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25話 俺の彼女が二人になった(前編)

「これは一体、どういうことだ……」


『それ』を目前に、俺は(かす)れた声を出すのが精一杯だった。

 いつものように、護衛の仕事でティアラの部屋に向かった俺。迎えてくれたのは、愛しい彼女。そこまではいつも通り、何の問題もなかった。問題が発覚したのはその後だ。

 その問題とは……。

 部屋の中に、もう一人ティアラがいたのだ。顔も服装も、寸分(たが)わず全く同じ。双子でもここまでそっくりにはならないだろう。

 俺は最初、自分がまだ寝惚けているのだと思った。これは夢の延長、幻覚の一種だと。そう思いながら二人の頭に触れてみたところ、ちゃんと二人とも実体を伴ってそこに『いた』。つまり夢でも幻でもなかったわけだ。

 二人のティアラの前で呆然とする俺に、タニヤが横から申し訳なさそうな顔をしつつ話し掛けてきた。


「えーとね、マティウス君。これには海の底よりも深ーい理由(ワケ)があって……」

「要するにお前が元凶ということでいいんだな?」

「何よう。勝手に決めつけないでよ」


 頬をリスのように膨らませながらタニヤは俺に抗議する。


「……いや、すまん。さすがに今回ばかりはお前のせいじゃなさそうだな」

「まぁ、厳密に言えば私のせいなんだけど」

「おいいいいぃぃっっ!?」


 合ってんじゃねーか! 謝って損した!


「今実家がとある薬を作っててね、その実験を依頼されちゃったの……。それで小物で試してみようとしたんだけど、そこでタイミング良く私のドジっ子属性が発動しちゃって。(つまず)いた瞬間、あら大変、薬が誤って姫様にかかってしまったのよ」

「あら大変、じゃねーよ。お前はいつからそんな属性が付いたんだ? っつーか相変わらずお前の実家怪しすぎるだろ!?」

「仕方ないじゃない。うちだって経営を何とかしようと必死なんだから」

「で、具体的にはどういう薬だったんだ?」

「全く同じ物質を作り出してしまう増殖薬」

「それもう魔法の域じゃん」


 何それ怖い。こいつの実家が怖い。


「まぁその件については今は置いといて」


 置いてはいけないような……いや、やっぱり置いておこう。


「それでね、どっちが本物の姫様かわからなくなってしまったのだけど……」

「もしかしたらお前にはわかるかもしれないと思って、待っていたんだ」


 タニヤとアレクは交互に言い終えると、俺を期待の眼差しで見つめてくる。

 よし、そういうことなら俺に任せろ。ティアラのことを世界で一番愛しているこの俺にッ!

 俺は自信満々に、二人のティアラに一歩近付いた。


「マティウス……」

「私が、本物だよ」

「ち、違うよ。私だよ」


 二人とも琥珀色の瞳をウルウルとさせながら俺に訴えてくる。

 薄くてみずみずしい唇、控え目な胸、細くて白い足――。俺は上から下まで彼女らに視線を這わせ、しばらくの間二人のティアラを見比べ続けた。

 ………………。

 うん、わからん!

 だってどっちも可愛い。超可愛い! どちらかのティアラを選ぶなんて俺にはできないッ!

 ――じゃねーや。そういうことを決めるのではなく、本物がどちらか見極めるんだった。ふぅ、思わず目的を取り違えるところだった。しかし困ったな。頭から爪の先まで、冗談無しに二人とも見た目は完全に同じだぞ。

 いや、待てよ? もしかすると……。


「よし。それじゃあ俺が今からどっちが本物か確認する」

「お、マティウス君、何か方法を思い付いたのね?」

「あぁ、任せてくれ。実はティアラの左の太ももの内側にはほくろがむッ!?」


 二人のティアラが顔を真っ赤にしながら同時に俺の口を押さえてきた。小さくてぷにゅっとした手の感触が気持ち良い。何この幸せな状況。

 しかしこの反応を見るに、どちらにもほくろは存在しているらしい。ていうか全く同じ物質を作り出すとか言ってたし、そういう細かいところも再現しているのは当たり前か……。


「……あれ? ちょっと待て。タニヤ、薬がティアラにかかったんだよな?」

「そうだけど、それがどうかした?」

「だったら放っておいたらそのうち元に戻るんじゃねーの?」


 以前のネコ化する薬の時も、確か勝手に元に戻ったはず。それなら今回もしばらく待っておけば元に戻りそうだし、問題なさそうな気もするのだが。


「マティウス君、ちょいとこちらへ」


 タニヤはおいでおいでと手招きをすると、部屋の隅の方へ俺を誘導する。アレクとティアラ×2は、そんな俺達に(いぶか)しげな視線を送ってきていた。


「何だよ? あいつの見ている前で堂々と内緒話すんな」

「仕方ないじゃない。あの時のネコ化薬のことは二人とも知らないんだし。それともばれてもいいの?」


 そういえばそうだった……。あの時は惚れ薬だと思ってお茶の中に入れたんだっけ。俺が惚れ薬を使って気を引こうとしていたなんて、そんなことティアラに知られたくない。俺に対する好感度が一気に下がってしまうことは確実だ。

 …………ん? 確かあの時――。


「その顔、どうやら気付いたようね。そう、あの時私がお茶の中に入れた薬はほんの『一滴』。でもね、今回姫様にかかってしまった量は『ほぼ全部』なの」


 そう言いつつタニヤはエプロンのポケットから小瓶を取り出した。彼女の言葉通り、小瓶には透明な液体が底の方に僅かに残っているだけだった。


「それじゃあ自然放置だと何日もこのまま、という可能性があるわけか……」

「そういうこと。前のやつとは効果も全く違う物だけど、本質的にはそんなに変わらないと思うのよね」

「ふむ……」

「で、仮に長期間姫様が二人のままでも、本物の姫様がわかっていたら、複製の方を隠すなりなんなりして対処はできると思うの」

「なるほど。しかし肝心の本物がどっちかわからない、と」

「うん……。マティウス君でもわからなかった?」

「今のところ無理。見た目は完全に同じだからな。判断できん」


 こうなると、じっくりと二人の行動を観察して見極めるしかなさそうだが……。

 顎に手をやり悩む俺に、アレクがさらに胡乱(うろん)げな視線を送ってきていた。


「お前達、何をこそこそとしているんだ。怪しいぞ」


 アレクの言葉を受け、俺は慌ててタニヤの側から離れる。確かに、二人で顔を寄せ合って内緒話とか怪しすぎる。ティアラにこいつとの仲を誤解されてしまうような事態だけは、絶対に避けたい。

 しかし、時既に遅し――。ティアラ達は「実は二人はそういう仲だったんだね……」と声を洩らしつつ、悲痛な眼差しを俺に向けていたのだ。目にはちょっと涙も滲んでいる。最悪な事態発生! 大ピンチだ!


「ち、違う! 俺が愛しているのはティアラだけだし! っつーかこんなトラブルメーカーこっちから願い下げだ!」

「何よう、失礼ね。私だって噂されるなら、もっと良い男がいいわよ!」

「良い男じゃなくて悪かったな!?」

「お前ら、それ痴話喧嘩にしか見えんぞ」

「頼むから事態をややこしくするようなことを言わないでくれ!」


 タニヤとアレク、左右交互にツッコミを入れた後、俺は二人のティアラの前までツカツカと勢い良く歩み寄る。ティアラ達は俺のその勢いに驚いたのか、ビクリと肩を震わせ、互いに手を握り合った。

 ……何そのちょっと良い世界。

 このまま二人の禁断の世界を見てみたい気もするが、とりあえず今は我慢。

 俺は握り合っている二人の手を強引に引き剥がした後、右手にティアラの左手、左手にもう一人のティアラの右手を握る。ややこしいとか言うな。俺だってややこしい。


「何してるんだ」

「いや、これぞ本当の『両手に花』。なんつって」

「…………」


 しん、と静まる空気。冷ややかな目を向けてくるアレクとタニヤ。ポカンと口を開けたまま俺を見上げるティアラ×2。

 これは……完全にアウェーだ。ヤバイぞ俺。ちょっとお茶目な冗談を言って、強引に空気を変えようとしただけなのに! 何とかしてこの状況からの打破を――。

 その時、ピキーンと俺の脳に電流が走る。

 な、何てことだ……。この状況……。俺は気付いてしまった。とんでもないことに気付いてしまったぞ。

 これはもしかしなくても、ティアラだけで夢の3――!?


「……すまない。お前らちょっと席を外してもらえねーか? そうだな、二時間くらい」

「え? どうしたのよいきなり」

「それは言えない」


 俺はさっきから無言のままの二人のティアラを伴って寝室へ――と行きかけたところで、アレクが跳躍からの回し蹴りを俺に放ってきた! 何だよその重力を無視した動き!? ティアラ達の手を握っていた俺は成すすべもなく、その蹴りをまともに顔でくらってしまう。

 うぐおおおおぉぉ!? 痛い痛い! すっげーイタイんですけど! 頬の骨にヒビ入ったかも!

 思わず頬に手を当て、床にうずくまる俺。


「い、いきなり何しやがる!?」

「お前が年齢制限が必要になりそうな展開を繰り広げそうだったから、阻止した」

「いや、でもお前ら、この前俺に協力してくれるって言ったじゃん!?」

「状況を考えなさいよ。姫様はもうすぐ隣国のお客様と面会があるのよ。それまでに何とかしないと面倒な事態になりそうでしょ」


 正論すぎて何も言い返せない。くそっ、夢の3○が!?

 しかし本当に困ったな……。いくら見た目が同じとはいえ、どちらかが本物のティアラであることは間違いないのだが。区別する良い方法が全く思い浮かばないぞ。


「「あ……」」


 突然、二人のティアラが同時に声をあげた。


「どうした?」

「「そろそろ勉強しなくちゃ……」」


 またしても同時に同じことを呟いたあと、互いに顔を見合わせる。どうやら思考や行動パターンまで同じらしい。

 それにしてもこの二重音声は究極に癒されるな。……と顔の筋肉を緩めている場合ではない。これでは行動を観察して見極める、ということができねーじゃん。

 うずくまった状態のまま、俺は何とか知恵を振り絞る。とりあえず一人ずつ話でもして探ってみるか? 思いつく限りのことはやってみないとな。

 俺は床から立ち上がりつつ彼女の名を呼ぶ。


「ティアラ」

「「なぁに?」」


 二人のティアラが同時に俺に振り返った。

 ……うん、まぁ当然だよな。両方ティアラなんだし。でもどう分けて呼べばいいのかわからん。ティアラA、ティアラB、だと雑魚(ザコ)敵っぽい雰囲気になってしまうから何か嫌だし、何より本物に対して失礼すぎる。


「えっと……じゃあ本物のティアラ」

「「はい」」


 二人のティアラはまたしても同時に返事をすると、互いに顔を見合わせる。その顔はちょっとムッとしたものになっていた。

 うーん、咄嗟に思いついたにしては良い考えだと思ったんだけどダメか。でもそのちょっと怒った顔も可愛いな。


「このままではややこしすぎるから、とりあえずこっちの姫様に着替えてもらうことにするわ」


 タニヤはそう言うと一人のティアラの手を取り、寝室へと入って行ってしまった。確かに着ている服で呼び分けるしか、今のところ方法はないか……。


「何やら騒がしいな」


 二人が入って行った寝室に視線を送りながら、アレクが無表情のままポツリと呟いた。アレクの言うとおり寝室の中からは「やぁっ!?」やら「えぇ!?」やらとティアラの声が響いてくる。着替えているだけじゃないのか? タニヤの奴、一体ティアラに何をしているんだ?

 嫌な予感がじわりと俺の胸に広がった直後、寝室の扉が勢い良く開かれた。


「お待たせー!」


 やけにイキイキとした声と表情で、まずはタニヤが出てきた。

 ちょっと待て。何でそんなに肌がツヤツヤしてんだよお前!? この短時間で何があった。ていうか俺のティアラに何しやがった!?

 そうタニヤに詰め寄ろうとした時、寝室からそそっとティアラが顔をだけを出した。その顔は耳まで真っ赤だ。も、もしかして、タニヤに(はずかし)められちゃったりしたのか!? おのれ金髪侍女め! と拳を握りしめたその時、ティアラはようやく寝室から出てくる。その彼女の全身が視界に入った瞬間、俺の心拍数は一気に上昇してしまった。

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