三話、悶死
私の部屋は狭い。そりゃ、私の働きだけで二人暮らししているんだから。1DKでは布団二枚も敷けるはずもなく、一つのベットで寝起きしている。
でも困らない。お兄ちゃんと一緒に寝るのは、小学生からの習慣だから。
目を覚ますとお兄ちゃんは私よりも先に起きていて、背中を向けている。お兄ちゃんの寝顔を見つめるという今日の目標は速攻壊れた。
それにしても……。
「お兄ちゃん。楽しいの? そのゲーム」
折角の休日なのに、お兄ちゃんは朝からずーっとゲームをしている。小学生の時も質問したはず。それの答えは、
「生きることよりも」
「ずっと楽しい。でしょ? そのゲームの方が私と生きるよりも楽しいんだー。へー」
「なっ、そ、そうじゃなくて。……ぼ、僕はただ……」
珍しく狼狽するお兄ちゃん。あら、今日は私の方が立場優勢? たまには振り回されるだけじゃなくて、振り回してみたくなるのよ。
「私はお兄ちゃんと過ごしてる時の方が楽しいのに。ひどいなあー」
「た、たのし……い、よりかは……」
「楽しいよりかは?」
「心臓が、止まりそう……」
「なにそれーっ」
ぽかぽか叩くが怒ってはいない。むしろ、幸せすぎてはち切れそうな思いをぶつけていた。
「まあ、今日はこれで我慢してあげる」
「……うん」
お兄ちゃんの体温を、お兄ちゃんの呼吸を、お兄ちゃんの臭いをこの距離で感じられる今を大切にしなきゃ。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「今度そのゲームのやり方教えて」
「美奈さん、ゲーム嫌いだろ。急にどうしたんだ」
「お兄ちゃんをゲームに独占されるのが許せないの」
だからと言って、この状況で甘んじれる程強くない! こうなったら努力して強くなってやる。そしたらお兄ちゃんだって、私と通信プレイしてくれる! ……はず。
「……ふぅん」
「なにさー」
意味ありげに頷くお兄ちゃん。嬉しそうだ。
「美奈さんが僕に興味持つの珍しい」
「なっ」
何を馬鹿な事を仰有います、ウサギさん。
私がいつ何時お兄ちゃんに興味を持たなかった事が、ありましたか。ないですよ、一度も。年中お兄ちゃんの事を考えてますよ。
って、驚きで口調が変わってしまった。いやいやまさか、私がお兄ちゃんに興味がないという誤解をしていただなんて、そんな事……鈍感お兄ちゃんだからあり得るんだよな。
こんなにも私が尽くしているんだから、気付いてよ。
普通の妹は『扶養するから、一緒に住もう』なんて言わないからね。そもそも、働かない兄をゴミとして扱うからね。私は違うよ。
「嘘でしょー。私はお兄ちゃんに興味ありありなのにぃ」
「うん、嘘。知ってた」
「えっ、嘘なの!?」
「……まあ、うん」
って。私の事を泳がすなんて……お兄ちゃん大好きだー。
やっぱりお兄ちゃんが権力を握ってて、全てを操作している。私が操ろうなんて百年早い。お兄ちゃんには、敵わないな。
「おにぃちゃー、ずぎー!」
お兄ちゃんの背中に顔を埋めて、力の限り叫んだ。
ああ、恥ずかしさで耳まで熱い。いつもは死にたがりのお兄ちゃんを止める私だけど、今日は私の方が死んじゃいそう。
お兄ちゃんへの愛で悶えて死んじゃう。……あれ、悪くないかも。