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4話 俺の同僚が完璧でツライ(後編)

 翌朝、俺はいつもより早くティアラの部屋に向かい、朝から体を動かしていた。


「えっと……この辺か?」

「もうちょっと左、かな? あ、そう。その辺でいいよ」

「よし。それじゃあ、ゆっくり動かすからな? 無理そうならすぐ言ってくれ」

「う、うん。わかった」

「いくぞっ」

「――ふ……んっ!」

「お、おい、大丈夫か? やっぱり俺一人で動かすから」

「ご、ごめんね……。私、役に立たなくて」

「そんなこと気にしなくていいって。俺が言い出したことだし」


 今の会話で、いかがわしい行為を想像した奴は猛省しろ。これは至って健全な部屋の模様替えの光景だ。

 ちなみに今、壁際中央に置いてあったクローゼットを、端に移動させたところだった。

 朝一番に城門前まで鏡を受け取りに行った俺は、その足でティアラの部屋に向かったのだ。そして「この機会に部屋の模様替えをしてみるか?」と提案したところ、二つ返事でティアラは頷いたのだった。

 今のであらかた済んだのだが、まだ寝室のベッドが残っている。天蓋付きなのでかなり重そうだが、ここが俺の男の見せどころだと気合いを入れる。

 ちなみに彼女のリクエストは、ベッドの向きを九十度変えたい、というものなのでたぶん一人でも何とかなるだろう。

 心の中で次の行動を決めた時、ノックの音が二回響いた。

 ……ちっ。思ったより来るのが早かったな。まぁいい。


「アレク。おはよう」

「おはようございます。……模様替えですか?」

「うん。昨日と大分雰囲気変わったでしょ? ほとんどマティウスがやってくれたの」


 えへへー、と破顔するティアラを見て、俺の意識は思わず天に昇ってしまいそうになる。

 ――が、俺がガキの時に老衰で逝った曾爺さんが真剣な顔で手招きをしていたので、俺は慌てて意識を回れ右させた。ふぅ、危ない危ない。


「後はこのベッドで終わりなの」

「そうですか。ではこれはオレに任せてください」


 いや、俺がやるからお前は見とけ、とアレクに言おうとした次の瞬間――。

 アレクはベッドの脚の部分を片手で握ると、そのままいとも簡単にひょいっ、と持ち上げた。

 ――――え゛?


「それで、このベッドはどこに置けばよろしいのですか?」

「あ……? あの……。あっ、頭を窓の方向に向けた状態にしてもらえれば……」

「了解致しました」


 アレクは無表情のまま答えると、手首をくりん、と捻ってベッドの向きを変え、静かに絨毯の上に着地させた。

 …………重力って、何だっけ?


「アレクって、凄く力持ちなんだね……」


 ティアラが放心しながら呟いた言葉に、同じく放心していた俺もハッと我に返る。

 力持ちなんて生易しいもんじゃない。なんつー馬鹿力してんだよこいつ!? ちょっと反則じゃないですかねぇ!?


「お前……槍使いじゃないのか? 何でそんな力――」

「あぁ。オレは(そう)術も使うが、本当に得意なのは接近戦なんだ。リーチが長い槍を使っていると、大抵の奴は槍がオレの手から離れた瞬間、チャンスとばかりに(ふところ)に飛び込んでくるからな。そこを体術で叩くのがオレの戦い方だ」


 無表情のまま淡々と説明するアレクに、俺は再び呆然とする。

 容姿端麗。品性のある態度。ミステリアスな無表情。その上力も俺よりあるなんて――。

 完敗だ。俺がこいつに勝っている要素が何一つない。

 ん? 背の高さ?

 自分に木偶(でく)の坊の烙印を押したくねーから忘れてくれ……。

 俺はふらふらとよろめきながらアレクに近寄ると、彼だけに聞こえる声で囁いた。


「アレク。ティアラのこと、よろしく頼む……」


 彼女が必要としているのがこいつなら、俺はその心を応援する。ティアラの幸せな顔が毎日見れるんだ。そう思えば苦しくなんてない。そう、苦しくなんて……。

 …………。

 やっぱり苦しいいぃぃ! 胸が痛いいぃぃ! 初恋って実らないって聞いたことあるけどそれを自分で実証したくなんてなかったぁっ! ぐおああぁぁ!


「――? よくわからんがわかった」


 苦悶で歪みそうになる顔を必死で堪える俺。

 そんな俺を不審な目で見つつも、アレクは淡々とそう答えたのだった。







 紺のカーテンがすっかり夜空を覆いつくしてしまった時刻――。

 俺達はティアラの部屋の扉の前で、一日の終わりの挨拶を交わしていた。

 それは俺がこの城に来てから一ヶ月繰り返してきた、いつもの光景。

 だが今日はいつもとは違う要素があった。ティアラがもじもじとしながら、アレクの服の裾を摘んだのだ。


「あの……、アレク」

「はい?」

「あ、あとでお部屋に行ってもいい? その……アレで」

「……はい」


 ちょおおおおおお!? 何だこのティアラの恥じらった顔は!?

 いきなり!? 付き合ってもいないのにいきなりアレ!?

 アレって何? いや、今の文脈からしてアレしかないよな!? ティアラって実は恋に積極的なタイプだったのか!

 って何だよそれ! 既にボロボロだった俺の心は木っ端微塵になりそうなんですけど! せめて俺のいない所で言ってくれ!

 俺はダッシュで廊下を駆け抜けて部屋に戻るしかなかった。







「はぁ……。何か俺、だせぇ……」


 俺はベッドに顔だけを突っ伏した状態で、溜め息と共に言葉を吐きだした。

 勝手に身分違いの恋に落ちて、勝手に失恋して、勝手に打ちのめされて――。

 そもそも今まで他人の容姿や仕草を自分と比べて一喜一憂することなどなかったのに、何で俺、そんな細かいことを気にするようになってるんだろ。

 頭の中にふいに発生した問いの答えは、明瞭で、明快で、自分でもとっくにわかりきってて――。

 脳裏に過ぎるのは、俺が彼女に惚れた、あの愛らしい笑顔。

 あんなに真っ直ぐに優しさを織り交ぜた笑顔を向けられたのは、人生で初めてだった。

 王族なんて高飛車で高慢な奴だとばかり思っていた自分が、本気で恥ずかしくなった。

 そして何よりこの一ヶ月間、彼女の一挙一動にドキドキして、喜んで、たまに落ち込んで……楽しかった。

 恐らく一生忘れないだろう彼女の笑顔を思い出しつつ、俺は拳を握る。

 ……同じ人間に失恋するのは一回だけだと、誰が決めた?

 惨めでも、ダサくても、痛くてもいい。自分の中で(くすぶ)り続けるこの気持ちに、もう少しだけ(すが)ってみたい……。

 俺は顔を上げ勢い良く立ち上がると、そのまま部屋を飛び出した。







 今何をしているのか? と問われたら、俺は堂々とこう答えよう。

 好きな子を尾行しています、と。

 ちなみに、開き直ってストーカーになったわけではない。俺はあくまで、彼女の護衛として動いているだけだ。

 決意を新たにした俺は、再び彼女の部屋へと向かった。そして廊下の曲がり角からティアラの部屋の扉を伺い、彼女が出て来たところでその後を追っていたのだ。

 今のティアラは、白の薄いネグリジェにその小さな身を包んでいた。

 可愛い上に色っぽい雰囲気がやばい。

 彼女の後ろ姿を見ただけで、もう俺の心とか頭とかアレとかとにかく色々がやばかった。

 正直、彼女のこんな姿を他の男になど見せてやりたくなかった。できれば今すぐにでも俺の部屋に連れ帰り、独り占めしたい――。

 と若干思考がやばくなってきたその時、俺の後ろから廊下を巡回している城の兵士が!

 俺は名も知らぬその兵士に手を上げながら、にこやかな顔で近付いた。

 いきなり笑顔を向けて近付く俺に兵士は立ち止まり、(いぶか)しげな視線を送ってくる。


「何だ? ……あ。確かお前、最近来た姫様の護衛の――」

「とうっ!」


 みなまで言わせず、俺は兵士の首に手刀を素早く叩き込み、昏倒させた。

 ふっ、人知れず狼から彼女を救ってしまったぜ。

 俺は引き続き気配を殺しながら、彼女の尾行を続ける。

 ほどなくして彼女はアレクの部屋に到着し、中へと入って行った。

 静かに閉められたその扉の前まで俺は素早く近寄ると、耳を扉に当て中の音を聞き逃さないよう神経を研ぎ澄ます。

 アレクの奴、まだまだ得体が知れないからな。どんな本性を隠し持っているかわからん。

 それに腕力にモノを言わせて強引に――という可能性もゼロではない。

 ならばその時のためにと、俺はティアラを守るために動いていたわけだ。だからこれは決して出歯亀なんかではないのだ。


「今度はこっちを試してみようか」

「はい」

「それにしてもアレク、お肌綺麗だよね。いいなぁ」

「あの、くすぐったいです姫様……。そういう姫様も充分お綺麗ではないですか」

「ゃんっ。くすぐったいよアレク」

「……お返しです」


 ええぇぇっ!? いきなりやばくないかこの会話? 何で肌を誉めあってんだよ。

 しかも二人して触り合ってない? っつーかどう聞いても今のじゃれ合ってるよな!?

 それってつまり、二人は既に一糸纏わぬ姿でベッドの上に――?

 俺の中で何かが音を立てて崩壊した。

 やっぱりそれだけは我慢できねーッ!


「ちょおおっっとその不純性行為待ったああぁぁ! そういうことはせめて互いに告白してからが良いと思うんですけ……って、あれ?」


 俺が脳内で描いていたものとは、異なる光景がそこにはあった。

 紺色の絨毯が敷かれた部屋の真ん中で、二人は向かい合うようにして立ち、いきなり乱入してきた俺に驚いた顔のまま硬直していたのだが――。

 アレクが身に着けていたのは、どう見ても女性用の下着だったのだ。

 アレクの胸には、女性の象徴である柔らかそうな山が二つあって……。

 ………………。

 ………………。

 あまりにも衝撃的な事実に、俺の思考が停止すること、約五秒――。


「し、失礼しま――」

「死ね!」


 こちらに向かって一気に跳躍したアレクは、俺の頭目掛けて思いっきり拳を振り下ろす。

 どごすッ!

 俺がギリギリでそれを後ろに跳んでかわした瞬間、凄い音と共に床が抉れてしまった!

 おいいぃぃっ!? 今の避けていなかったら確実に俺死んでた! 頭からグロいもん出して間違いなく死んでたぞ!


「ち、違うんだ! 誤解だ! 俺はてっきり――」

「問答無用。死ね!」


 無表情のままアレクは尚も連続で俺に拳を振り下ろしてくる。

 下着姿でそんなに接近されたら目のやり場に困るんですけど!?

 でも目を逸らして一発でも受けたら、間違いなく俺の人生終わる! ここはティアラに頼んで止めてもらうしかないか!?

 だが彼女は顔を真っ赤にしながら、涙目でこの攻防を眺めているばかり。

 そのティアラの格好を真正面から改めて認識してしまった俺の鼻から、生温かい液体が流れ出してきた。

 さようなら、俺の人生……。

 でも最後に見たものがティアラのネグリジェ姿なので悔いはない……。


「下着姿の護衛さんと鼻血垂れ流し護衛さんで、一体何をしてるの?」


 ()しくも俺の命を救ったのは、金髪侍女の声だった。

 声のした方に頭を向けるといつの間にやら廊下にタニヤが佇んでいたのだが、その彼女の手には、なぜかたくさんの女性物の下着が――。


「ってマティウス君、何でここに……」


 タニヤは俺を見ながら青い顔で半歩後ずさる。

 その態度だけで、俺は何となく察した。


「お前こそどうしてここに来た。説明しろ」

「え、えーと?」

「とぼけるな」


 逃げ出そうとするタニヤの首根っこを捕まえた俺は、すかさずアレクに差し出す。


「とりあえず……えっと、元凶はこいつってことで。あと、早く服着てくれねーかな?」

「……お前が出ていけ」

「すみませんでした」

「離してー!?」


 俺はタニヤの首根っこを掴んだまま、その場で土下座したのだった。







 口を尖らせ正座している金髪侍女を、俺は腕を組み冷めた目で見下ろしていた。

 あの後タニヤを引き摺りながら自分の部屋に戻った俺は、「はいそこに座る。正座」と昨日タニヤに言われたそのままのセリフを言い返してやったのだ。

 タニヤが吐いたことをまとめるとこうだ。

 アレクは城に下着類を持ってくるのを忘れてしまったらしく、それをタニヤに相談。そこでタニヤの私物を貸し出すことになったのだが、結構な量を持っていたのでアレクの部屋でどれが良いか選んでもらうつもりだったと。

 そして話を聞いていたティアラも、親睦を深めるためにそれに付き合ってみたかったと。


「……つまりお前は、最初からアレクが女だと知っていた。そして俺がアレクを男だと思いこんでいることにも、気付いていたわけだな?」

「…………」

「黙秘権は認めねえから。口を割らねーなら無限くすぐり地獄の刑に処す」

「何という横暴で卑猥な裁判官――って何でもありません。ええ、そうよ。気付いていたわよ。面白そうだから黙ってた上でけしかけたのよ」


 うわ。この被告人開き直りやがった。


「……何か言い残したことは?」

「ちょっ!? 本気でするつもり!? もしかしなくても私の体が目当てなのね? そうなのね!?」

「悪いけど俺、お前の体には全然興味がないから。むしろ今はティアラ以外の女の裸を見ても、一切興奮しない自信がありますが何か?」

「それはカミングアウトしすぎだと思います、裁判官どの。ちょっと引きました」


 確かに、何でこんなくだらないやり取りで性癖を暴露しちゃってんだろ、俺……。

 タニヤに罰を与えるつもりが、自爆してんじゃねーか。


「と……とにかく、許してもらいたかったら俺に飯を奢るというあの約束を実行しろ。城下町に高級レストランがあっただろ? 俺、肉が食いたい」

「別にいいけど。でも私と二人で行っちゃったりしたら、姫様に私達の仲を誤解されるんじゃないの?」


 ピシリ。と全身を硬直させた俺に向けて、じゃあその話はなかったことにしようねぇ、とタニヤは悪魔のような笑みを浮かべた。

 俺の部屋で繰り広げられていたプチ裁判は、被告人が裁判官に勝利するという、わけのわからない結末で閉廷したのだった。







 傍目から見たらただのストーカーでしかない俺の行動だったが、とにかく俺はティアラの身が心配だったのだと必死で訴えたところ、俺に対する評価は下がらずにすんだみたいだった。

 助かった……。

 これで彼女に顔も見たくないとか言われてしまったら、俺は本気で立ち直れなくなって漂泊の旅に出ていたであろう。

 そして何より、ティアラのアレクに対する気持ちが恋ではなく、カッコイイ同性に対する憧れだったのだということがわかっただけで、俺の心は薔薇色だった。

 いや、それでもはっきりと俺の前でカッコイイとか言われてしまうとモヤモヤするんだけど、まぁ贅沢は言ってられんよな。





 今日も完璧な佇まいで部屋を訪れたアレクに、ティアラが目を輝かせる。


「アレクって、やっぱりカッコイイよね。いいなぁ。憧れちゃうなぁ。私もあんなふうに……」


 いや、ティアラはそのままでいいと思うぞ、俺は。むしろそのままがいい。

 琥珀色の瞳をキラキラとさせながら声を洩らす主君に、俺は心の中でそう呟くのだった。


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