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33話 誰かこの口を塞いで

 朝、部屋の扉を開けると、怪しい笑みを浮かべた金髪侍女が佇んでいた。

 ぱたむ。

 とりあえず無言のまま扉を閉める俺。

 これは夢か。夢の延長なのか。そうだよな。だって俺が見たくないし。できればそうであって欲しい。

 そう強く願いながら、俺は再び扉を押し開けた。


「うふふふふ。おはようマティウス君」

「……断る」


 くそっ……。夢じゃなかったのか。なんだか、前にもこんなやり取りがあった気がする。

 どうせ今回もロクでもないことに決まっている。ここでこいつの話に乗るのは、誤った選択であることは間違いないだろう。さすがに俺も学習するわ。


「もう、そんなこと言わないでよー。話くらい聞いてくれても良いじゃない」

「生憎、お前の話を聞くための耳はもう捨てたもんでな」

「あら、じゃあその耳は何?」

「ティアラの可愛い声を聞くための耳」

「……本当に君ってぶれないわねぇ」


 ため息混じりのタニヤの声は無視して、俺は廊下へと出る。しかし、タニヤが両手で俺の胸を押してきやがった。俺は強引に部屋へと戻されてしまう。


「まぁまぁまぁ。その姫様についてのことなんだから、少しくらいは時間を頂戴よ」

「何かあったのか?」


 ティアラの名前を出されると、さすがに無視するわけにもいかない。仕方なく聞き返してみる。


「逆よ。何もないから心配しているのよ」

「……意味がわかんねぇんだけど」


 思わず眉をひそめる俺。何もないから心配? 平和で何よりだと思うのだが。

 タニヤは俺の眼前に、指を一本突き出してきた。


「最近、姫様といちゃらぶしてる?」

「いっ……!?」


 いちゃらぶって、いきなり何を言い出すんだこいつ!?


「マティウス君ってこういう不意打ちに弱いよね。姫様みたいに顔が真っ赤よ」

「お前が変なことを言うからだろ!?」

「残念ながら、君の照れ顔は私は可愛いとは思えないから、そこはさらりと流すことにして」


 なぜこの侍女は、いちいち言葉に毒を混ぜてくるのだろうか。俺の心は繊細なんだぞ!


「いつもはマティウス君からアクションを起こしているじゃない? でもたまには、姫様から思いっきり甘えられてみたいー、とか考えたことはない?」

「いや、まぁ、ないと言ったら嘘になるけど……」

「でしょ、でしょ?」


 そこでタニヤの瞳が異様に輝いた。こいつは俺のことを『わかりやすい』と評しているが、俺からしてみればタニヤだってわかりやすい。間違いなく、俺を使って遊ぼうとしている。


「でも姫様はああいう性格だから、自分から積極的に動けないだろうし。それを補助するための――」

「ちょっと待った! もしかしてまた薬か!? 怪しい薬をあいつに飲ませるつもりなのか!?」

「怪しいとは失礼ねぇ。今回はちゃんと試験済みなのよ。店頭で販売を開始するための、最終確認的なものなんだから」

「だからそれを俺らで確認するなっつーの!?」

「えー。いいじゃない別に。減るもんでもなし」

「俺の精神は毎回ガリガリ削られているけどな!?」


 俺の抗議の声も、この侍女にすればただの雑音らしい。タニヤはそこでエプロンのポケットから何かを取り出すと、にこりと笑った。

 本当にこいつ、自分に都合の良いことしか聞いてねえのな……。

 彼女の手にはお馴染みの小瓶が握られている。今回の薬は少し濁った白色だ。


「この薬を飲ませると、どんなに小心者でもたちまち自信が溢れてくるの。これで控え目な姫様も、君に積極的に接してくれることは間違いないわ!」


 タニヤは小瓶を俺に突き出しながら、少し興奮気味に説明をする。一体その自信はどこから湧いてくるのだろうか。既にこいつが薬を飲んでいるのではなかろうか。それならば、この薬は大成功に違いない。実験なんぞしなくても良いだろう。

 ……まぁ、そうじゃないってことはわかっているんだけどさ。


「怪しいことには変わりはない。よってティアラには飲ませない」

「えー、つまんない。せっかく君のために液の濃度を上げて、ドロドロした感じにしてきたのに」

「え」


 なるほど。ティアラの麗しい唇が、その白い液体に触れるわけだな。そして飲む際にちょっとむせちゃって、ドロドロの白い液体(薬です)が少し口の端から零れ落ちて――。


「だああああ!? 朝! まだ朝! 空気爽やかな朝なの! ていうか、そういう余計な気遣いはいらねぇ!?」

「ならマティウス君は姫様に迫られたくないの? ぎゅーってしてほしくないの?」

「ぐっ……」


 正直に言うと、そりゃされたい。俺としては、いつでも受け入れ態勢は整えているつもりだ。


「さぁ想像するのよ。姫様の華奢で柔らかい肢体を、君の腕に押し付けてくるさまを」


 俺の頭の中に瞬時に作り出される、恥ずかしげに俯くティアラの姿。悲しいかな、彼女のことを言われると、俺の脳内にはすぐさまティアラの姿が浮かんでしまう。


『マティウス……。ぎゅってしてもいい?』

『あぁ……』


 腕に絡む彼女の細い腕は、まるでホイップクリームのようにふわふわした感触で――。


「ぐおおおおっ! だからその手には乗らん! ていうか、朝から何を想像させてんだよ!?」

「もっと想像しちゃってもいいのにー」


 チッと悔しそうに舌打ちするタニヤ。こいつは俺に何を期待しているんだ。

 タニヤはそこで腕を組み、眉間に皺を寄せて黙り込んでしまった。

 ……ん? 何だか珍しい反応。どうしたんだ?

 しばらく続く沈黙。やがて、彼女は肩をすくめた。


「仕方がないわね。諦めるわ」

「えっ……」


 こいつが素直に諦めるだなんて、珍しいどころの話じゃない。態度を急変させたタニヤに、俺は少しだけ動揺してしまった。


「今回は本当に自信があるの。こうなったら他の兵士にでも頼むことにするわ」

「ちょっと待て」

「ん、やっぱり姫様に飲ませてみたくなっちゃった?」

「いや、俺が飲む」


 意外とばかりに、タニヤの目が大きくなった。

 白状すると、最後にティアラと触れ合ったのは随分と前だ。俺だって常に機会はうかがっていた。しかし昼に訪れる僅かな二人だけの時間では、とてもじゃないがアレ(・・)までは無理だ。二人は協力してくれるとは言ってくれているが、恥ずかしいからいつも言えないでいたし。

 だがこれを飲めば、こいつらの目を気にすることなく行動に移せるはず。

 それにタニヤは試験済みだと言っていたが、この薬に怪しい副作用がないとは言い切れない。万が一ということもある。ティアラをそんな怪しい薬の犠牲にするわけにもいかない。体を張って彼女の危険を未然に防ぐのも、護衛としての勤めだ。

 この件を知らなかったことにするのが一番安全と言えば安全なのだが、俺だって年頃の男なんだ。多少のリスクを犯してでも、付き合っている彼女とはぐはぐしたいと考えるのは当然だろう。


「お前らの前で堂々といちゃついてやるって言ってんだよ。早くそれをよこせ」


 照れを隠すためぶっきらぼうに言い放った俺に、タニヤは満面の笑みを向けて指を鳴らした。


「そうこなくっちゃ!」


 早速タニヤから薬を受け取り、小瓶の栓を抜く。

 刹那、今までタニヤが起こした騒動が頭の中を走り抜けて行った。

 いや――迷うな俺。怯むな。ティアラといちゃいちゃするんだろ?

 己を奮い立たせた俺は、中身を一気に飲み干した。鼻を抜けるような清涼感が襲う。なかなかに爽やかな喉越しだな。


「どう?」

「いや、どうとか言われても」

「心の奥から自信が湧き上がってこない? こう、今の俺は何でもできる! みたいな」

「いや……。びっくりするほど何も湧いてはこないんだけど。もしかして効果が出るまで時間がかかるとか?」

「この薬は即効性のはずよ。おかしいわね」

「やっぱり失敗なんじゃねえのか?」

「……あ、もしかして」

「何だよその「あ」は? 嫌な予感しかしないんだが」


 タニヤはエプロンのポケットをごそごそと漁り始めた。取り出したのは、似たような白色の液体が入った小瓶。


「あぁっ、やっぱり! 薬を間違えちゃったみたい!」

「ええええっ!? 何だよそれ! でも確かにあの薬、全然ドロドロした感じはしなかった! ていうかどうして怪しい薬を二つも持ち歩いてんだよ!?」

「いや、備えあれば憂いなしって言うじゃない」

「何の備えだよ!? 一体、俺に何を飲ませやがったんだ!?」

「自白強要剤」

「自白……っておい」

「マティウス君、試しに一つ質問してもいい?」

「できたらしないでくれ。お前、俺に変なことを喋らせる気だろ」

「あのね。私のことどう思ってる?」

「人の話をちょっとは聞きやがれ。どう思うって言われてもな。毎回面倒ごとを起こしやがってというか、俺より年上なんだからもう少し落ち着きやがれとか、お前の優しさの成分は全部その無駄にでかい胸にいってんじゃねーのとかってええっ!? ちょっと待て何だこれ口が勝手に!?」

「ほほぅ……」

「いや、そんなジト目で見るなっての。そもそも聞いてきたのはお前だろうが。俺は思ったことをそのまま口に出しただけで――ってやっぱりこれ思ったことを全部口に出しちゃってる感じ!? マジかよ!」

「アレクって結構スタイル良いわよね」

「いきなり話題変わりすぎだろ!? でも確かにそうだな。女にしては背も高い方だし、以前下着姿を見ちゃった時に思ったんだけど何気に脚も長いよな。ていうか胸だけ着痩せしすぎだろあいつ。俺が最初に男だと思っていたのが馬鹿らしくなってくるわ――じゃねーよ! お前俺に胸について語らせてーの!?」

「いや、私は胸については一言も言ってはいないけど」

「ちっくしょおおおお! ニヤニヤすんなや! っつーかこんなんじゃしばらくティアラの所に行けねえじゃねーか! お前先に行ってろよ。ていうかもう出て行ってくれ!」

「あ、そうそう。姫様、新しいネグリジェを新調したの。昨晩からお召しになられているんだけど、可愛らしい上になかなか色っぽいデザインだったわねぇ」

「え、何それ超見たいんだけど。色は何色だ? できたら前開きのやつだと脱がしやすい――って、だから俺にいやらしいこと言わせて遊ぶんじゃねーよ!」

「だって面白いんだもん。マティウス君て健全に男の子してるわよねぇ」

「しみじみと呟くな。もうやだこいつ」

「ちょっと。君の中で私は『こいつ』呼ばわりなわけ? 失礼ねぇ! そういえば男の子で思い出したんだけど」

「何? まだ続くの? もう拷問なんですけどコレ。俺の大事にしたい深層部分開けっ広げなんですけど」

「この部屋、換気した方が良いと思うの。その、まぁ、何て言うか」

「うっそだろ!? これでも一晩中窓開けてたんだぜ!? まだニオイが残ってるのかって、タニヤてめええええええッ!? 俺本気で泣きたい! ていうかもう死にたい! 何でそんな恥ずかしいことを自分の口で言わなきゃならんわけ!? だからそこで笑うな金髪侍女おおぉぉッ!」







「マティウスおはよう。……具合悪そうだけど、大丈夫?」

「うん……まぁ……」


 何とかティアラの部屋に着いた時には、既に俺はへろへろだった。

 正直に言うと、喋り疲れた。しばらく口を動かしたくない。ついでに慰めてほしい。あの侍女のせいで、俺の心はボロボロだ。

 結局あの後、タニヤの誘導のまま赤裸々に心の内を(さら)け出してしまった俺。薬の効果が切れる頃には、とてもじゃないが、新たに『自信溢れる薬』を飲み直す気力は残っていなかった。

 根掘り葉掘り質問しやがって。ちくしょう……。


「あー面白かった」


 そんな俺を尻目に、タニヤは窓を拭きながら満足そうに呟いた。

 二度とこいつの薬は使わねぇ……。


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