうえ、合流した後も他のNPCと同様に、普通の人間と大差がないほどのAIが搭載されているため、道具のように扱うと、神からサポートキャラを剥奪されて、マイナス称号も付与される。

そのため、プレイヤー側の人間性に問題があるかも把握しやすい要因ではあった。

もちろん、そのようなプレイヤーでも、しっかりと更生すると再契約も可能である。


「まさか…あいつらがいるなんて…ほぼというのは?」

『ゲームの頃のルールから離れていますので、死にたいと思った者は死んでいますが、  今でも生きている方はいます。ほぼというのは、不老不死の不死性はありません。他にも細かい所はありますが、あまりあちらの理を言いすぎるとルールに抵触するので』

「そうですか…色々あるんだな。それにしても、あいつらが……」


有人は2000年後の世界に自分を知っているものがまだ存在している可能性を聞き、色々と考え始めていた。

有人は、まずやるべき事の協力をシャイーラに要請した。


「…頼みがあるのですが…聞いてもらってもよろしいでしょうか?」

『? 出来る限りでは聞きますが…何でしょうか?』

「…母さん達やダチに手紙を書きたい」

『…正直言うと、あなたを今起こすと、私は次に干渉が出来るかわかりません。ですが、今の融合する前のあなたならここで書けば、夢遊病みたいになりますが置手紙は出来ます』

「少々不気味ですが贅沢は言ってられませんね。今から書きますが貴女はどうしますか?」

『転移の準備に時間と力がかかりますので、少し姿を消します』

「わかりました。貴女が姿を現すまでに書き終えます」

『そうですか。私の方も時間がかかりますから、急がなくていいですよ』


シャイーラがそういうと、彼女の姿は虚空の中に消えて、有人は一人白い空間に立っていた。

少しすると、手元に紙とペンが現れた。

有人は、本当は時間がかからないのに、自分の心を整理するために彼女は消えてくれたのではないかと思ったが、既に心が決まっている彼は、紙に家族や友に伝えたいことを書き始めた。

有人は、自分が消えることに対して、申し訳ないという気持ちと、新たな冒険に対する好奇心を胸に、ペンを走らせる。

手紙を2通書き終えてしばらくすると、またも光が集まり、シャイーラが現れた。


『…終わりましたか?』

「書き終わりました。ありがとうございます。こちらになります」

『分かりました。ご家族には必ず渡るようにします』

「ありがとうございます。準備は出来たのですか?」


シャイーラは有人からの2通の手紙を受け取ると、それを大事にしまった。

有人は、転移の準備について伺うと、シャイーラは自分の背後にある陣を見るように促した。


『奥にある陣に入ればあなたは融合してすぐにあちらに転移します』

「…体がどうなるか確認したかったけど仕方がないか」

『すみません』

「大丈夫です。頼みを聞いてくださってありがとうございます」


有人はこれで、有人としての終わりが来ることに少し悲しみを覚えたが、自分という存在が消えるわけではなく、意志と魂は残ることを信じて、陣に向かって歩み始めた。


「じゃあ、行ってきます」

『あなたの旅路に幸福と実りがあることを祈ります』


有人が陣に入る直前、彼はシャイーラに向かって声をかけると、シャイーラは神であるにもかかわらず、神に祈るように有人の旅の無事を祈った。

それを見た有人は、自分が会った神がこの存在であることに感謝した。

そして、有人が陣に入ると彼の意識は消えた。

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