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03 アスパラベーコンとロールキャベツ

 

「は?」


  なんだ、こいつ。思わず漏れた声に、叫んでいた女子が振り返った。

  この学校の校則は緩くない。だというのに、目の前の女子の髪色は明るい茶色だった。スタイルも良くて、いかにもイマドキの女子高生だ。

  圭太はこういうギャルっぽいやつが好きではなかった。なにかにつけて可愛い〜! とか言ってくるのは、こういう派手な女子が多い。


  なんか叫んでたし、関わらないほうがいいかもな。若干引いてしまった圭太は、一歩後ろに下がってドアを閉めようとした。が、その前に捕まってしまった。


「待って……! お願いします待ってください助けてください限界なんです」

「いや、えぇ? おい泣くな」


  この状況はなんだ。

  屋上にいた変な女子に、絡まれている。

  逃げようと思ったら、半泣きで腕を掴まれてズルズルと引っ張られてしまった。気がつけば屋上の中央まで来てしまっている。


  訳が分からないが、ここまで来てしまったらもう逃げる気もない。

  顔を上に向けて両腕で目を覆いながら、ぐすぐすと泣き言をつぶやいている女子に向き合う事にした。


「俺は2ーCの中村圭太。あんた誰」

「2ーAの吉木あずりですぅぅ」

「で? 何すればいいわけ?」


  同じ学年かよ。ちっとも気がつかなかった。腕を組んで早く話せと凄む。

  ようやくこちらに顔を向けた吉木が、きょとんとした顔で見つめてくる。目線が同じなのがムカつく。縮めよ、お前。

  感情を隠さずに思いっきり眉間にシワを寄せると、吉木がびくっとした。いやいや、どう見てもそういうキャラじゃねえだろ。早く話せ。


「助けろって言ったのは吉木だろ? どうすればいいのか言え。早く」

「え…… 肉! 肉が食べたいんです、どうしても、もう耐えきれない」


  こいつ、どんだけ肉食いたいんだよ。痩せて見えるけど、ダイエット中で我慢してたとか? まあ、どうでもいいか。


「弁当の唐揚げとシューマイしかないけど」

「唐揚げ! シューマイ!」


  両手を上げて飛び跳ねる吉木の前に座って弁当を差し出した。

  弁当にキラキラした目を向ける吉木は犬みたいで面白かった。こいつ、馬鹿っぽいなあ。

  おかずをやったら午後がキツイけど……でも、こんなに喜ぶなら悪い気はしない。

  なんて、好意的に見ていたのに。吉木は唐揚げを箸で掴もうとして固まった。


「何してんの? 早く食べれば」

「唐揚げ……食べたい……うう」

「いや、食べればいいだろ」


  意味分かんないやつだな。吉木は唐揚げの前で箸をうろうろさせるだけで、一向に食べ始めない。


「あぁ、もう! 面倒くさい!」


  吉木の前の唐揚げを箸で掴む。俺が食べると思ったのか、分かりやすくシュンとした。

  そんな落ち込むくらいなら早く食べればいいのに。俯いた吉木の口に、唐揚げを押し付けた。


「むぐっ……唐揚げだぁ、本当に唐揚げだぁ」

「泣くな。お前、何がしたいんだよ」


  もぐもぐと噛み締めながら泣くもんだから、本当に困る。高2だろ、飯くらい自分で食べろ。そんな風に思いながらも、次のシューマイを吉木の口に運んであげる俺は暑さで頭がやられているのかも。

  肉を求めて叫び、唐揚げを食べてぽろぽろ泣く変な女子が可愛く見えてきた。重症だ。


「中村くん、聞いてくれますか……去年の夏から始まった、地獄の日々を」


  そこから10分くらいグダグダと喋った吉木の言葉を要約すると。


「つまり、吉木の母さんが去年の夏からマクロビ? とかいう肉なし生活にハマったのか。そんなの無視してお前は外で食べればいいだろ」

「うっ……でもお母さんが、一緒にやりたいって言うからぁぁ。私だけ肉を食べるのは裏切りかと思ってぇぇ。こんなに長く続くとも思ってなかったしぃぃ。でももう我慢できなかったぁぁ! 肉は必要じゃボケーーー!」

「お前のキレ方可愛くないな」

「うううう」


  母親に悪いと思ったから、最後まで食べるか迷っていたのか。


「まあ、我慢は良くないだろ。案外、吉木の母さんもお前が根を上げるのを待ってたのかもよ。言い出しっぺは簡単にやめられないだろ」

「そうかもしれない……そういえばこの2週間ずっと、お弁当は白滝カルボナーラだった……辛かった……」

「ははっ頑張ったな」


  文句も言わずに食べ続けてたのか。意外と健気?

  思わず笑ったら、吉木がまじまじと見つめてくる。その好奇心いっぱいです、って表情にちょっと嫌な気分になった。また可愛いとか言われるんだろうか。初対面の女子は大抵この余計な一言を付けるのだ。


「中村くんって……男前だね」

「はぁ!?」


  予想外の言葉に、持っていたペットボトルを落としかけた。男前って……可愛いって意味じゃないよな。むしろ、かっこいいの方じゃ?

  動揺して、一気に顔が赤くなるのが自分でも分かった。


「何言ってんの?」

「だって、初対面の人にいきなり肉くださいなんてお願いされて普通あげる? 私なら絶対あげない」


  吉木がお願いしてきたくせにそんな事言うのか。


「それに、泣き出して愚痴言って、かなり面倒くさかったでしょ? なのに、平気な顔して最後までちゃんと聞いてくれたし」


  いや、結構聞き流したところもあるけど。


「中村くん、かっこよかった! 惚れちゃいそう!」

「惚れれば?」

「えっ」


  男前と言われて動揺したのが悔しかったから、冗談で返した。まあ、こいつ経験豊富そうだし動揺とかしないだろうけど。

  そんな風に考えていた俺の目の前で、吉木は首まで真っ赤にして俯いた。さっきまでのテンションが嘘のように黙り込んでいる。


  なに、その初心な感じ! 嘘だろ!


  俺は騙されないぞ、と意気込みながらも心はそわそわして仕方がない。思わずつっこんでしまった。


「なにこの空気!」

「ご、ごめん。ええと、かっこいい人と話すと照れるね」

「は? いや……いやいや。何言ってんの? からかってる?」

「とんでもない」

「えー。吉木……男友達とかいないわけ? ていうか外見と内面が違いすぎるような」


  彼氏いないの? と言おうとして、何故だか喉が詰まってしまったので男友達に変換する。やばい。何がやばいのか分からないけどやばい。このまま屋上に居たら、何かとてつもなくやばい事が起きると思った。


「そのう、よく嘘だって言われるけど、地毛なんだよね……これ。顔も、なんか派手って言われるけど、中身は小心者だし」

「嘘だろ!」

「ああ、うん……みんなに言われる」


  その茶髪が? 地毛? ギャルっぽいのは見た目だけ?


「ええと、親友には、アスパラベーコン女子って言われたかな……あっ中村くんはロールキャベツ男子かもね! 見た目よりずっと男前」

「アスパラベーコン……ロールキャベツ」


  へへ、なんちゃって。とか言ってはにかむ吉木を呆然と見ながら、俺はもう手遅れだと気がついてしまった。ああ、もっと早くここから逃げればよかった。きっとやばい事になるって思ったのに。


  俺、中村圭太は、吉木あずりの予想外のギャップに、ころっと落ちてしまったのであった。それはもう、呆気なく。



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