三話、絞自殺
某月某日、今日は天気予報が外れて傘を持ってきていないのに、雨だった。何か、嫌な予感がして山田くんのカッパをひったくって急いで帰った。
後ろから山田くんがおいこら! とか叫んでたけど、気にせずわたしだけ濡れずに帰った。
「ただいまっ!」
几帳面なお兄ちゃんらしく、靴が綺麗に並べられているのを見てひとまず安心した。良かった、これはいつもの死にたがりだ。
お兄ちゃんはいつも、死にたがる時にはきれいに靴をそろえる。通算百三回の死にたがりを見てきたわたしにはよく分かる。
――たった一度だけ、死にたがりじゃなくて本当に死のうとしてたお兄ちゃんを見つけたあの時の恐怖は今でも忘れられない。
わたしが委員会で少し遅くなった日、急いで玄関の扉を開けたら変に扉に抵抗があることに気が付いた。見ると、取っ手に縄をくくりつけて首吊りをしているお兄ちゃんが足元に転がっていた。
真っ青を通り越して真っ白になってるお兄ちゃんの顔を見て、どうしたら良いのか分からなくなった。
死んじゃう、そう思ってとにかくお兄ちゃんの首から縄を外した。でも、目を開けない。怖い、やだ、本当に死んじゃうの?
わたしは泣きながら救急車を呼んだ。お兄さんに何て聞かれたのか、ちゃんと住所を言えたのか覚えてない。ただ、電話の向こうのお兄さんから応急処置の仕方を教わってやった気がする。
数分後に来た救急のお兄さんにつれてかれる前、一瞬だけどお兄ちゃんは目を開けた。
何故か、お兄ちゃんは薄く微笑んでた。
死ねなかったことを喜んでるのか、わたしの泣き顔が不細工だったからなのか、わたしが泣くのが滑稽だったのか。今でも分からない。
ただ一つ覚えてるのは、あの時お兄ちゃんの靴も鞄もグチャグチャでお兄ちゃんらしくないって思ったこと。
だから、整頓されてない時は迅速に行動しなくちゃいけない。
――案の定、居間に入るとお兄ちゃんが、私の髪に付けるリボンを首に巻き付けて、死のうとしていた。そんな、死ねるわけないものでどうして死のうとするの?
「お兄ちゃん、それわたしのだよ」
「あ、本当だ」
お兄ちゃんはそう言って、首からリボンを外してわたしに返してくれた。首は若干、細く赤い跡が残ってて怖くなった。
良かった。死んでなくて。
「あと、リボンは髪に付けるんだよ。首を可愛くする為じゃないからね。もう、使わないでね」
「うん」
お兄ちゃんは若干目を伏せた。
まさかリボンにまで手を出すとは恐ろしい。この世には死の危険が大量生産されているんじゃないか。お兄ちゃんの手にかかればなんでも自殺道具に早変わり。
私が思いつかない何気ないものですら危険にして見せるんだからむしろ尊敬してしまう。
だからこそ、お兄ちゃんとの戦いだ。お兄ちゃんは新しい自殺道具を見つけ、わたしはお兄ちゃんの自殺道具の可能性を狭くしていく。
ああ、バレッタも簡単に手を切れそうかも。
ゴミ箱の中にバレッタを投げ入れて封をした。未練はない。お兄ちゃんが生きていてくれるならなんだって出来るもん。