01 吉木あずりは飢えている
「それでは、次の回までに教科書68頁の応用問題を解いておいてくださいね。授業を終わります」
丁寧で分かりやすい授業をしてくれる数学教師の藤原は眼鏡イケメンで、女子生徒に人気だ。
教卓の真ん前の席である吉木あずりは、数学の授業の時だけ女子に羨ましがられる。ここ、内職もできないし、よく当てられるんだけど。くじ引きで決まってしまったから仕方ないとはいえ、代われるなら誰かに代わってほしい。
高2の夏。このクラスになってからまだ1度も席替えをしていない。3ヶ月以上この席に座っているのだから、内職ができないのも、よく当てられるのにも慣れた。
なのに今日になって席替えしたいなんてうじうじ考えているのは、虫の居所が悪いからだと自分でも分かっていた。
「あずりー! なにボーッとしてるの? お昼だよぅ」
いつも一緒にお弁当を食べるグループの中から、親友の茜が声をかけてくるけど。
「ごめん、今日は別に食べる」
「えー? 分かったぁ」
みんなと居るとマズイと思った。今の精神状態では、絶対に八つ当たりをしてしまう。
お弁当とタンブラーが入ったお気に入りのランチバッグを手にとって、早足で教室を出た。
ああ、イライラする。
ランチバッグに付けた、だら〜っと寝そべる姿が可愛いシロクマのストラップにさえ、意地悪をしたくなってくる。
階段を上りながら、シロクマのお腹を親指でぐにぐにと揉んだ。でもやっぱりこれくらいじゃ苛立ちは消えなくて、階段を上るスピードが速くなる。
最後の方はもうほとんど走りながら、屋上に飛び込んだ。サッと見回して人が居なかったので、心置きなく叫んだ。
「このアホー! 肉食べさせろー!」
叫べばスッキリするかと思ったけど、まだムカムカする。
「なにがっ! カルボナーラじゃっ! 白滝と豆乳でカルボナーラが作れるかいっ!」
まだ足りない。
「なんでタンポポコーヒーっ! 私は妊婦じゃないっつーのっ!」
もっと言いたい。
「白米は日本人のソウルフードだろうがっ! 発芽玄米はたまに食べるから美味しいんだしっ!」
愚痴は尽きない。
「おやつはナッツとレーズン!? 私はリスかっ!」
ああ、心の底から願っています。
「にーーくーーー!」
吉木あずりは肉に飢えている。