22話 俺が作ったプレゼントがヤバイ(前編)
俺は、大勢の人で賑わう城下町の一角を歩いていた。
今日は休暇なのだが特に予定もなかったので、久々に街中でもぶらついてみるか、と散策している最中なのだ。
他人には毎日能天気に過ごしているようにしか見えないかもしれないが、王女の護衛というのはやはりそれなりに緊張感がついて回る仕事だから、こうやって精神的に羽が伸ばせる休暇はありがたい。
人員不足の国だと護衛は年中無休だという話も聞いたことがあるが、その点俺は恵まれている。
無表情な見た目美少年(でも女)の同僚に心の中で感謝しつつ、俺は目的もなくぶらぶらと歩き続ける。
道にズラリと並んだ露店からは、活気ある声が絶え間なく響いていた。
「そこの黄緑髪の兄ちゃん、ちょっと見ていってくれよ」
「さぁさぁ寄っておいで! 安くしとくよ!」
俺は店主達の客引き文句に釣られることなく、自分のペースで露店を見て回る。
食料品のすぐ隣に本や雑貨が並んでいたりと、統一性が全くないカオスな露店もあってなかなか面白い。
と、その時俺の目に付いたのは、鈍色の四角い物体ばかりが所狭しと並んでいる、異彩を放つ露店だった。
これは一体何だ? 煉瓦か? それにしては形が正方形すぎる気がするが。
「お、いらっしゃい」
じろじろと四角い物体を見続ける俺に、頭に白い布を巻いた店主のおっさんが声をかけてきた。
「これ、何だ?」
「これはエルンノヴァだ」
「エルンノヴァ?」
聞いたことのない単語だったので、思わず俺は復唱してしまった。
「粘土より硬く、銅より少し柔らかめの人口素材なんだ。素人でも加工がしやすい。アクセサリーに置物にと自分で色々作れるから、芸術家の間でも今人気急上昇中なんだぜ」
「へー……」
「ナイフで削っていくだけの簡単作業。それなのに出来上がりは本格的! 何せ磨けば銀にも負けない綺麗な光沢を放つからな。さらにこのキットは、アクセサリー用の宝石やチェーンも付いているお得バージョン。俺が自信を持ってお勧めする一品だ」
おっさんは完全に俺にコレを売る気らしい。でも悪いな、冷やかしだ。
謎の物体の正体がわかったことだし、さて、次の露店でも――と思った時だった。
「兄ちゃん、彼女はいるのかい?」
「へっ!? いっ、いや。い、いねーけど!?」
ってか不意打ちすぎるぞおっさん。何でいきなりそんなことを!?
「……なるほど、その反応。彼女はいないが好きな娘はいる、と見た」
うぐっ!? な、何でわかったんだ!? 鋭すぎるぞおっさん!
驚愕と羞恥で少し顔が赤くなったのを自覚しながら、思わず俺は一歩後ずさる。
「ならば益々兄ちゃんにコレをお勧めするね。気持ちの篭った手作りのプレゼントを貰えば、その娘もたちまち兄ちゃんに落ちること間違いなしってもんだ!」
そんな都合良くいくものだろうか? そもそも俺が惚れているのは護衛対象でもある王女のティアラなので、それなりに険しい道だと自分でも思っているのだが……。
「あ、その目は疑っているな。いいか? 女の子ってもんは『自分のために』男が悩んで選んだプレゼントを貰ったら凄く嬉しいものなんだ」
「そういうものなのか?」
「そういうものだ。その中でも特に手作りというのは、女の子の心を打つかなり効果的な手段なのは間違いないね」
自信たっぷりにおっさんは大きく頷く。
ほほぅ。確かにおっさんの言うことも一理あるような気がしてきた。誕生日のプレゼントを渡した時も喜んでくれていたしな。それが手作りとなると喜びが倍率ドンになるわけか。
「俺も女房を口説いた時にはだな――」
突然おっさんは、聞いてもいない奥さんとの馴れ初め話を語り始めた。俺はそれを聞くふりをしつつ華麗に聞き流す。
俺がティアラに手作りプレゼントを渡した場合どんな反応が返ってくるのか、今の内に想像してみることにする。
『ティアラ。俺からプレゼントがあるんだ。貰ってくれ』
『なぁに? ……これは、ネックレス? わぁ、凄く綺麗だね。ありがとう』
『実はそれ、俺が作ったんだ』
『えっ、本当!? マティウスって器用で格好良い! お願い抱いて!』
ぐはああああぁぁっ! 単なる妄想なのに何という破壊力ッ。思わず鼻血を出しかけてしまった。
……訂正。少し出てしまったので、慌てて手の甲で拭う。一応俺にも王女の護衛としての面子があるので、こんな街中でみっともない姿を晒すわけにはいかないのだ。
「おっさん……」
「それで俺と女房は――。……ん? もしかしてお買い上げかい?」
「あぁ。三つくれ」
「三つも!?」
おっさんは俺の提示した数に驚いた後、少し値段を負けてくれたのだった。
次の日――。
俺は早朝から城の廊下を足早に歩いていた。タニヤの部屋へ向かうためだ。
徹夜で三つのエルンノヴァを削り続けたので、正直に言うとかなり眠い。でもこれからその労力以上の喜びが待っているはずなのだ。
俺は手の中にある茶色い三つの袋にチラチラと視線を送りながら、軽い足取りで目的地へと向かう。
ちなみになぜ俺が三つも購入したのかというと、ティアラの好感度を目一杯上げるためにプレゼントもたくさんあげちゃうぜ! ……などという下心からではない。
特別な日でもないのにいきなりプレゼントをあげたりしたら、ティアラに不審に思われてしまうかもしれない――。
そういう考えに至った俺は、ならば不審ではない状況を作り出してしまえば良いと、昨日露店の前でこの作戦を思い付いたのだ。
名付けて『この前俺にシチューを作ってくれてありがとう。これはそのお礼だ、と言いつつさりげなく渡しちゃおう』作戦だ!
何だか作戦名だけで全てを語っている気がしないでもないが、そこはスルーしてくれ。
約一ヶ月前、俺は普段関わっている女性三人――ティアラとアレクとタニヤから、シチューをご馳走になったのだ。
……まぁ、その後酷い目に遭ったので正直に言うとあの時のことはもう思い出したくはないのだが、ティアラのために今回は俺の苦い思い出ごと利用してやるぜ。
この作戦は、アレクとタニヤにも「シチューのお礼」という名目でプレゼントを渡せば、ティアラも不審がることなく受け取ってくれるはず、という俺の魂胆が込められたものなのだ。
とにかく、この作戦を成功させるためにはタニヤとアレクも利用しなければならない。
俺は決意と共にタニヤの部屋の扉をノックする。
「タニヤ。朝からすまない。マティウスだ」
ほどなくして、ガチャリという解錠の音と共に扉が開かれた。
「おはよー。こんな朝からどうしたの?」
普段の侍女用の服ではなく、淡い水色のゆったりとした寝巻きにその身を包んだタニヤが、眠そうな目をこすりながら出てきた。
いつもは流れる川のように綺麗な金の髪も、今は様々な方向に跳ねていて無造作ヘアーといった感じだ。
さすがにちょっと早すぎたか……。
普段見ることのない姿を見てしまったという背徳感が俺を襲うが、今さら後には引けない。
俺は自分の中で色々と渦巻き始めた感情を振り払うように、タニヤに向けて持っていた茶色い紙袋の一つを勢い良く突き出した。
「ん? 何これ?」
「この前俺にシチューを作ってくれただろ。で、これはそのお礼」
完璧だ。俺は脳内で何度も練習したセリフを言うことができた喜びに、思わずほくそ笑みそうになる。
っていやいやいや、落ち着け。ここで何の脈絡もなく意味ありげな表情をしてしまったら、こいつに怪しまれてしまう。
「えっ!? あの腐海――――ケホン。『ちょっと』失敗しちゃったシチューだったのに、わざわざお礼まで用意してくれたの?」
そうだった……。こいつ、アレが不味いのを自覚してて俺に食わせたんだった。
だがタニヤ、今はそこにツッコまないでくれ。俺の計画が進まない。
「確かに恐ろしい目に遭った。が、俺のために作ってくれたっていうその気持ちは素直に嬉しかったから、それに対するお礼としてだな……」
「まぁ、そういうことならありがたく戴くわ。開けてみてもいい?」
「あぁ」
拒否する理由もなかったので俺は頷く。
タニヤは一度紙袋の中を覗き見た後、手を突っ込んだ。
ちなみに包装用紙まで用意する余裕がなかったので梱包は非常に簡素だが、まぁ環境に優しいということで理解してくれるだろう。
「マティウス君、これは……」
紙袋の中から取り出した小さな物体を見つめながらタニヤが俺に尋ねる。
「俺が作ったブローチだ」
俺はタニヤの問いに簡単に答える。
そう、タニヤには白百合をモチーフにしたブローチを作ったのだ。花の真ん中には、タニヤの髪色と同じ黄色い人口宝石を二つ嵌め込んだ。我ながら気の利いたチョイスだと思う。
「それで、これは何の動物なの?」
「ん? 動物じゃなくで花だが?」
「えっ……? 全く花には見え――コホンコホン。そうよね、花よね。潰れたカエルなんかをブローチにするわけが――ケフンケフン」
「お前、さっきから咳が酷いが大丈夫か?」
「気にしないで。持病の咳払いだから。少し寝たら治るわ」
知らなかった。こいつ持病なんてあったのか。
……ん? ちょっと待て。咳払いって病気だったか?
「それよりもマティウス君、当然姫様にもプレゼントをあげるわけよね?」
俺はタニヤの言葉にハッとする。
そうだった。肝心なことを言うのを忘れていた。
「もちろんだ。それでその、お前に頼みがあるんだが……」
「なになに? 姫様の下着でも持ってくればいいの?」
「何でそうなるッ!?」
こいつ、俺のことを普段どんな目で見てるんだ!? 確かに妄想はよくするが、そこまで俺は欲望に塗れた変態じゃねーよ!
「頼みたいのは、今日はティアラの所に行く時間を少し遅らせて欲しい、ってことだけだ」
「ははーん……。なるほどぉ」
それだけで俺の真意を悟ったのか、タニヤの目がキラーンと妖しく光る。
ティアラにプレゼントを渡す時は、どうしても二人きりになりたい。だがティアラの部屋に行き護衛の仕事が始まってしまうと、それは叶わない。
だから事前にこいつらに根回しをする必要があったのだ。
「ようやく積極的にいく気になったのね。今まで見守ってきた甲斐があるわ。うんうん。あ、姫様は当然初めてだから、押し倒す時は優しく――」
「飛躍しすぎだッ! いきなりそんなことできるか!」
だから俺は変態でもなければ性欲魔人でもねーよ!
なぜこんな爽やかな朝から、そっち系の話をせにゃならんのだ……。
思わず全身から力が抜け、がっくりと項垂れる俺。
「ごめんごめん、冗談よ。マティウス君をからかうのって面白いからつい」
「…………」
『つい』で人の繊細な気持ちで遊ぶなっての。
腹ただしいが今は時間が惜しい。俺は喉まで出掛かった文句をぐっと堪える。
「とにかく、用件はそれだけだ。朝からすまなかったな」
「ううん。こっちこそありがとう。頑張ってね」
「……おう」
タニヤは軽くウインクをしながら俺を激励してくれた。その心遣いに免じて、さっき俺をからかった件については無かったことにしてやろう。
「知らなかった……。マティ……君の芸……ンスが、ここまで酷か……なんて……」
扉を閉める際タニヤが何か独り言をポツリと洩らしていたが、俺は上手く聞き取れなかった。
「アレク。起きているか? 俺だ」
次に俺が向かったのは、同僚のアレクの部屋だった。
間髪入れずスッ――と無音で扉が開いたので、思わず俺はびくっと肩を震わせてしまう。
扉の向こうにはいつもと同じ格好をした、黒髪の美少年が無表情のまま佇んでいた。服装から察するに、タニヤとは違い既に起きていたらしい。
っつーかせめて一言返事をしてから開けてくれ。驚いたじゃねーか。
「お前がオレの部屋を訪ねてくるなんて、珍しいな……」
アレクは眉一つ動かさぬまま、いつもの抑揚のない中性的な高さの声でぼそりと呟いた。
「あー、その、朝から悪いな。この前俺にシチューを作ってくれただろ? そのお礼を持ってきたんだ」
「…………」
反応が乏しいので、どうも俺はこいつとの一対一での会話が苦手だ。ティアラとタニヤがいると、こいつも割と饒舌になるのだが……。
何とか用件を伝えた俺は、手に持っていた紙袋を強引にアレクの手に押し付ける。
「…………」
アレクは無言のまま紙袋を受け取ると、中に手を入れる。
頼むから何か喋ってくれ。非常に居心地が悪い。
「これは?」
「見てわかるだろ? 手鏡だ。ちなみに俺の手作りだからな」
「お前が作ったのか」
アレクは珍しくその顔を驚愕に染めながら俺を見る。いや、作ったと言っても、鏡の部分は貼り付けただけなんだがな。
なぜ俺が手鏡と無縁そうなアレクにこれを贈ったのかというと――。
こいつも俺と同じ王女の護衛だ。だから常に俺と並んで仕事をしているわけなのだが、この見た目なのでアレクは城の女性陣に「あの人カッコイイよね」と大人気だったりするのだ。
……正真正銘の男である俺を差し置いて。
わかるか? 常にこいつと比べられる俺の惨めな気持ちが? 格好良さで女に負けている俺の気持ちがっ――!?
しかもティアラも「カッコイイなぁ」と、いまだにアレクに羨望の眼差しを向けていたりするのだ。虚しいどころの話ではない。
そんなわけで、少しでもアレクに女らしくなってもらおうと思っての、このプレゼントなわけだ。
人間が変わるにはまず形からって聞いたことがあるしな。身嗜みが気になりだしたら、いずれこいつも年相応のお洒落に目覚めるだろう。
ちなみに勘違いしないでほしいが、俺は別に城の女性達にモテたいわけじゃない。ただ比べられるのが嫌なだけだ。
――と、気付いたらアレクが怪訝な視線をこちらに送っていた。
も、もしかして俺の心の声が顔に出てたとか?
「それで、この裏側の模様は何だ?」
アレクはそう言いながら手鏡の裏を指差す。
俺の魂胆に気付いたわけじゃないのか。とりあえず良かった。
手鏡の裏側に俺が施したのは、この国で祀っている三人の女神の内の一人である『美の女神』だ。
まさかこいつ、美の女神の姿を知らないのだろうか? 膝裏まで伸びた長い金の髪を持つ女神なのだが。この国での常識中の常識な上、教会や城の大広間にも絵が飾られているんだけど……。
「美の女神だが」
「そうか……」
アレクは別に美の女神の姿を知らなかったわけではなさそうだ。俺の一言に納得したのか、そのまま黙って再び手鏡に目を落とす。
「それと、お前に頼みがあるんだ。今日はティアラの所へ行く時間を、少し遅らせてくれないか?」
「――――!」
アレクは少しだけ瞳を大きくすると、僅かに口の端を上げた。
「それは構わんが……面白そうだからこっそり見に行ってもいいか?」
「やめてくれ」
間髪入れず俺は拒否する。こいつのことだから隙を見て乱入しかねん。
無表情だから冷静沈着に見えるが、意外にも性格はかなり大胆というのが、俺の中でのアレクに対する人物像だ。何せ公衆の面前でビキニマント姿を披露するくらいだからな。
「冗談だ」
「いや、そんな淡々と冗談を言われてもわかんねーよ!?」
やっぱりこいつと二人だけの会話は疲れる。いらん精神力を削られた気分だ……。
「それはともかく、プレゼント、感謝する」
そう言いながらアレクは少しだけ、本当に少しだけはにかんだ。
……そういえばアレクからお礼を言われるのって、これが初めてじゃないか?
急に照れ臭くなってきた俺は、痒くもない頬を指で掻いてその気持ちを紛らわす。
アレクはそんな俺の態度を全く気にすることなくすぐ無表情に戻ると、手鏡にまた視線を移した。
「邪神にしか見えん。使うと呪われそうだな……」
「ん? 何か言ったか?」
「何でもない。お前はさっさと姫様の所へ行っていちゃいちゃしてこい」
「いっ――――!?」
アレクは強引に扉を閉めて、「いちゃいちゃ」という言葉に動揺しまくる俺を追い出したのだった。




