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わたしのお兄ちゃんは死にたがり  作者: 太郎
私のお兄ちゃんは死にたがり
11/15

五話、不審死

 仕事を終えて、帰宅途中。鞄の中で携帯が振動した。


『今度の週末、空いてる?』


 連絡先には母とお兄ちゃんしか登録されていない携帯に、謎のメール。巷で流行りの迷惑メールという奴だろうか。

 迷わず削除を選択しようとした時に、もう一件メールが届いた。


『竹内、悪い。名乗るのを忘れてたけど、山田だから』


 山田って、あの、山田くん? イヤ待て。オレオレ詐欺ならぬ、山田山田詐欺かもしれない。……って、こないだ会った時にメールアドレスを交換してたんだった。

 一ヶ月も前の事だから忘れていた。しかし、何故この時期にメールをするのだか。


『空いてないけど』


 語尾にハートマークを付けて送ってやった。お兄ちゃんとの距離が縮まるキッカケを作ってくれたのだから、感謝を込めてあげないと。

 けれども、折角の休みをお兄ちゃんと過ごす以外に潰したくない。ごめんね、山田くん。優しいのは伝わるけど、私は優しさを返せない。

 携帯をしまうと、再び振動した。丁度良いタイミングで返しやがって。どうせ残念だな、位の内容だろう。なら、見なくても良いや。



「……おかえり」


 帰ると、玄関にお兄ちゃんが待ち構えていた。珍しい。いつもならパソコンにかじりついて、私は二の次なのに。ついつい嬉しくて首に飛び付きたくなるのを抑え込んだ。


「わぁお、どうしたの?」

「いつも伝えてないから、今日くらいは」

「ふうん?」


 記念日ではないはずだけど。何か特別な事でもあったのだろうか?社会的にもイベント事はないし……。

 疑念を吹き飛ばすようにして、首を捻らせた。お兄ちゃんの予測不可能な行動はいつものこと。ここ最近は命に関わるような死にたがりは出てないし、大丈夫だ。


「お兄ちゃん、今日の晩ご飯は肉じゃがにしようと思うの。良い?」

「ああ」


 お兄ちゃんは相変わらずのぼんやりとした表情で頷いた。何も考えてない、深意が掴めない雰囲気を漂わせながら。



 翌日、目を開けると大好きなお兄ちゃんの姿がなかった。ここ十年以上目覚めの一番はお兄ちゃんの背中だったのに。

 トイレかな、とまだ覚醒しきれてない眼を擦りながら、布団の中のお兄ちゃんの温もりを探す。


「変だ」


 ついさっき出てったにしては、お兄ちゃんの温かさがなくなりすぎだ。まるで、しばらく空いていたみたいに冷たい。まさか。そんな。

 飛び起きて、リビングへ向かう。

 嫌な予感が脳裏に浮かぶ。お兄ちゃんの死にたがりが、発作的に舞い戻ってきたのだとしたら、お兄ちゃんは。違う、あるはずない。

 お兄ちゃんの死にたがりの原因は私への恋心だったんだから。こじらせてしまった可愛い愛情表現。

 だからこそ、一緒に暮らしてる今となっては、不安で死のうとはしないと思ってたのに。


 全身の血の気が引いた。

 一番に目に飛び込んできたのは、お兄ちゃんの寝顔。見たかったけど、ここでじゃない。オプションとして、蒼白チアノーゼ付きだなんて、もっての他。


「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」


 仰向けになったお兄ちゃんを揺らせど、反応は返ってこない。

 まさか、そんな、いやだ。

 死にたがりが、本当の自殺に変わってしまうなんて。やっと、お兄ちゃんを変えれたと思ったのに。お兄ちゃんを、取り戻せたと思ったのに、私は、なにも、出来てなかった。


 何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、何故、死にたがりが出たのか。分からない、分からない、分からないのは私のせいで、私がお兄ちゃんの事を理解してなかったからで、私の愛が足りなかったからで、死ぬべきなのは私の方なんだと痛感させられる。私が、私が、私が悪い。私なんていなくなれ。お兄ちゃんがいない世界で生きていけないんだから。いらない。


 むしる、かじる、ひっかく、たたく、さけぶ、なく、わめく、よぶ、いのる、ねたむ、あざける、おす、いたむ、あせる、みる、えぐる、とる、わらう、笑う、嗤う。


「お兄ちゃんがいない世界で、笑えないよ」


 なく、泣く、哭く、啼く、無く。



 亡く?



 つけっぱなしのパソコンの液晶画面がお兄ちゃんの頬を照らしていた。

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