二話、孤独死
「ただいまー」
お帰り、と返事がないのはいつもの事。ヒールの脱ぎ捨て、扉を開けると居間にはお兄ちゃんが倒れていた。
うーむ、既視感。
小学生の時からずっと死にたがりを続けてるから、もうネタが尽きてきたんだと思う。同じ道具は使わないというポリシーを強く持っているから。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「……うん」
「良かった。今日はどうして倒れてたの?」
お兄ちゃんは私の顔をじーっと見ると、そっぽを向いた。
「孤独死」
「コドクシって、あの孤独死?」
「恐らく」
孤独死? ってあれ、その、何だっけ。
こんな時には万能辞書を取り出して、お兄ちゃんにバレないようにこっそり調べ始めた。
「だれにもみとられずに、死亡すること。特に、一人暮らしの高齢者が自室内で死亡し、死後しばらくしてから遺体が発見されるような場合についていう」
「急にどうした」
「……むむっ。これじゃあ、お兄ちゃんは孤独死出来ないよ。お兄ちゃんには私がいるじゃない」
「そうか」
私にはお兄ちゃん死にたがりセンサーが付いている……というのは嘘だけど、お兄ちゃんが死にたがるのは勘で分かる。だてに妹やってない。
そうかそうか、とお兄ちゃんは嬉しそうに呟く。その横顔を見ると、改めて好きだなぁと感じるのだ。
「お兄ちゃんは私が孤独死したら嫌?」
「み、美奈さんが孤独死するはずないだろ。僕はずっと家にいるから、美奈さんを一人きりで死なせやしない」
「ん。同じだね。じゃあ、もし私がここを出るって事になったら? 一人暮らしするって事になったら?」
「…………」
お兄ちゃんは大きく息を吐くと口と鼻を手で押さえた。まさか、これはお初のパターン……窒息死?
「お兄ちゃん、やだっ。手を離してよ」
「……」
「お兄ちゃんが死んだら、それこそ私……孤独死しちゃうんだから。良いの?」
「駄目だ」
「はー。良かった」
ちょっとした意地悪だった。いつも死にたがりに巻き込まれて困ってるんだから、今度はお兄ちゃんを困らせてやりたい。
私がここを出ていく。それが嫌だったのか、怖かったのかは分からない。お兄ちゃんすら分からないだろう。
いくつになってもお兄ちゃんは無邪気で純粋で、子供みたい。自分の感情を知らないからコントロール出来ずに自殺行為に走ってしまう。
それがお兄ちゃんの可愛い所だ。
母性本能がくすぐられて、思わず抱き締めたくなる衝動に刈られる。もしやったら、お兄ちゃんは本当に自殺しちゃうかも。
この感情はなんなんだーって。そうなったら、洒落にならない。だからお兄ちゃんにも知って貰わないと、この感情を。
私がお兄ちゃんを想うこの感情を。
「お兄ちゃん。お茶飲む?」
「飲む」
「はい。今ので唇の色が悪くなってるから温めにしてみたんだ。生態的効果は分からないけどね」
「美奈さんが入れてくれたってだけで、僕には良薬……だ」
ごにょごにょと語尾を弱めるとお兄ちゃん。照れちゃって可愛いなぁ、もう。
いつかお兄ちゃんに思い切り飛び付ける日が来ますように。なんて、叶わないかもしれないから、この平穏が続けば良い。
ずっとずっと、お兄ちゃんと二人きりで暮らすの。誰にも邪魔されない私達だけの愛の巣で、永遠に。