053
生活に必要な物が入手できるようになって1か月、静かな日が続いていた。
智恵理のお腹も少し大きくなったかな?程度までになっていた。
そんな日も湾に浮かび上がった1隻の原潜によって変わった。
裾野に頻繁に連絡が入っていたが、無視をしていたら乗り込んできた。場所は縦須加だ。
彼らの要求は自国にダンジョンを設置する事とダンジョンを制覇できる人間を送る事だった。
だが移動方法が無く、実現が不可能であると断っていたら迎えに来たのだ。裾野からの無線連絡を受け裾野に向かった。
「勅使瓦さん、ご苦労さまです。」
「総理、何をどうすればいいのか、簡単に教えて下さい。」
「どう説明すればいいのか、勅使瓦さんに大国に来るよう求められています。」
「大国にですか。断ります。」
「今までも断っていたのですが、今回は縦須加まで来てしまいました。」
「こちらが何もしなければ、上陸はできないですよね?」
「そうですが、次は空母が来る可能性があります。そうなると上陸して厚林に向かいますね。」
「でも攻撃してくる可能性は無いですよね?」
「攻撃もあるかもしれませんね。あちらの食料も先が見えているので略奪もあるかと思います。」
「縦須加にダンジョンを出して自分達で輸送する事は?
原潜も空母も動いているのですよね?」
「そろそろメンテナンスが必要な時期ですが、ドッグも使えず原潜の稼働も今回が最後かもしれません。」
「そうですか、あちらの方々を訓練してレベルでもあげますか?」
「可能ですか?」
「縦須加にあるダンジョンで訓練してもらいましょうよ。
魔法が使える隊員さんに対応してもらって、レベル50超えたら帰ってもらいましょう。
装備だけは俺が作りますよ。サイズだけ教えて下さいね。」
「分かりました、それで話を進めてみます。」
「縦須加まで隊員のふりをして一緒に行きますよ。」
装甲車での移動になったが遅いな。いつも飛んでるからな。
「移住した4名は元気ですか?」
隊長さんが話かけてくる。
「元気ですよ。作業にも参加していますし、塩の引き取りで厚林にも行ってもらってます。」
「そうですか、山里地区にも慣れてきているようですね。
私も除隊したら住めせて下さい。」
「ええ、歓迎しますよ。」
「隊長には現役で頑張っていただかないと、除隊は許可できませんよ。」
総理に却下されてるよ。頑張れ、隊長さん。
そんな話をしていても縦須加は遠い。途中で魔物を倒しながら進む。高速道路を使っているが場所によっては崩れていたり森に変っていたりして、道を作りながら進んでいく。
縦須加では艦橋で大国の隊員が待っているが、船は無い。自分達で海を渡る事はしないようだが、潜水艦の中に入るのは避けたい。
「バリバリッ ドッカーーン」
周囲の魔物を倒す落雷の音が絶え間なく続いていた。大国の人は驚いて原潜の中に引っ込んでしまった。
装甲車の中から土魔法で原潜まで桟橋を繋げていく。誰が魔法を使っているか知られない為の行動だ。総理との話で魔法は見せないと決めていた。
相手がでてくるまで、俺たちも動かない。面倒な時間が過ぎていく。
「動いてきますかね?」
「1時間待って動かなければ戻ります。」
総理は時間を区切っていた。本当に面倒な時間だ、来なければよかったな。
「戻りましょうか?」
総理の言葉に装甲車を動かした瞬間にハッチが開いて3人が出てきた。俺は日本語以外は話ができないので語学に秀でた隊員と一緒に装甲車から出て、原潜に向かって歩いていく。
向こうも日本語を話せる隊員が出てきたようだ。
「こちらに総理を迎えて話をしたいのですが、どうでしょうか?」
「こちらとしては上陸をお願いしたいです。周囲の魔物は殲滅したので安全は確保しています。」
繰り返される話に、これが押し問答ってやつか。初めて経験したよ、笑っちゃう展開なんだな。
「どうするの?帰る?」
俺の問いに隊員も苦笑するしかない状況だ。1人が中に入っていくのが見えた。相談に行ったのだろうか、この状態が解消される事を望むよ。
「そちらに向かいます。」
5人が自動小銃を構え、中央の3人を囲うように8人が降りてくるので、総理と隊長も装甲車から出てくる。こちらは4にしかいないので大げさな警備だ。
話合いが始まるが、俺は5人を解析してレベルを確認していた。彼らのレベルは20前半で狼なら倒せるレベルではある。ただ、魔法が無いに等しくLv1がほとんどだった。
これをレベル50まで上げるのは難しくないが、魔法が使えないと低レベルのダンジョンでも制覇は難しいと考えている。隊長さんも同じで魔法の同時展開ができるか?が要だな。
結局、その日は折り合いがつかず翌日に持ち越しとなった。
翌日、訓練だけでは現地の安全が確保できないので、敷地の囲い込みをお願いされていた。
現地に潜水艦でいくなら1か月以上も水の中、それは避けたいな。彼らを信用していないし男だけの船内なんて嫌だ!と思っているのだが。
俺が 『行く』 と言えば片付く話だが、総理も俺に確認する事もなく否定する。昨日の話では拉致監禁を考えているのと、DNAを採取して解析を行われる事を危惧していた。
現地へは同行が必須条件だと言ってくるので、更に話が進まなくなる。
こちらは現地に行かない。ここでの訓練には協力する。この2点だけで納得できないなら今後の交渉はしない、彼らに告げて裾野に戻る事にした。時差があるので明日の朝には結論を出す予定だ。
彼らに選択肢を与えなかったのは何のメリットも無いからだ。食料も金属も十分な量が供給されているし、エネルギーも魔石の代替えが進んでいる。残るは発電機くらいだ。彼らは食料で交渉してきたが、1回30トンの小麦粉では交渉する材料になっていない。だが、他国には小麦粉を使い優位な交渉をしているらしい。
他に残っている国があり連絡を取っている事に驚いていた。総理には伝わっていなかったようだ。その事で総理も不快感をいだき、交渉をしていないのだ。
自分ファーストな国に無償援助はしないと俺も決めた。
最終的には10名の隊員を訓練する事で決着がついた。最初は50人とか言ってきたので
「死んでもいいなら、一緒にはいりましょう。」
と言って10人までならフォローする事にきまったのだ。
10名の装備は熊皮でつくり、剣は収納してあったミノタウルス製を使ってもらう。
Lv5も動物系ダンジョンでウサギから様子を見ていく。彼らは小銃で戦うことしかできず、剣は全く使えない。俺がウサギを倒して見せ真似するよう指示していく。
彼らの潜在能力は高く、教えた事の吸収は早い。ウサギを剣で倒していくが2対3になると攻撃を受けてしまう。魔法から先に習得してもらうか。
5人づつ魔力循環を行っていくが、魔力は5000~6000で止まる。国が変わっても総量は変らないらしいな。ここまでが3日間の訓練だった。進みは早いかな。
俺は山里地区から縦須加まで毎日通っていた。飛ぶのも面倒になりダンジョンの転移陣を解析してみたら転移陣は簡単に作れる事が分かった。といっても定点同士を繋ぐ魔法陣だけだが。
山里地区の魔法陣に位置情報を刻み、縦須加のダンジョン付近に番号付きの魔法陣を刻むと番号を唱えるだけで転移できる仕組みを作った。
これで縦須加の訓練は一瞬で移動できる。裾野とも繋げておいた。隊長さんも日帰りだ。
魔法は2個を同時に使う事ができず、全ての魔法がLv5で止まる。全員が1個はLv5になっているが2個以上をLv5にできたのは1人だけだった。彼も同時には使えない。
魔物との戦いでレベルは50を超え、あとは魔法のLvを上げるだけだな。
全員が魔法の属性で1個はLv5になっているが2個以上をLv5にできた彼も同時には使えない。これではダンジョン制覇ができない。
土魔法を覚えた者は2人いたので堀と土壁を重点的に教えていく。Lv5なので掘る、盛るは可能だが圧縮ができない。ここは錬金の出番だが誰も錬金術を習得できていなかった。
他の隊員に魔力循環だけ行い、錬金を教えていく。3人が習得できたので圧縮を覚えれば完璧なのだが、そう簡単に圧縮までいかない。圧縮はLv5では無理な事らしい。
15日間がすぎ、約束の訓練は終了した。堀と土壁は圧縮無しな状態だが、畑のように柔らかな土ではないので大丈夫だと思う。錬金の3人は剣や防具を形にする事はできるが、置換とコピーはできない。
追加で15人の訓練を押し込まれた。現地への誘いを今後しない事が条件だったので受けた。
最初の10人と同じように訓練をしていき、25人がレベル50以上になるまで30日間が必要だったが、無事に終了した。
他の国からも来るのだろうな、そんな気だするが今は終わった事を喜ぼう。
訓練が終わった翌日、山里地区では酒が振る舞われていた。
俺の仕事が終わるのに合わせてくれたのだ、酒が飲めるのも、気遣いも嬉しい。
「「 妊娠しました!」」
山守さんと多門さんの2人が声を揃えて報告してくる。真畑さんが悔しそうだ
おめでとう、自分に声を掛けておく。これで3人の父親か、大丈夫かな。
この報告と合わせての蔵出しだったのか、本当にありがとう。俺は感謝の気持ちで一杯だった。
女子の一部と3人組には白い目で見られている。状況説明はできているのだが、100%納得してはいないようだな。
原潜の中では
「おいっ!水を溢したのは誰だ!汚したら拭けよ!」
「すいません、水球を落としてしまって。片付けます。」
水球となって浮かび上がるが、も1個の水球が落下する。2個の水球を操る練習中だ。
「ドンッ」
「痛っ!何だ!何も無いな・・・」
「申し訳ありません、盾を出してました。」
こっちでも魔法の練習である。狭い原潜の中で魔法を使うと邪魔なようだ。
「静かにしないか。」
上官が静かに言う。
「水中にも魔物は居るのだから、静かに。魔法は使うな。魔物に感知されたらどうする。」
全員が黙って頷き、持ち場に戻っていく。
(魔法の練習をしたい気持ちも分かるが、1か月は辛抱してもらわないとな。)
上官は艦長だった。彼は黙って部屋に戻り、報告書の作成を始める。
(これで本国にも安全な拠点を作ることができるな。)
拠点の作り方や魔法の適正について教わった事を纏めていく。この上官だけが土魔法と風魔法でLv5を習得した人だ。
(本国では土いじりで岡に上がる事になるな。これが最後の航海か。)
寂しそうに報告書を書き上げ、今後の事を考えていた。また戻ってくるとは思わずに。




