初恋の栞
初恋。
それは人生で初めて家族以外を好きになること、思いを伝える事が難しいと知る体験であり、甘酸っぱい思い出になるものだと僕は思う。当然、僕だって初恋をしたことがある。とても一般的な恋だったと思う。あれは小学3年生だったはずだ。隣の席の女の子に恋をした。特別可愛い子ではない、クラスでも人気者というわけでもない。どこにでもいるような女の子だった。
昼休みになり、いつも通り友達数人とサッカーボールを小脇に抱えグラウンドに向かおうとしていたときだった。隣の席の女の子、坂本さんが何か探していたのだ。椅子に座りながら、机の周りをキョロキョロ見渡していた。どうしたのだろうかと思い、坂本さんに声をかけようとしたが
「カズ!なにしてんだ、グラウンドいこーぜ!」
ふと、後ろから声を掛けられ僕は振り向き
「う、うん。今行くよ」
そのまま坂本さんから意識が離れ、友達と共にグラウンドへ向かった。
予鈴がなり、教室に向かう途中、ようやく坂本さんのことを思い出し、まだ探し物をしているなら一緒に探そうと決め、小走りで教室へと向かった。
教室に着き、僕の席に向かうと坂本さんは既に着席して、次の授業である国語の教科書とノートを準備していた。
「坂本さん、昼休みのとき何か探してなかった?」
そう僕が席に着きながら聞くと、少し驚いた顔を見せ、一拍おいて
「うん。すぐ見つけたから心配しないで」
「よかった。手伝おうと思ったんだけとコウタに呼ばれちゃって。
ところで何を探してたの?」
「これだよ。」
そういって坂本さんは机の中から本を取り出し、少しはみ出している栞を指さしている。
それは透明なプラスチックの栞だった。あぁ、透明のものだ、見つけにくいなと思い、話を変え、次の授業についての愚痴や昼休みに興じたサッカーについて話をしようとしたとき
「これ、自分で作ったんだよ」
自慢気に少し頬を赤く染め、話が続いた。彼女がなにか自慢するというのは珍しく、少し興味が出た僕は、少しバカにした態度で
「ただの透明な栞を?」
するとこちらの態度に気づいた彼女は少し怒った様子で
「押し花の栞!ママと一緒に庭のお花で作ったんだから!」
そういいながら本を開き、栞を見せてきた。
「ごめんごめん、だって先の所しか見えなかったから」
謝りながら栞を見ると、その栞は話の通り中心がほんのり青色な小さな白い花を使ったものだった。
「キレイだね、そりゃあこんなにいいものなくしちゃったら探すよね」
「うん。だから見つかってよかった!」
喜びながらそのあともママと他にも色々な栞作ったのだと話す彼女は笑顔だった。なぜだろうか、いつも話すときに見ている笑顔のはずがその時はなぜかとても輝いて見えたのだ。この時だろう、僕、斎藤和真が初めて恋をしたのは。
あれから僕は坂本さんのあの笑顔が見たくて本で花言葉を調べたり、図鑑で花の写真をみて彼女と花の話ができるように色々調べた。それからは僕と坂本さんは花の話で盛り上がるようになった。当然話しているときの彼女の笑顔はあの時と同じく輝いていた。その笑顔を見るたび、僕は嬉しく、段々と僕は坂本さんが好きということを自覚していった。
その日は月曜日で2日話をできていないから、たくさん坂本さんと花の話をしよう、昨日覚えた花の花言葉を教えようとか考えながら登校した。空は朝なのに暗い曇りの日だった。傘を持っていたのを今でも覚えている。
教室に着きクラスメイトにいつものように朝のあいさつを交わし席に向かう、いつも通り坂本さんは僕より先に登校していた。いつもの坂本さんじゃないと後ろ姿でわかる。好きな人のことだ、少しでも違うと感じる。
「どうしたの?朝からお母さんとケンカした?」
坂本さんに声をかけるといつかのように、少し驚いた顔を見せ、一拍おいて話し始めた。
「ううん。なんでもないよ」
首を横に振り、笑顔を見せてそう言った。しかしその顔は僕が好きな笑顔じゃない。見たことない何かを我慢した顔だった。その顔に驚いた僕は「そっか。」と頷くことしかできなかった。
今日は久しぶりに会ったのにあまり話ができなかったと後悔しながらいつも通り帰りの会が始まった。すると担任の田中先生が隣の坂本さんを前に呼んだ。瞬間僕は朝の坂本さんの顔を思い出し願った。何か褒められるのだろうと。僕が思っていることじゃないと。小さく首を横に振り、嫌な考えを飛ばした。先生は坂本さんの肩に手を置き話し始めた。
「えー。突然だが坂本さんは今週でこの学校を転校することになった」
当然クラスメイトがえー!とかほんとー?など騒ぎ始めている。
先生は東京のどこの小学校に転校するだとか、またいつか会えるなど言っていたが話が頭に入ってこない。すると泣きそうな顔を見せている坂本さんがこちらを見ている。どんな顔をすればいいかわからなかった僕は目をそらした。
それからの日々はあまり話せなかった。クラスの女の子たちが坂本さんの周りにずっといるからだ。それになんて声をかければいいのか僕にはわからなかった。
坂本さんがこの学校に通う最後の日。
彼女は僕に話しかけてきた。
「カズくん。あのね、今までありがとね。カズくんと花のお話しができてとても楽しかったよ。またいつかお話ししようね。」
そういいながら手を振り教室を出ていった。
それから色々考えた。好きだった人がいなくなる。大切だった時間がもう訪れない。坂本さんに好きだと伝えられなかった。そんな後悔が一気に僕に襲い掛かる。やっぱり思いを伝えたい、そう思い立ち上り教室を飛び出し彼女を追いかけた。間に合うと思っていた。だがもう彼女はいなかった。後悔だけが残り、僕の初恋は終わったんだとそこでようやく気づいた。僕も家に帰ろうとトボトボ歩き教室にランドセルを取りに戻る途中、田中先生とあった。一瞬彼女のことについて聞こうと顔上げ聞こうとしたが、やめた。そのまま横を通り過ぎようとしたとき、先生が
「好きなんだろ?坂本さんのこと」
そう聞かれ、バカにされているのかと思い顔をあげ否定しようとして先生の顔を見た。
「坂本さんな、引っ越しの関係で火曜日の朝まではこの町にいるらしい。朝いちばん電車で東京に向かうそうだぞ。」
「後悔しないようにしなさい。頑張れ恋する男の子!」
そういいながら先生はすれ違いながら僕の背中を押した。そのまま僕は駆け出した。
遠くから廊下は走るなという注意を受けるが関係ない。
僕は彼女に、坂本さんに伝えなきゃいけない気持ちがあるんだ。
好きだって。きみが好きだって伝えるんだ。そう心に誓い目的のお店に向かった。
うるさいほどに鳴り響く目覚ましを止め、まだ完全に明るくなっていないうちに家を飛び出して駅に向かう。
どれぐらい待っただろうか少し遠くにタクシーが止まった。その中から坂本さんが出てくる。坂本さんのお母さんとお父さんも一緒にいるのが見える。そしてようやく彼女が僕に気づく。両親に何か話こちらに一人で近づいてくる。
「どうしたの?こんな朝早くに。」
「見送りに来たんだ。」
「でも私今日出発するって言って……」
彼女の言葉を遮り
「先生に聞いた。僕は君に、坂本さんに伝えたいことがあるから。」
僕は顔が熱くなるのを感じる。すると坂本さんも何か気づいたのか顔を赤らめ少しうつむきながら聞いてくる。
「な、なにを?」
ポケットに入れた手に力が入り、ラッピングした袋にしわができるのを感じすぐに力を抜く。
「あ、あのさ、僕は坂本さんのこと、」
言葉が出てこない。昨日あれだけ考えたはずだ。ロマンチックな内容だったはずだ。黙っていると彼女の後ろにいるお母さんから坂本さんに声がかかる。
「そろそろ時間よ」
「う、うん。ママ今行く。」
こちらにもう一度振り向き彼女が言う。
「じゃあ、そろそろ私行くね。」
「ま、待って!」
そう叫びに近い声で呼び止めポケットから袋を取り出し坂本さんに押し付ける。
「いままでありがとう!僕、坂本さんのこと忘れないから!また花の話しようね!」
「うん!」
手を振りながら彼女は駅のホームに入り手を振りながら見えなくなった。
最後の彼女の顔は僕が好きになったときと同じ笑顔だった。
あれから約9年いまだに彼女が忘れられない僕は、俗にいう青春を味わえずに成長した。
今日は大学生活記念すべき一日目だ。これからも頑張ろうとキャンパスに入る。
すると後ろから
「カズくん」
聞きなれない、いや長い間聞けなかった声で呼び止められる。
振り向き正体を確認し、9年たった彼女は大人になっていた。可愛く成長したというよりきれいになった。久しぶり、と声をかけようと思い手を上げようとして
「まだあの頃の気持ちは変わらない?」
そういいながら彼女は頬を赤く染め、いつか僕がしたようなバカにした顔で僕があの時贈ったコチョウランの押し花の栞を見せてきた。
「そりゃもちろん。変わらないよ。」
今日はとても晴れている。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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