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黄昏世紀の鉄のかぼちゃ

作者: 冴吹稔

 この作品はフィクションであり実在する団体や人物、事件、思想などとのかかわりはありません。

「止まれェ! 新田!」

 地上7mほどの高さを飛行――あるいは滑走する警邏用Bクラス乗物ライドの上から、俺は汎用性のかけらも無い警告メッセージを眼下の物体に向かってがなりたてた。つまりライドの音声メモリに収録する価値の無いやつだ。

「お前の操縦しているヨイツマーク(註1)には公道上での運用許可が無い! お前には大型汎用重機の免許が無い! お前の市民ライセンスには猶予ポイントの残りが無い! 何をしたいかは大体分ってるが、お家に帰れ!」


 秋の実りを想起させるオレンジ色の丸っこい車体から一本腕アインハンドを突き出したヨイツマークは、防音ゴムブッシュの失われた基準違反の履帯クロウラーをギャラギャラと鳴らしながら、耐用年数の過ぎたアスファルト舗装の路面に止めを刺しつつ疾走していた。

「うっせー。市民ライセンス取り消されてもメシは食えるけどなァ、おアシが無けりゃ食えねーんだよ!」

 新田れいら、17歳。自主運営のハイスクールに在籍しながら、似通った身の上の少女たちのリーダーとして夜な夜な非合法の小銭稼ぎに精を出す、ストリートJK――どこにでもいる「浮世の餌食」予備軍。


 活発な娘だ。ヨイツマーク型にはサスペンションといえる物はほぼ皆無で、あんな速度で爆走すれば全身の肉が骨から離れるほどの振動に見舞われるはずだ。だが彼女はまだ走っている。それどころか――


 急カーブで曲がった遠心力にカウンターをあてるように、一本腕アインハンドを振り回し、俺のライドをすれすれで掠めて見せた。

「おおっと!?」

 こちらもとっさに操縦桿を引いて回避を試みるが、しくじった。ヨイツマークの腕は避けたが代わりに廃ビルに突っ込んで緊急停止する。

 やられた。Bクラスライドは頑丈なのが取柄だから中の俺も含めて損傷は無いが、こんな具合に建造物に食い込んでしまっては、警邏ルートに復帰するまで少なくとも30分はかかる。リタイアだ。


「ハハッ、ざまあ! おっさん無理すんなだぜー」

拡声器を通した新田の憎まれ口が響いて来る。何がおっさんだ、俺はあいつと三歳しか年の差は無い。

 あと5分もしないうちに、あいつはどこかの現金自動預け払い機(ATM)か自動販売機――彼女が言うところの「王子様」をあの一本腕アインハンドで掴み揚げているだろう。ジャンプさせてポケットの小銭までさらえるつもりなのは言うまでも無い。

〈こちらパトロール車21号、八王子。しくじった。ライドを掘り出さなきゃならん。「ケツ堀り」を回してくれ〉

 自警団寄り合い所に無線を入れると、配車オペレーターの名和がすぐに出てくれた。ケツ堀りと言うのは聞こえは悪いが、昔の「救助工作車」がさらに恐竜的進化を遂げたようなヤツだ。油圧ジャッキや水圧カッター、その他いろいろと破壊に都合のよさげな装備を有している。

〈災難っすね、八王子さん。そちらの位置はGPSで把握してます。迎え待ちます?〉

〈いや、行くところがある。歩くよ。現時点で直帰処理にしといてくれ〉

〈……まあ、いいですけどね。そろそろ給料がヤバくないすか〉

 名和が言わずもがなのことを言う。事実、今日もここで直帰処理にすると実質一日に4時間しか働いてないことになるのだった。

〈どうせウチの給料だけじゃ俺も食えんよ〉

 通信を切って、俺は回収担当者のために鍵を挿したままライドを降りた。廃ビルの階段へ向かって腐った雨水の匂いのするコンクリート床の上を歩く。手にしたガンドライトの明かりの輪から逃げるように、肥ったドブネズミがどこかの暗がりへと逃げ込んで消えた。


 この国は詰んでいた。

 政府はとっくに破産し、企業は安い労働力と貪欲な消費市場を求めて軒並み海外へ移転した。老朽化した発電所や工場施設からはちょっとした地震のたびにカビたティッシュから放射性物質までありとあらゆる有害廃棄物がそこらじゅうに垂れ流される。

 特に敵対的な周辺国家の武力侵攻や、不満分子のサボタージュなどがあったわけでもなく、ただただ無策のままに日々を貪ったツケがこれだ。不都合に目をつぶり、利権に釣られ、よい話、感動的なエピソードだけを咀嚼しあげつらって事足れりとしがちなこの民族は、その特質のままに衰退し、滅ぼうとしている。

 その一方で21世紀初頭から面々と開発改良され続けてきた変態的科学技術だけは今も健在だ。静音インフレームローターで飛び回るBクラスライドや、あらゆる土木作業を作業アームのアタッチメントを交換するだけで包括的にこなせる一本腕を備えた、ヨイツマークのような汎用重機などはそのいい例だ。


 いまやこの街でも、行政機構や治安維持、公共サービスの大部分は、ささやかな良識と善意を保った市民有志の持ち寄りと寄付でまかなわれる、自主運営の組織で代行されている。

 なし崩しの共産化だ! とおかしな目くじらを立てて凸してくる小団体と時々衝突がある以外は、不思議なことだがまあまあうまくいっている。持てる人間が出資した金がそうでない大多数のために運用されるシステムはただの慈善、ボランティアだ。何故分らん。

 銭とサービスが「必要に応じて」分配されるからか?



 足は自然と「学校地区」と呼ばれるストリートチルドレンの巣窟へと向かった。学校や図書館、幼稚園などが隣接する区画にそのまま子供が住み着き、ありあわせの本と教材を元に実用的な知識と技能を身につけていく、ある意味奇跡のような場所だ。俺も16までここにいた。


「止まれ……! 何だ、八王子のおっさんか。余りここにくると不味いんじゃねーの。まあ、俺の知ったことじゃないけど」

「おっさんって言うな。まあ、すぐに帰るよ。新田いるかな」

「戻ってるよ。へへ、いやらしいおっさんだぜ」

ゲート番の13歳くらいに見える少年がモップを改造したさすまたを引いて、俺を通してくれた。


 

「何だよ、わざわざここまであたしを捕まえに来たのかよ」

オイル缶を再利用したごみ焼却炉の、ゆらゆらした明かりを反射して、ヨイツマークのキャノピーが闇の中に浮かびあがる、そのすぐ下に新田がいた。

「今は非番だ。それにそんな気分じゃない」

「ふうん。じゃあどんな気分? あたしとヤリたいとか?」

 全くその気がなさそうに、彼女は焼却炉で焼いた芋をかじりながら笑った。アルミホイルに何かのプラスチック製品が焦げ付いて異臭がするがそんな物はお構い無しらしい。


「話をしに来ただけだ」

「ザケんな。勘違いしたオッサンが嬢に説教するのだって銭が要んだぞ」

 近くの暗がりの中で、数対の目がこちらをうかがっている。新田が面倒を見ているストリートJKやストリートJCたちだ。その辺りから何か中華スープめいた匂いがするのは、たぶん新田の盗みで得た金で、処分品の安いカップ麺をまとめて買った物だろう。


「なあ、お前もう車を盗んだり、それで自販機壊したりするのはやめろ。ポイント回復したら自警団に仕事探してやるから」

 通電されてない自販機やATMは、大抵市外の放棄された廃墟にある。壊したところでそれほど大きな罪にもならない。車を盗むのはそれなりの犯罪だが、このヨイツマークにはなぜか該当する車両登録や盗難届けが無かった。彼女の罪状で現在のところはっきりしている物は、道交法違反だけだ。


「やだね。自警団に入ったら、八王子、あんたみたいに昔の仲間を追い回すことになるじゃないか」

「俺を責めてるのか」

「そういうつもりじゃないけど――」

 こいつに言ってもせん無いことだが、俺が自警団に居るのは仕方の無いことだ。16の時に、国内に残っていた数少ない医薬品メーカーの被検体になった結果、俺は小額の口止め料を貰った代わりに、厳密な意味での人間ではなくなってしまった。

 八王子は俺の本名ではなく、新たに得た属性にちなんだ渾名だ。自警団のメンバーには俺のような身の上の者がすくなくない。ため息をついて緊張をとくと、見る見るうちに視界がフラグメント化され、目に見える範囲の皮膚が黄色と黒の縞模様の入ったキチン質で覆われた。


「また変身してるよ、『蜂王子』」

「分ってる。いいんだ。今夜は変身していようが仮面かぶっていようが、仮装で片がつく日さ」

10月31日。今日はケルトの古い祭りの日だ。

「ハロウィンか。クリスマスも正月も無くなった世の中で、ハロウィンもあったもんかって思うけど――なあ、おっさん。ドライブつきあわねえ?」

「そのヨイツマークでいく気か」

俺はハサミ状に変化した口をがちがち鳴らしながら一応聞いてみた。


「今夜がハロウィンなら、こいつはかぼちゃの馬車さ」

確かにまあ、丸っこくて黄色の車体はそう見えなくは無い。新田がにやりと笑って仲間の少女たちに呼びかけた。

「みんな! パーティーに出かけるぜ! Trick or treat! 八王子のおっさんがキャンディーおごってくれるってよ」

「おい」


 てんでに耳や尻尾、触手などをはやした娘たちが黄色い重機に鈴なりに乗り込んだ。どこまでが自前の器官でどこからがインプラントやメイクか分らない。

「仕方ないな。俺も所詮、お前らの身内で先輩だ。付き合ってやるか」

キャンデーよりいくらかましな物をおごってやろう、そう宣言すると、黄色い歓声が揚がった。

 新田にもなにか振舞ってやろう。子分どもに食わせるばかりで、自分はその辺で掘った芋をかじってるのはお見通しなのだ。

「適当に走れ、だが公道には出るな。不整地だけだ」

 むげに市民ライセンスに傷を増やさせることは無い。不整地だけ通ってもこのあたりに安い(怪しい)食い物や娯楽の手に入る場所はそれなりにある。 

 新田のことは明日また説得に来よう。彼女のオフロード車両操縦への適性は自警団で高く評価されるはずなのだ。くそったれの世の中で、騙される(trick)のもあしらわれる(treat)のも、いつものことだが、どん底から抜け出すチャンスがあるのを見過ごさせる気は無い。


 Trick or treat!  


 古き霊たちが地上をさまよう夜に、俺たちも零落した神々に似せたこの姿を晒し踊る。






註1:ヨイツマーク


 北欧の新進機械メーカーがドイツハノマーク社のブランド名とライセンスを権利を有する会社から購入して発足した新ブランド、あるいはその製品である大型汎用重機の愛称。作中に登場する物は主人公の属する国家の企業資本が当該ブランドを買収後当地で開発された物で、北欧ヨイツマークの製品群とは系譜上のつながりが無い。


 土木作業員を指す差別的ニュアンスを含む名詞とは無関係。



 某所での会話を元にやっつけで書いてみましたがやっぱり酷い出来だ。まあハロウィン企画の突発短編ということで!

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