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わたしのお兄ちゃんは死にたがり  作者: 太郎
私のお兄ちゃんは死にたがり
7/15

一話、死察

「お兄ちゃん、ただいま」


 お帰り、という返事がない事に不信感はない。いつも通りで安心する。ヒールを脱ぎ捨て扉を開けると、居間に倒れ込むお兄ちゃんがいた。

 出血はない。首吊りの痕もない。ガスの臭いもしない。

 もしかして、脳内出血とか……?


「お兄ちゃん! やだよ! 起きて!」


 記憶がない人間を過剰に揺さぶると返って悪くなるらしい。どうしたら良いか分からなくて、とにかく叫んだ。

 小学生の時から、上手にお兄ちゃんの死にたがりと付き合ってきたのに。お兄ちゃんの死にたがりの理由は分かったのに。


「……むぅ。お帰り」


「わ。……何だ。心配したでしょ」


「そっか」


 お兄ちゃんは私の心配を他所に、もそもそ起き上がるとパソコンの前に移動した。自宅警備員のお兄ちゃんの定位置であり、事務所でもあるらしい。


「どうして倒れてたの?」


「これだ」


 お兄ちゃんはパソコンの画面を指差した。そこには私とお兄ちゃんが反射していた。他人が見たら私達はカップルに見えるのかなー、なんて考えて赤くなった。

 じゃなくて、お兄ちゃんが示しているのは最近ブレイク中の女優さんだった。


「お兄ちゃん、この女優さんの事好きなの?」


 ちょっと、むっとしちゃう。嘘。スゴくむっとする。


「興味ない」


「じゃあ何で?」


「……死察してた」


「視察? 探偵さんにでもなるの?」


 お兄ちゃんは首を振って、頬を掻いた。


「僕が言いたいのは……み、美奈さんの想像と漢字が違う。死ぬ、察っするで、死察」


「そんな単語初めて聞いた! さすがお兄ちゃん!」


「……僕が作ったからね」


「私には出来ない。お兄ちゃんはスゴいなぁ」


 にへにへとだらしない笑みが溢れてしまう。理性がなかったら、今すぐにでも私のお兄ちゃんの素晴らしさを言いふらして回りたかった。


「何で死察してたの?」


「……っ。それは」


 お兄ちゃんの顔は急に強張って、続きを言う様な雰囲気じゃなかった。言いたくないなら、言わなくて良い。深く聞かないよ。


「じゃー、晩ご飯でも作ろうかなー。今日は秋刀魚買ってきたんだ」


「そうか」


 エプロンを着ると、エコバックの中から食材を出した。

 お兄ちゃんの言葉を借りれば、お兄ちゃんはリアルでは私としか接触していない。お兄ちゃんの全てを把握するのは私の筈。それなのに、隠し事をされるのは嫌だった。

 お兄ちゃんの事は全部知りたいのに。


「今日ね、取引が上手く進んだの。私の業績が伸びたんだよ。もっと成長したら、上の部署に行けるかもしれないって」


「そうか」


「給料も上がるのかな? なら、お兄ちゃんと遊ぶ資金が増えるよね?」


「美奈、さん」


「ん?」


 お兄ちゃんは私のエプロンの端を掴んで俯いた。


「リア充死察をしてたんだ」


「リアジュウシサツ?」


「そ」


「……分からない」


「アレは流行りのドラマらしい。最初は視察だったんだが、リア充の無意味な接触に死察になった」


「ほえ……なるほど」


 視察のつもりでドラマを観たけど、リア充がウザくて死にそうになったって事……かな?


「何で視察しようとしてたの? お兄ちゃんはドラマ好きじゃないって言ってたのに」


「そ、そ、そそそれは」


 乞音気味にリズムを刻むお兄ちゃん。動揺する程、私に言いたくないことなのか。余計聞きたくなる。


「教えてくれないと、ご飯作らないもんねー」


「なっ、……ズルいぞ」


「ふふん」


「……リア充が何をするのか調べたかったんだよ。別に何も得られなかったが」


「調べてどうするつもりだったの?」


「…………」


「わぁ! うそうそ、聞かないから!」


 無言で包丁を手首に押し当てようとするお兄ちゃんを引き留めながら、台所から離した。

 知りたいけど、死にたがりが出る位言いたくないなら聞かないよ。聞きたいけど。異常に不安になるんだけど。


「……焦げた臭いがする」


「ううっ。秋刀魚がぁ。真っ黒クロスケに進化しちゃった」


「黒くても食べれるぞ」


 お兄ちゃんはうっすら微笑んだ。それだけで、不安な気持ちも吹き飛ばされる。お兄ちゃんは、やっぱり、スゴい。

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