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06 こうかは ばつぐんだ!

 

  お肉解禁の後、初めて迎えた日曜日。

  私は幸せの真っ只中に居た。


「す・き・や・き! だ・い・す・き!」

「うるさいわね、あずり。やっぱり肉買うのやめようかしら」

「何言ってるの、お母さん。そんな事したらここで暴れてやるから」

「やめなさい、スーパーよ。ご近所さんが居たら恥ずかしいでしょ」


  カゴの中には立派な牛肉さまが……!

  あ、涙が出そう。

  中村くんのおかげでお肉解禁を果たした日、家に帰ってすぐお母さんに裏切りを報告した。

  あら、根性ないわね〜あずり。とか何とか言いながら、お母さんはその日の夜、上機嫌でお肉と白米を出したのだ。

  絶対お母さんも飽き飽きしてたに違いない。

  1年間の親娘の戦い(肉なし生活耐久戦)はこうして幕を閉じた。

  今日のお昼にはラーメンも食べたし、夕飯にはすき焼きが待っているし……はあ、幸せ。



  るんるんで買い物を終えて帰宅した私のスマホに、中村くんからメッセージが届いた。


「『暇ならパフェ食べるの付き合って』……相変わらず短い」


  何回か当たり障りのないやりとりをしたけど、遊びに誘われたのは初めてだ。

  パフェは大好物だし、行っちゃおうかな。


  浮かれた私はすぐに返信して、お気に入りのワンピースに着替えた。綺麗なオレンジ色で、シルエットが可愛いのだ。

  ナチュラルメイクだけど、新しく買った色付きリップは発色が良いから休日仕様。

  ついでに髪を編み込もうかな、とヘアゴムを選んだところでハッとした。


  なんか私、気合い入っちゃってない!?


「……身だしなみ! これが普通!」


  別に中村くんに会うからオシャレにしているわけじゃない、この格好は休日を楽しむためにしているんだ、と自分に言い聞かせながら髪を編み込んで、鏡で入念にチェックした。


「お母さーん、出かけてくるねー」

「はーい……あら、デート? 可愛くしちゃって」

「違いますー! いつもと一緒でしょ」

「いつもはもっと適当じゃない」

「あーあー、聞こえませんっ」


  お母さんのファッションチェックをくぐり抜けて外に出る。

  いつもはヒールを履くのに、今日はぺたんこ靴にした。中村くんより大きかったら嫌だもんなぁ。





  待ち合わせ場所のフルーツパーラー前で、中村くんは真剣に店頭のボードを眺めていた。

  私が来た事にも気づいていない。1番人気のフルーツパフェと、期間限定のマンゴーパッションパフェを交互に睨む姿に思わず笑ってしまった。


「ん……いきなり誘って悪かったな」

「ううん、大丈夫。中村くんもパフェ好きだとは知らなかった」

「ここ、姉貴に連れられてよく来るよ。急に食べたくなっちゃって」

「高橋くんとは来ないの?」

「あいつ、あんな見た目で甘いもん食えねーの。今年のバレンタインとか死にそうな顔してた」

「へぇ、意外かも」


  私がマンゴーパッションパフェ、中村くんがフルーツパフェを注文する。


「吉木、私服だと雰囲気違うな」

「え……それはどういう」


  上から下までぐるっと見た中村くんの感想が気になって、そわそわするのを誤魔化すように水を飲んだ。


「んー……可愛い」

「はっぐ、げほっ」


  水を噴き出しそうになって、慌てて両手で口を押さえた。

  いやいやいや、勘違いするな、吉木あずり。

  この『可愛い』に深い意味はない。茜だって何にでも可愛いって言うじゃない。この前なんてお弁当に入った小さなおにぎりにさえ可愛いって言ってたし。うん、きっとそんな感じ。


「はは……ありがとう」


  頑張って何気ない感じで流したのに、テーブルに頬杖をついて首を傾げた中村くんが私をジッと見るから、ついうろたえてしまった。


「な、なに」

「いや……唇がツヤツヤしてる」


  だからなんだよ! とキレたくなった。唇を見られてるって意識すると恥ずかしい。


「リップつけたから」

「へぇ」

「あのう、そんなに見られるとちょっと照れるなぁ、なんて」

「あぁ! 悪い、つい」

「あ、うん」


  ついってなんだ。照れたように頰をかく中村くんを目が乾きそうなくらいに見つめてしまった。

  なんとなく無言になったところで、パフェが出てきてホッとした。


「うまっ」

「おいしー! 1年ぶりの生クリームだぁぁ」

「は? なに、肉だけじゃなかったの?」

「うん、マクロビだもん」

「徹底してたんだな……絶対そんなん無理だわ」

「お母さんも私も今後一生やらないと思う」

「だろーよ」

「でも血液がサラサラになった」

「そんなん分かるのか」

「気がする」

「気がするだけかよ! 前向きすぎる」


  笑いながらさくらんぼにぱくつく中村くんを見て、やっぱり『可愛い男の子』の方が正しいかもって思った。こんなにさくらんぼが似合うんだもん。


「こっちのパフェも食べていいよ。マンゴーパッション」

「ありがと」


  嬉しそうにスプーンを伸ばす中村くんと私の間には、穏やかな空気が広がっていた。



「はぁ、おいしかった……」

「やっぱり夏はパフェだな」


  腕を組んで満足そうな中村くんは相当パフェが好きらしい。


「中村くん、嬉しそうだね」

「あー……そう、この前言おうと思ったんだけど。中村っていっぱい居るから下の名前で呼んで」


  息が止まりかけた。


「んんっ! 圭太くん? これでいい?」

「おう。俺もあずりって呼びたい」


  確実に息が止まった。


  ぎこちなく頷くと、圭太くんはホッとしたように目を細めた。


「んじゃ、あずり。帰ろ」


  勘違いするな、勘違いするな。

  圭太くんに深い意味はない、勘違いするな。


  ああ、でも。

  いつの間にかパフェをご馳走になり、ゆるーくお喋りしながら家の前まで送られて。

  『可愛い男の子』は『かっこいい男の子』に逆戻りしてしまった。


「またな」

「あ、バイバイ」


  圭太くんを見送って、自分の部屋に駆け込んだ。力が抜けて、座り込む。目をつむると、自然と圭太くんの顔が思い浮かんだ。

  落ち着け、勘違いするな。

  甘い言葉に深い意味はないはず。


  『んー………可愛い』

  『あずりって呼びたい』


  きっと勘違い。深い意味はない。

  でも、万が一、勘違いじゃなかったら?


  あずりは ちからつきた。

  こうかは ばつぐんだ!


  なんてわざとふざけても、胸の奥のトキメキは消えなかった。

  どうしよう。次に会った時、普通に対応できる気がしない。


  もう一度、あずりって呼ばれたら。

  胸の奥からじわじわと広がるこの熱に、正しい名前がついてしまう気がした。

 


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