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わたしのお兄ちゃんは死にたがり  作者: 太郎
わたしのお兄ちゃんは死にたがり
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五話、死んでしまえ

 

 某月某日、明日巨大台風が直撃するはずなのに、やけに青く深い空が怖かった。


「竹内、話がある。時間あるか?」


 次の時間が移動教室でバタバタ慌てるわたしを廊下でひっつかまえ、二つ年上の山田くんが真面目な顔つきで言った。

 もしかして、こないだ雨の日に無理矢理借りて、わたしだけ濡れずに帰ったことをまだ、根に持ってるの?


「ない。見てよ、わたし今から図工室に行かなくちゃいけないの」


「即答かよ。じゃあ、放課後でも良いからさ」


 今日みたいな天気だと高確率でお兄ちゃんは首を括ろうとする。もしわたしが帰らなかったら、今までのような自殺未遂じゃなくて、自殺になっちゃう。

 ただの幼馴染みの山田くんの話と、お兄ちゃんの命だったら、考える必要もなくお兄ちゃんを選ぶ。


「二秒で終わる?」


「終わるなら残るのか?」


「考えなくもない」


「じゃあ、終わらせる。絶対だからな、放課後学校のすぐ横の公園に来いよ」


 語調がどんどん強まる山田くんに対し、うんうん、と適当に相槌を打って、わたしは図工室に向かった。

 わたしは図工が大の苦手で、誰よりも作るのが遅いから早く行きたかったのに……これでもう皆が集まっていたら、山田くんを恨んでやる。



 時は経ち、放課後。

 お兄ちゃんのおさがりの黒いランドセルを背負って、一番にクラスから抜け出した。走って、誰よりも早く学校を出て、公園へ向かって気がついた。

 わたしは三年生だから五時間だけど……山田くんは五年生だから、六時間授業だった。だから、一時間、山田くんを待たなきゃいけない。


「うがあっ!! 二秒で済むって言ったのに!」


 書き置きしようにも、だんだん風が強くなってきてる今、メモなんて置いても飛んでいってしまうだけだ。

 ああ、もう。早く帰りたいのに。あ、でもお兄ちゃんもまだ中学校だから、心配しなくても大丈夫かな?


「あれっ、美奈ちゃん一人でどうしたのー?」


「あっ! 由比子ちゃん、聞いて! 山田くんにちょっと話があるからって残ってあげてるのに、あいつ六時間授業なんだよ。酷いと思わない?」


 わたしに声を掛けてくれたのはクラスメートの由比子ちゃんだった。おさげを揺らしながら、それはもしかして?と、笑う。


「何がもしかしてなの?」


「美奈ちゃんは鈍感だからね、きっと、山田くんは美奈ちゃんに告白するんだよ。だって、山田くんと美奈ちゃん仲良いじゃん」


「こ、告白!? それは、保育園からの幼馴染みだからだよ。別に、山田くんはわたしのことを告白する相手だなんて思ってないよ!」


「へえ、そうかなぁ?」


 由比子ちゃんはニヤニヤ笑う。あー、女の子特有のその含んだ笑顔、なんか嫌だな。わたしをバカにしてー。


「そうよ。違うよ。ね、あいつ来るまで暇だからさ、一緒に遊ばない?」


「山田くんが来た時、ラブラブな中にいるのはやだから帰るよ。それに私塾あるからね」


 ばいばーい、と由比子ちゃんは手を振っていなくなってしまった。なーんだ、ケチ臭いの。

 山田くんとは何ともないし、それどころか大体お互い名字で呼びあってる仲が良い訳ないのに、どうしてそんな勘違いしたんだか。まったくもう、山田くんに変に思われるじゃんか。


「あーあ、暇すぎるぅー。もう、面倒だし、このまま帰っちゃおうかなー?」


「美奈さん。サボり?」


 今、最も会いたい人の声が聞こえて、ブランコから飛び降りた。公園の入り口に、学ランを着たお兄ちゃんが立っていた。

 すぐさま駆け寄り見上げると、お兄ちゃんはそっぽを向く。学ラン姿のお兄ちゃんは新鮮だから沢山見たいのに、残念だ。


「今日は五時間授業だったの。お兄ちゃんこそ、中学生なのにどうしてここにいるの?」


「早退だ」


 お兄ちゃんは大きな鞄を降ろして、ベンチに座った。

 わたしは一緒に遊ぶ素振りを見せないお兄ちゃんにむくれた。もう、公園に来たらベンチに座るよりも楽しいことあるのに。

 何も告げずに、大きくブランコに跨がった。


「お兄ちゃん、遊ぼうよ。ブランコ楽しいよ」


「普通、早退してきた人間(ヒト)を遊びに誘うか?」


 お兄ちゃんは苦笑いしながら、腕を組んだ。他人から見たら怒ってるように見えるこの仕草も実は、喜んでいるだけだとわたしなりに解釈している。


「でも、お兄ちゃん具合悪そうじゃないから、わたしと遊ぶくらいできるでしょ?」


「どういう概念なのか分からないな」


「美奈学者の、美奈論だもん。そう簡単には分からないよー」


 ふざけて笑いながらまた、ブランコを大きく漕いだ。ゆあんゆあん、立ちのりしながら空を見た。

 遠くから暗い重い雲がやってくるのが分かる。やっぱり、台風はやってくるんだ。そう言えば風も強くなってきた気がする。

 お兄ちゃんがむっと口を尖らせて地面と睨めっこ。急にどうしたの?


「美奈さん。スカート履いてるの覚えてる?」


「スカートなんて気にしなくても良いのよ、すっとこどっこいだー」


 わたしが気にせずブランコをこいでるとお兄ちゃんは呆れたようにため息を付いて、わたしの方へ向かってきた。

 その、時だった。


「おっ! 竹内! ごめんな、待たせて!!」


 息をあらくして、山田くんが公園にやってきたのは。

 山田くんは小さく息を吸うと、お兄ちゃん――山田くんにとっては初対面だから知らない人か――がいるのに大きな声を出した。


「俺! お前のことが好きだから!」


 こんなタイミングの告白は嬉しさよりも焦りが大きい。慌ててお兄ちゃんに視線をずらすと床を見てた。どんな表情してるの? 何を考えてるの? 怖い。


「ほら、二秒で終わったろ? な? な? あ、時間ないんだっけ? なら、返事はまた今度聞くから、その時な! 待ってるから!」


 茹で蛸もとい山田くんが矢継ぎ早に言葉をつなげる。そして台風よりも激しく空気を乱した山田くんはまた走って行った。

 山田くんは気づいてないけど、お兄ちゃんが一緒に遊んでくれる、そんな二年に一度あるかないかくらいの奇跡の瞬間をぶち壊した。それにどんなにわたしが怒りを抱いているか、分かる?

 お兄ちゃん違うの、今のは。と挽回するのもそれまた違う。謝ることでもない。血の繋がりのある妹の告白を生で見せたというモヤモヤに対して? 何が誤って何が正しいのか、うーんスパイラル。

 お兄ちゃんはしばらく地面と会話してたけど軽く首を下げてからふいにわたしを見た。


「おめでとう、ばいばい」


 久しぶりにまっすぐお兄ちゃんのことを見た。お兄ちゃんは、眉間にシワを寄せて憎々しげにわたしを見ると、そのまま振り返らずに背中を向けて公園を出ていってしまった。


「……え?」


 何で?

 何で、お兄ちゃんは怒ったの? 明らかにお兄ちゃんは怒ってた。けど、何で? 妹の告白を見たってだけで普通、怒る?

 山田くんからの告白のせいじゃない、別の理由で胸がドキドキしてきた。

 わたしが山田くんに告白されたのを見て、お兄ちゃんは怒った。つまり、その、恋愛とかに疎いわたしでも分かるんだけど、お兄ちゃんは、やきもちをやいたってこと……?


「お兄ちゃんは、わたしのことを?」


 散りばめられた点と点が増えて、線になろうとしている。気がした。



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