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30話 けしからん犯人を捜せ(後編)

「冷えるな……」


 両手を擦り合わせながらポツリと洩らすと、ティアラも無言のまま頷いた。

 日が暮れると、一気に気温は下がる。風は強くはないのだが、やはり冷たい。月は完全に雲に隠されており、光源は控え室の窓から漏れるもののみ。闇の中で見るティアラは、いつもと違った艶っぽい雰囲気を感じた。夜のデートも悪くないかもな……。

 って、今はそんなことを考えている場合ではない。

 視線を真正面に戻すと、灰色の高い城壁がそびえ立つ。犯人がどこから来るかはわからんが、この城壁を越えて来る可能性が高いだろうと俺は予想していた。この場所に来るには、城の出入り口の前を通るしかない。だが入り口前には、二人の門番がいるのだ。そいつらに気付かれずにこの裏まで来るには、城壁をよじ登るしか手はない。屋上にも見張りはいるが、これまで見つからなかったことを考えると、闇に紛れるのが上手い奴と考えた方が良いだろう。

 何にせよ、面倒そうな奴だ。

 俺は(ふところ)から、ある物体を取り出して手の上で転がした。タニヤから飴玉ほどの大きさの、白くて丸い物体を貰ったのだ。こいつを地に叩きつけると、大きな音が鳴るらしい。最初は怪しくて受け取る気にならなかったが、「爆発なんてしないから! 音が鳴るだけだから! 私も使うし!」というタニヤの言葉を信じて受け取った。

 もし犯人が現れたらこいつを投げ、離れた場所の二人に知らせるという算段だ。ちなみにアレク達も同じ物を持っている。


「なかなか、現れないね……」

「そうだな……」


 ティアラの呟きに俺が同意した、その時だった。

 パン!

 突然、乾いた破裂音が夜空を駆け抜けた。これはアレク達の合図だな!


「あっちに現れやがったか!」

「きゃ!?」


 いきなり俺に抱きかかえられたティアラが、小さく悲鳴を洩らす。だが俺はそれには構わずに、アレク達の所へと走って向かう。別に格好つけたかったからではなく、ティアラの走る速度は遅いだろうと見越しての行動なので、誤解しないように。

 そういえば俺、ティアラが走る姿を見たことねーな。ぽてぽてと可愛らしく走りそうだな……。

 などと考えながら走っている内に、前方にアレクとタニヤの後ろ姿を捉えた。


「犯人は!?」


 俺の声に同時に振り返る二人。だがどちらとも、浮かない顔をしていた。そして無言のまま、視線を足元へと移動させる。吊られて俺も下に目をやると、そこにはトゲトゲしい針の山みたいな物体があった。大きさは兎よりも一回り大きい感じだ。俺はティアラを下ろし、ゆっくりとその針山に近付く。


「まさか、こいつが犯人……なのか?」

「断定はできんが、おそらくそうだろうな……」


 アレクは腕を組み、嘆息したように呟いた。

 魔獣ネウラコイラ。

 当然のことだが、この前アレクがサーラにあげたぬいぐるみより、凶暴そうな顔をしている。尻尾の蛇からはチロチロと赤い下が覗いていた。

 初めて見る魔獣なのか、ティアラは俺の後ろに隠れながら、おそるおそるネウラコイラの様子を伺っている。


「確かにここも控え室も、窓の外には鉢植えを置ける程度の出っ張りがあるわね」

「しかも窓枠で丁度顔が隠れるな。この黄緑色の針山だけを侍女達は見たということか」

「でも、どうして魔獣が覗きなんかを……」


 ティアラが口に出した疑問に、皆黙り込んでしまった。こればかりはネウラコイラ本人に聞かなければわからない。だが当の本人は、頭をキョロキョロと動かすばかりで、理由など吐いてくれそうにない。当然だが。

 普通に考えて、魔獣が人間の女体に興味を示すなどありえない。何か別の理由がありそうだが……。


「あっ――」


 突如聞こえてきた声に、俺達は一斉に振り返る。そこにはこの間のお騒がせ侍女、サーラが目を丸くして佇んでいた。

 まさかとは思っていたが、やはりサーラが噛んでいたのか。


「説明、してもらおうか」


 それほど凄みを利かせてはいないはずだったのだが、サーラはその俺の声に「ひっ!?」と小さく悲鳴を上げ、首を縦に振ったのだった。







 狭い俺の部屋に、五人の人間。一人用の部屋の中に五人とか、人口密度高すぎんだろ。心なしか酸素が薄い気がする。せめてもの慰めは、俺以外の人間は女性という点だろうか。

 いや、それにしてもやはり息苦しい。ティアラとタニヤとアレクが俺のベッドの上に腰掛け、床に正座するのはサーラ、といった配置だ。ちなみに俺は、クローゼットの前で肩身を狭くしながら突っ立っていた。いっそこのまま壁になりたい。部屋の主がこの扱いって何なの。ていうか、どうして俺の部屋を利用するんだ。そこは侍女達の控え室でいいだろ。

 心中でそんな文句を呟いた時、タニヤが口を開いた。


「要するに、内緒で飼っていたと」


 一言でまとめると、そういうこと。タニヤのセリフに、サーラは俯いたままコクリと頷いた。


「この前町の外に行った時に、たまたま子供を見かけて――。試しに餌をあげたら懐いてくれて、それで――」


 ネウラコイラは主に夜行性。この大きさなら、屋上の兵士に見つからなくても不思議ではない。

 昼の間は、植え込みの陰にでも隠れて寝ていたのだろう。つまりあのネウラコイラは、餌をくれるサーラを探し求めて窓を覗いていたのだ。で、あのトゲトゲが俺の頭に似ていたから誤解されたと。

 こっちとしてはいい迷惑だ。っつーかいっそのこと、もう髪切っちゃおうかな……。


「どうやって連れ込んだの?」


 タニヤの問いかけに、サーラはさらに肩を小さくしながら答え始める。


「荷物袋に入れました……。この間アレク様に頂いたぬいぐるみですが、触りすぎてしまったのか、少し感触が柔らかくなっちゃいまして――」

「今度直してやる。好きなのは構わんが、やはり城の中に魔獣を連れてくるのはどうかと思うぞ」

「そう、ですよね……。申し訳ございません……」


 アレクのやんわりとした苦言にも、サーラはただ平謝り。これに懲りて、もう城の中に魔獣を連れ込むような真似はしないでほしいものだ。


「あ、あの……」


 突然、何かを訴えるように俺の方へと顔を向けるサーラ。


「ん?」

「頭を触っても、いいですか?」

「やめて」


 サーラの申し出を即座に断る俺。お前、どんだけ好きなんだよ。ていうかティアラにあの表情を見せるなんて、教育的によろしくない。俺の方がもっとよろしくないことをしている、という声がどこかから聞こえた気がするが、気のせいだと思うことにする。







「まったく、今回はとんだとばっちりだった」


 次の日。俺は朝っぱらから小さく愚痴を吐いていた。解決したとはいえ、どうもスッキリしないのはなぜだろう。

「疑ったお詫びに」と侍女達からクッキーやらスコーンやらの菓子類を今朝もらったのだが、あまりにも量が多かったので、今四人で分担しながら消費しているところだ。


「まぁまぁ、そう言わないの。こうやって美味しいお菓子をいっぱい貰えたわけなんだし」


 口いっぱいにクッキーを頬張りながらタニヤは言うが、お前、絶対俺より食っている量多いだろ……。

 そんな図々しい侍女を横目で見ながら、俺はレーズンの混ぜ込まれたクッキーを二枚同時に口に入れた。

 世の中には魔獣を捕まえて使役する、『テイマー』と呼ばれる人間もいるらしい。

 サーラは侍女をやめて、ネウラコイラ専用の『テイマー』になった方がいいんじゃねーの? と俺はクッキーを咀嚼(そしゃく)しながら密かに思うのだった。


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