プロローグ 世界はその大半を失ったようです。
はじめましての方は、はじめまして。神谷みこと申します。
というより、ほとんどの方がはじめましてかと思います。
恋愛小説「春色ディスタンス」を執筆中でありますが、中々筆が進まないこともあり、こちらの構想が浮かんでしまったこともあって、投稿させていただくことにしました。
感想や批評がありましたら、気軽にコメントを書いていただけると光栄です。
「緊急事態発生。侵入者が確認されました。緊急事態発生――」
「総員、放てぇっ!」
指導者の合図に従い、十数人の兵士が、自分たちの手中にある機銃から一斉に無数の弾丸
を吐き出す。
目的はただ一人――黒髪に、漆黒の服を着た長身の男に向けて。
「…………」
弾丸が迫ってこようとも、男は何も言わない。指導者が焦りを含んだ声で総員に指示を仰ぐ。
「お、怖気づくなっ、そのまま撃ち続けろ――」
「うるせぇっ!!」
男が一喝する。それとほぼ同時に、彼の眼前にあった弾幕が一瞬にして弾き飛んだ。
いや、正確に言えば、それはすべて……何かによって真っ二つに裂かれ、それぞれ床上に落ちたのだ。
「そ、総員、再度――」
慌てる指導者の眼前には、すでに男の姿が。
「ひぃっ……」
「っらァアッ!!」
引いた右腕を真横に薙ぐ。
「ぐわぁああああっ!?」
十数人いた兵士たちがすべて吹き飛んだ。あるものは壁にぶち当たり、またある者は床上を転がっていった。
「うっ……、ぅうう……」
「安心しろ。今のは腕だけだ」
倒れた兵士に吐き捨てるように言い放ち、男が静かに歩を進めていく。
「緊急事態発生。防衛ラインAが突破されました」
うめき声をあげながら床上で伸びている、兵士たちを背後に男が無表情な廊下を歩いていく。
彼の眼前には、さらに新たな兵士たちが待ち構えていた。
「総員、発射準備を開始せよ!」
その間も、アナウンスは建物内にけたたましく響き渡る。
「――侵入者名確認。『特S級自由者、ジークフリート』」
※
「……いやはやキミも、有名になったもんだねぇ」
長い桃色の髪を右サイドテールにまとめ、メイド服を着こなす女性が、机上にそっとコーヒーの入った純白のカップを置く。
「別に。なりたくてなったワケじゃねーよ」
そう言いながら、黒髪の男――ジークフリートは置かれたカップを持ち上げて、中身を口に含んだ。コーヒーの良い香りが鼻腔をくすぐる。
「まーこの辺りだと田舎だし、知名度もほとんどないようなモノだから、大丈夫だと思うけど……。少なくとも政府の管轄内にある都市部にでも行けば、手配厨に追っかけ回されそうだよねぇ」
「まあな……」
手配厨とは、政府が街中に貼っている「指名手配書」に記載されている人間を捕獲、あるいは殺害する。言わば個人で行っている警察のような奴らだ。
「何人来ようが関係ねえ……全員殺すだけだ」
「とか言っちゃってぇー? 本当は殺人なんて一度もしたことないくせにぃ~♪」
「…………」
「優しいね。『指名手配犯』さん?」
彼女に言われた通り、ジークは現在、政府から目をつけられた……要するに、「指名手配」された者の一人でもあるのだ。しかも、その手配犯の中でもトップクラスの……。
「嬢ちゃん、コーヒーもう一杯ちょうだい~」
「はーいっ! ……それじゃ、私はもう行くから……。また今度、になりそうだね?」
「ああ」
遠くのテーブル席から飛んできた声に、彼女は元気に返事をする。そして笑顔でカウンターへと向かっていった。
ジークもその背中をしばし見つめたのち、飲みきったコーヒーカップを机上に置いて、静かに店を去っていく。
「……も~。また食い逃げして~」
接客を終えたらしい、桃髪のメイド――オレリア・オリアーダは、さして怒った様子もなく、彼が置き去っていった空のカップを手に取る。口端に微笑みを浮かべながら。
「まあ、コーヒー一杯だけな辺り、ありがたいケドね」
つぶやきながら、カップを片付ける。
そして……もういない彼が去って行った後の、微風が流れ込む店内の入り口にそっと、オレリアは視線を向けた。
「ジーク」と小さく彼の名前を口にし、彼女は続ける。
「――死なないぐらいで、いってらっしゃい」