036
「放棄された店から借りてくるんですよ。」
沈黙を破ったのは女性議員だ。
「それは盗みです。購入するならともかく盗みは犯罪です。認められません。」
「では購入してくるので。お金の用意と販売している場所を教えて下さい。」
全員が何も言えない。長い長い沈黙だ。
「・・・借りてきてください。責任は私が取ります。」
総理の発言に
「犯罪行為を認めるのですか?」
「借りてくるのです。勅使瓦さん、店舗から借りる際に私の書簡を置いてきて下さい。
内閣総理大臣が物品を拝借する旨を記しておきます。
これなら問題無いですね、議員?」
「明日までに用意して下さい。俺は明日から周辺を確認します。」
翌日は衣料品や日用品を探して飛び回った。拝借した店の事務所に書簡を置いて。
あとは倉庫が必要だよな。港に行って大きい倉庫を探すと穀物倉庫があり、中は空なので5棟を収納する。
指令部の横の敷地に倉庫を出し、衣料品、日用品、生活必需品に分けて出していく。
橋はあるが通り口が無いので門を設置し、指令室に向かう。
総理と幹部達で倉庫を見て回る。1棟には布団だけが収まっている。
「これで足りますかね。これが拝借してきた店と倉庫の住所リストです。」
「ご苦労さまです。ありがとうございます。」
「塩はどうしたの?塩が無ければ生きていけないわよ。」
塩か、収納には残っていない、車庫においてあるのだ。
「探してきますが、大量にある場所は判りますか?」
「指定室で地図を確認しましょう。」
海沿いに工場がある事が分かったので書簡を持って飛ぶ。
30トンはあるな、収納してすぐに戻る。
「総理、少し塩を分けていただけませんか?」
倉庫に出した塩を前に俺はお願いをする。
「持って行って下さい。今回の報酬には足りませんが。」
良かった、これで安心だ。2トンの塩を貰って帰れるな。
「これから夕食を一緒にどうですか?」
総理に誘われたので共にする事にした。
「煮物ばかりで申し訳ない。」
料理人らしき人が言う。鍋は渡したけど、鉄板は渡していなかったな。
俺は50cm×5mの鉄板と土台を急いで10台分作り渡す。
「申し訳ない、鉄板の事を忘れていました。」
「いえ、食べられるだけでも十分です。」
翌日は500個の鍋と鉄板、お釜を作り、集落ごとに分けて使う事を提案した。
各集落は今後も考えて2棟の空き家を設けてあったので、そこが厨房となった。
今度こそ帰るぞ、と思うとフラグだった。
「練習用のダンジョンに行く隊員の装備をお願いできせんか?」
一人一人のサイズに合わせて熊皮の装備を作っていく。
熊皮が足りなくなりそうだ、50人分で勘弁してもらった。
それでも3日間掛った。剣はミノタウルス製だ。
「勅使瓦さん、ご無沙汰しています。」
この長い間マスコさんに会っていなかったな。
「マスコさん、こんにちは。今はどこの部署を担当しているのですか?」
「配給関係を担当しています。ですが、厨房ができたので食材の分配だけになって助かりました。」
「喜んでいただければ、十分ですよ。」
「ここの生活も少しは向上していくと思います。」
「ですが、物品はいつかは無くなりますよ。」
「そこです、総理も今後の対応について悩んでいます。」
「そうでしょうね、私の所では醤油、味噌作りを始めたのですが、どうなっているか。」
「醤油と味噌を、素晴らしいですね。」
「ここでもダンジョンから大豆と麦を収穫して麹作りから始めたらどうですか?」
「そうですね、他の拠点が放棄されここに来た隊員が多数います。今は避難民として対応してますが、いずれは隊員として動いてもらう事もできますから。」
二人で総理の居る指令室に向かう。
「総理、勅使瓦さんの所では自給自足、加工食品も始めたそうです。ここも始めないと手遅れになりませんか?」マスコさん
「そうですか、加工食品ですか。」総理
「そういっても使えているのは大豆を絞った油と天然酵母を使ったパン作り程度でしたが。」俺
「そこまで進んでいましたか。経験者は?」総理
「皆初体験ですよ。試行錯誤です。」俺
「総理、避難民の中から経験者を募ってみたらどうでしょうか?」マスコさん
「避難民からか、いいかもしれません。明日、募ってみましょう。」総理
「総理、避難民って辞めませんか?避難しているのは事実ですが、戻る場所が無い事も事実です。
事実を認めてもらい、ここの住民として生活していく。そう考え方を変えていかないと。
畑の収穫も手分けして住民で行い、調理も住民で分担する。
隊員さん達の手が空いたらダンジョンでレベルを上げて、周辺地域の奪還を模索する。
ここが議事堂で総理官邸だと幹部の方々が思わないと住民もついてきませんよ。」
「・・・そうですね、ここが住居、避難民ではなく住民ですね。」
「総理、こんな男の言う事を聞くつもりですか、避難民に労働を強制するのですか?」
「いや、強制はしませんよ。任意参加です。それと避難民と呼ぶのは止めましょう。住民です。」
「わが党は「黙っていてください。」」
「明日、住民に行ってもらう作業を決めましょう。そして希望者には参加してもらう、いいですね。
希望しない者への強制は禁止します。差別も許しません。
子供たちには教育を再開したいので、その分野に秀でた人も探して下さい。」
マスコさんが夕食の後、部屋に来て話をした。
総理は避難所に物資を供給したい事。
避難所からここに移動させたい事。
全国にある避難所を把握したい事。
生き残っている住民の生活環境を整えたい事。
「総理は勅使瓦さんの30日間の作業を見て、頼めない事を理解したんだと思います
毎日、遅くまで一人で作業している姿を見て唇を噛んでいましたから。」
「・・・手伝いたいとは思いますが。
都内の状況は知っていますか?」
「全く情報が入ってきません。拠点から出る事も入る事もできませんから。」
「ここに来る前、都内に行きましたがビルの上層階に籠っている方々が多数いました。
全てを助ける事は出来ないので貯水層に水は満たしてきましたが。
役所は一か所だけ畑ダンジョンを出して井戸を作りました。
ただ、全ての場所に畑ダンジョンを出す事はできません。数に限りがあります。
ここは3個ですが、足りていますか?」
「正直、倍の数が欲しいですね・」
「そうですか、ところで、俺の家から近い拠点はどこですか?」
「入聞と立河、厚林ですかね、縦田は放棄されています。それぞれ数百人の規模です。」
「夕霞は?」
「放棄です。」
「そうですか、戻ったら考えてみます。隊長さん達のうち、数人を俺の所に残ってもらう事は可能でしょうか?」
「何をするつもりですか?」
「避難場所を廻るにしても隊員さんが居ると信用されるかと思いまして。空から俺が下りても信用されないでしょう。」
「そうですか、総理に確認しておきます。」
翌朝、総理から一通の書簡を預かった。
「隊長に渡してくれないか。」
俺は畑ダンジョンを3個だして急いで家に戻っていく。
周辺の状況は一変していた。
恐れていた通り魔物の徘徊する街になっていた。
敷地周辺の魔物を雷でたおして2キロ圏は魔物が居なくなった。
魔法陣の防音効果を解除して食堂前に降りる。
車庫では数人が脱穀作業をしている。
中にはいると奥様方が食事をつくっており、叶井さんと隊員さんが油を作っていた。
「ただいま戻りました。」
「「「「「・・・お帰りなさい。」」」」」
「ちょっと皆を呼んできて!」
優香子さんが叫ぶと隊員さんが頭を下げながら走っていく。
「おう、お帰り、油作りって大変なんだな、地主さんの魔法が羨ましいよ。」
叶井さんが笑顔で歩いてくる。
「お疲れ様でした。醤油と味噌は少し進んでますよ。」
鈴木さんが報告してくれる。
外で作業していた人も戻って皆でイスに座り
「改めて、ただいま戻りました。」
「「「「「お帰りなさい。」」」」」
「「「「「ご苦労様でした。」」」」」
そこから少し早いが昼食となった。
留守中、変わった事といえばトシ君たちの両親が来た事だ。
古湊正篤 47才
のぶえ 47才
道守克成 45才
響子 44才
食事中に子供たちはお手伝いの報告をしてくれる。
「申し訳ないのだが、聞いてほしい。」
俺は食事の片づけが始まる前に話をする。
ここを出る前に防音の魔法陣を刻んだ事。
街が崩壊している事。
役所の反応が無い事。
全員が黙ったまま聞いていた。
「だから、ここが安全だったのか?被害が無かったのか。」
叶井さんが何とも言えない顔をして呟くように言う。
「隊長さん、申し訳ない。実力を疑ったわけではないが、隊員さん達と魔物討伐に出て行かれる事を恐れてこんな真似をした。許して下さい。」
「・・・・・」
隊長さんは目を閉じたままだ。
「生存者の確認はできていますか?」
隊員さんが聞いてくる。
索敵を広げて探してみると
「かなりの人が居ます。数千人規模です。」
「そうですか・・・」
そう、その人数全てはここに入りきらないのだ。
全員が黙ったまま頷いていた。
「隊長さん、総理から書簡を預かってきました。」
「ありがとうございます。今、呼んでも?」
「どうぞ、内容は聞いておりません。」
隊長はじっと書簡を見つめてから読み始める。
「勅使瓦さん、ありがとうございました。
ここで皆さんに内容を伝えたいと思います。」
隊長が立ち上がり、全員が見える位置に移動すると反対側に隊員達も整列する。
「まずは裾野の整備、ありがとうございました。
「「「「「「「ありがとうございました。」」」」」」」
整備内容は敷地の拡大。
2×4キロが平坦な土地となり堀と塀で囲まれた安全な場所となりました。
次に井戸の掘削、100ヶ所。
トイレの設置 1000ヶ所。
建物の建設、冷暖房完備で4500棟。
不随する排水講の整備。
厨房機器の設置、100ヶ所
物資の調達、1万人分以上。
隊員用の装備供給50人分。
総理から皆さんに
「万が一、そちらで不幸な出来事が起こっていたら、裾野の責任だ。
私達がお願いして長い期間、引き留めてしまったのは事実だ。
何か起こっていたなら全員でこちらに来ていただきたい。」
以上が総理からの報告と話です。
皆さんの知り合いや知人に不幸があったなら、我々の責任です。
本当に申し訳ありませんでした。
「「「「「「「申し訳ありませんでした。」」」」」」」
我々には
「そちらに避難民の救出に当たれる人員を配置したい。
希望者は残ってもらって構わない。
一人でも多くの人を救ってほしい。」
以上です。」
誰も何も言わない。
俺はダンジョンに入って装甲車の強化を始めた。
再下層に行き、周囲を探索すると岩山に表面や中にミスリルがあった。
俺は階層内のミスリルを全て集めて回った。
収納から装甲車を出し、外板をミスリルで置換していく。
タイヤは熊皮で置換だ。
屋根にパイプを付けて動力になる風に魔法陣を刻む。
運転席に上にレバーを付けて前進と後退が出来る機構にして、走り廻る。
アースドラゴンキングが階層の隅でこちらを見ている。
速度を調整して収納し、2台目の改造に掛かる。
3台分のミスリルだったので、そこで終わりにして部屋に戻った。
1か月ぶりの自分の部屋だ。
風呂に入りベッドで横なり考えていた。
ここに居て魔物の侵入を防いでいたほうがよかったか。
それは裾野の人を見殺しにする事になる。
だが、この街の人を見殺しにした。
結果はこの街を見殺しにした。よかったのか。皆に不満は無いのか?
俺は一人ベッドで横になっていた。
「コンコン、地主さ~ん!」
叶井さんが来たようだ。
「どうしました。」
「どうしたも何も、黙って出ていって戻ってこないから呼びに来たんだよ。食堂に行こうぜ、まってるよ。」
二人で食堂に向かうが
「俺は街の人を見殺しにしたのですかね・・・」
「俺には解らないな、けど、ここに居れば生きていける、そう言ってここにきた。で、生きてる。不満は無いよ。」
叶井さんは笑ってくれた。
食堂には全員が座っていた。
「勅使瓦さん、我々は全員で裾野に戻ります。
ですが、総理に報告後、早急に戻ってきます。」
「解りました。出発は明日でいいですか?装甲車の調整をしたいので。」
「装甲車ですか?修理していたバスで戻る予定でしたが。」
「総理に借りてきました。これなら魔物が襲ってきても壊れないと思いますよ。」
窓を開けて装甲車を収納から出す。
銀色に輝く装甲車だ。
「「「カッコいい!」」」
男の子たちの目が輝く。
「明日、近くでみようね。」
収納して
「隊長さん、期待していい性能ですよ。」
「ありがとうございます。感謝の言葉しかありません。」
「勅使瓦さん、これを作っていたのですか?心配しましたよ。
この街が魔物に襲われましたが、勅使瓦さんに責任はありません。
私達の知人が襲われていたとしても、ここに来る時に家族で何度も話をしました。
一人の人間が数十万の人を助ける事はできない、でも生きる為にここに来ようと決めました。
初めから分かっていたし、理解していたつもりでしたが、実際の事となると戸惑いました。
ですが、決して誰かの責任にする気はありません。
これからも、よろしくお願いします。」
「そうそう、気にするなってことだから。なっ、明日から楽しく生活しようよ。」
全員で頷いてくれた、有難い事だ。
翌日、隊長さん達に前進と後退を説明し動かしてもらう。
速度も今までより早いらしい。
俺は漆黒樹の中に隊員さんに入ってもらい、氷の魔法陣を刻んで乗せた。
8人は帰っていった。
その日は油の搾りと小麦粉の作成で一日が終わった。
人数も増えたので消費量も多くなっていた。
「そういえば、小麦の種類を増やしておいたけど、どうですか?」
「「「えっ!」」」
「えっ?」
「どうやって見分けるのですか?」鈴木さん
「同じ物だと思って全部一緒に粉にしていたけど。」叶井さん
「えっ!俺も知りませんよ。でも解析したら種類が違ったので植えたのですが。」俺
「明日、中で種類を教えて下さい。覚えましょう、皆さん」
夜は車庫で脱穀機を作っていた。
収納から作りかけの水車版を出して見る。
羽に風魔法を当てて動かしてみると回転が始まる。
これくらいで回転しないとな、そう思いながら羽と棒と板を組み合わせていく。
羽の両側を板で支えて、棒にドラムを取り付ける。あとはドラムに細い棒を差し込んで完成だ。
板に魔石を取り付けて下から吹き上げるように風を出して回転させる。
よし、よしいいぞ。板とコマで得意の制御をする。
次は殻を外す事だな。
脱穀機と同じ要領で回転機構を作り、ドラムの代わりに一枚の羽根をつける。
下から羽がくると棒がもちあがり、そのままドラムが回転すると棒から離れストンと落ちる。
そんな感じだから、ツバ付きの棒と通す板、臼で完成か。
動く量は少なくていいな、簡単だな。
とうみは羽を外し、風を自動で送れば完成だ。風量は調整式にしておく。
次は精米機だな。今は玄米を食べているが白米も食べたいしな。
ネジのように溝を掘った棒を回転させて玄米をこすりながら米糠が取れればいいんだよな。
ホームセンターにあった家庭用の精米機を分解して確認していく。
構造が分かれば簡単だな。難しい機構は無いのですぐに作れた。
少し試してみたが綺麗な白米が出来た。よし、完成。
後日、複製して裾野にも持っていこうかな。
裾野と言えば洗濯機が無かったな。でも4000個も作れないし、500個でいいか。
洗濯機を500個作ってしまう。
脱穀セットは60セットでいいかな。ダンジョン1個に10セットだ。




