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15話 好きな子の水着姿が嫌いな男はいない(後編)

 俺は砂浜に植えられた大きな木の下に座り、ぐるりと首を回して辺りを見渡す。

 オープンしたばかりということもあって、レイクビーチはそれなりに混雑していた。老若男女の歓声が各所から上がっている。

 三人はというと、他の人間同様に湖を堪能していた。

 今はアレクがティアラの手を引っ張り、泳ぎのレクチャーをしているようだ。ばしゃばしゃと懸命に足を動かすティアラが可愛い。海と違って波がないので、初心者にはかなり泳ぎやすい条件といえるだろう。

 いいな。楽しそうだな……。今から俺も水着に着替えて――。

 いや、簡単に前言撤回をしてしまうとタニヤに『言動の軽い男』のレッテルを貼られ、ティアラの信用も失いそうだ。

 それに、ティアラの濡れた(なまめ)かしい肢体を至近距離で見るとか……。遠目で見ている今でもちょっとヤバイのに。

 濡れた身体……か。ティアラの濡れた身体ね。彼女の白い肌に水滴が――ってぐああああッ!?

 煩悩(ぼんのう)退散煩悩退散! 静まれ俺のエロ心マハリクマハリタデコデコデコリーンッ!

 咄嗟に頭に浮かんだ謎の呪文を唱えて何とか冷静さを取り戻すが、何もしていないのに、俺の全身にはじっとりと汗が滲み出ていた。

 極上の姿をしている好きな子を前に何もせずただ見ているだけとか、俺にとって拷問に近いことだと今さらながらに気付いた。

 どうしよう。ここはアレクに任せて、一度ホテルに戻って気持ちを落ち着かせるべきだろうか……。


「きゃああああっ!?」

「――!?」


 耳をつんざく甲高い悲鳴に、俺の思考は強制遮断される。

 周りの連中もその悲鳴が聞こえた方向に視線を送っていたので、原因はすぐに知れた。

 湖の岸付近に、それまでいなかった大きな存在が現れていたからだ。


「魔獣か」


 見た目はまるで大きな熊。しかしその全身は水のように半透明で、腕の部分にはヒレも付いている。水棲系の魔獣であることは明白だ。

 数は三匹。その内の一匹は殊更(ことさら)大きかった。俺の身長の二倍くらいだろうか。

 俺は立ち上がり、迷わず三人の元へと駆け出す。

 俺とは逆に、一斉にホテルの方へと逃げ出す人々。逃げ惑う大勢の人間とサラサラの砂浜が邪魔をして、少し走りにくい。

 舌打ちしそうになるのを堪えて走り続けていると、アレクが近くの魔獣の一匹に向かって跳躍するのが見えた。

 彼女は普段槍を持っているが、本当に得意なのは馬鹿力を利用した体術だ。

 あいつはアレクに任せるとして、俺はもう一匹の小さい奴から狙うか。

 アレクの渾身の力を込めた拳の一撃が、透明熊の腹に深くめり込む。

 彼女の体重も乗せた一撃だ。これでまず一匹は片付けたな。

 しかし俺のその予想は、すぐさま外れることになる。ポヨンと間抜けな音を立て、透明熊にめり込んでいたアレクの拳が弾き返されたのだ。

 ――――っ!?

 その光景に思わず息を呑み、目を見開く俺。

 もしかしなくても、打撃が効き難い軟体系の魔獣かよ!?

 くそ、そうなると面倒だな。

 魔獣まであと少し。

 俺は走りながら、腰に携えていた剣を抜く。

 そこで俺の目はティアラとタニヤの姿を捉えた。とっくに逃げ出しているものだとばかり思っていたのだが、何でまだ湖に膝まで浸かってんだ!?


「ティアラもタニヤも、すぐ逃げろ!」

「マティウス!? で、でも……」


 ティアラがタニヤの肩を懸命に支えようとしている姿を見て、俺はようやく状況を理解した。

 タニヤの奴、腰を抜かしてやがる……。


「何やってんだよタニヤ!?」

「し、仕方ないじゃない! いきなり私の目の前に出てきたのよ!」


 腰を抜かしながらも、口だけは減らない様子の金髪侍女。

 俺は走り続けながらアレクに叫ぶ。


「アレク、とりあえず二人を頼む!」

「わかった!」


 俺はアレクと入れ替わるように跳躍し、小さい透明熊の一匹の、左肩から真下に向けて剣を振り下ろす。

 斬った感覚は無かったが、まるでゼリーのようにスッと透明熊の左腕が離れた。

 ボコボコッという水の音と、猛獣のような声が混じった不可思議な音を上げながら、もんどりうつ透明熊。

 その声を聞いてすかさずもう一匹の透明熊と、超デカイ透明熊が一斉に俺へと狙いを定め、腕を振り上げて突進してくる。

 手には普通の熊同様に鋭い爪がある。

 体は軟体系ぽいのでもしかしたら爪も柔らかいのかもしれないが、自分の体でわざわざそれを確かめてみるつもりは、当然ない。

 一旦後ろに跳んでそいつらから間合いを取ると、俺はまず小さい方に狙いを定める。そして剣を胸の位置で水平に持ち替え、そのまま透明熊に向かって一気に走り抜けた。

 気持ち良いくらいに、スッパリと上下真っ二つになる透明熊。そのままバシャリと音を立て、湖の中に崩れ去る。

 斬っても体液が出ないからいまいちダメージの判断がつけ難いが、どうやら今ので絶命したらしく、起き上がってくる気配はない。

 ならば残りの二匹も真っ二つにするか。


「きゃあっ!?」


 ティアラの悲鳴!?

 俺は慌てて声のした方に振り返る。そして目に飛び込んできた光景に、俺は思わず絶句してしまった。

 俺が最初に腕を斬り落とした透明熊。

 そいつの腕の切断面から、透明な触手が何本も伸び、なんと三人の身体を縛り上げていたのだ。

 致命傷を与えないと再生するのか!? っつーか何で触手!?

 アレクが懸命に殴って脱出を試みているものの、やはり打撃を吸収する身体のせいか、全くダメージを与えられていないようだった。

 その間に触手は徐々に上へと伸びて行き、三人とも湖から完全に浮いた状態にされてしまった。


「マティウス頼む! 斬り落としてくれ!」

「言われなくてもする!」


 珍しく焦った声を上げるアレクに答えた俺だったが、すぐ行動に移すことはできなかった。

 巨大透明熊が俺に向かって、大きな牙を突き立てようとしていたからだ。

 咄嗟に右足でその腹を蹴る俺。

 だが想像以上の弾力に、俺の身体は砂浜へと弾き飛ばされてしまった。

 砂塗れになった足と背を気にする間などない。

 俺は再び湖へと駆け出す。

 まずはとにかく三人を助けないと。

 っつーか、このレイクビーチには監視の奴とかいねーのか!? そろそろ助太刀が来ても良いと思うんだけど!?

 心の中で文句を言いつつ、俺の視線はティアラへ――。


「なああああっ!?」


 そして思わず声を出してしまった。

 なんと触手の一本が、ティアラの水着の中に滑るようにして入り込んでいたからだ。

 ちょっと待て! それ以上進入すると彼女の薄い胸が(あらわ)になってしまう! いや、俺的にはそれはスゲー嬉しいけど!


「あ……ぅ……」


 羞恥のせいかティアラの顔は真っ赤だ。だが触手の感触が気持ち悪いのか、その顔は不快そうに眉が寄っている。

 と思ったら今度は琥珀色の目が大きく見開き、彼女の全身がビクリと震えた。

 原因はすぐにわかった。なんと別の触手が、彼女の下側の水着の中に侵入を試みていたのだ。

 ちょっと待てええええ!? それはさすがに色々とヤバイからやめええええ!?

 と脳内で絶叫している場合ではなかった。

 背後に冷えた気配を感じた俺は、咄嗟に横に跳ぶ。

 刹那、ぶぉんと(くう)を切る音が耳を通り抜け、俺が居た場所の水が大きく飛沫(しぶき)を上げた。

 もしかしなくても、一番でかい透明熊の攻撃だ。鋭い爪の一撃は何とか受けずに済んだが、鬱陶しいなこいつ。

 安堵の息をつく暇もなく、アレクが俺に怒号に似た叫びを飛ばす。


「こいつらは他の生物の粘液を取り込んで回復するんだ! まずこっちを何とかしろ!」


 おいおいおい!? 粘液を取り込んで回復って、なにその卑猥な響き!? 何て羨ましい魔獣――じゃねぇ!

 このままではティアラがピンチ! 彼女の貞操は絶対に俺が守る!


「やああっ!?」


 そこでタニヤが声を上げたと同時に、俺の顔に何か温かい物が落ちてきて視界を覆う。慌ててそれを剥ぎ取って手に取る俺。

 自分の顔が瞬時に引き攣るのがわかった。

 それは、見たことのある白色のビキニ。

 温情で目はそっちに向けないでおいてやろう……。

 俺は触手透明熊に向かって助走をつけて跳躍し、剣を振り下ろしながら思いの丈を込めて叫んだ。


「タニヤのポロリとかいらねええええぇぇッ!?」

「何それ失礼すぎるでしょ!?」


 金髪侍女の抗議は無視し、まずはティアラを縛っていた触手を斬り離す。


「あうっ」


 バシャリと音を立て、湖の上に尻餅をつくティアラ。乱暴でごめんな。

 続けてアレク、そして最後にタニヤを縛っていた触手も斬っていく。

 相変わらず斬った感覚がないので、いまいちすっきりしないが。

 触手から解放されたアレクは素早くティアラとタニヤを抱えると、砂浜へ向かって一目散に走り出した。

 二人はアレクに任せるとして、あとは残った巨大透明熊を――。

 俺がそう考えていると、ホテルの方角からロングソードとレイピアを持った男達がこちらに向かって駆けて来るのが見えた。

 やっと来たか――。

 警備兵らしき三人の男の姿を確認した俺は、巨大透明熊に向き直り、再び水と砂を蹴った。








「本当に、申し訳ございませんでした」


 部屋一面ワインレッド色で覆い尽くされた、ホテルの一室。

 そこで俺達に頭を下げるのは、長い金髪を後ろで一つに纏めた美男子。

 彼こそアクアラルーン国の次期国王となる予定の、第一王子だ。

 アレクがクールな雰囲気のイケメンなら、この王子は爽やかイケメンと言ったところか。いや、女のアレクと比べるのはどうかと思うけどさ。

 レイクビーチに魔獣が出たとの報せを受け、城から飛んで来たらしい。


「いえ、大丈夫でしたし、もうお顔を上げてください王子」

「しかし大事なゲストである貴女(あなた)を危険な目に遭わせてしまったことには変わりありません。こちらが招待をしておきながら、貴女に警備の人間を一人もつけずに――」

「でも、それはいつものことですし。私の自由を尊重してくださっている結果ですので、こちらからは何も申し上げる権利はございません」

「……貴女に頼りになる護衛が就いてくださっていたことが、何よりの救いでした」


 王子はそこでやっと頭を上げると、俺とアレクに視線を送ってくる。

 まぁ、これが俺達の仕事なわけだし、別に誉められるようなことでもないと思うのだが。

 とか言いつつ、やはり誉められると内心ちょっと嬉しかったりする。


「念入りに湖を調べたとの報告を受けていたのですが、甘かったようですね……」

「あの魔獣は棲家を転々とするタイプです。今回はたまたまでしょう。今後は警備の人数を増やすことで充分対策になるかと。ですのでお気を落とさずに」

「そうか……。でも改めて再調査はさせるよ。どうもありがとう」


 アレクの言葉に王子は礼を言うと、そこでようやく微笑んだ。

 この程度の微笑でも絵になってしまうのだから、つくづくイケメンは卑怯だな、と俺は少しやっかむのだった。








「もう当分湖はいいわ……」

「そ、そうだね……」


 壁紙と同色のワインレッドのソファーに深く腰掛けたタニヤが、しみじみと呟く。そして彼女の言葉に隣に座っていたティアラもすぐさま同調した。

 どうやらあの透明熊の触手の動きは、彼女らの心にちょっとばかりの傷を与えた模様。

 ティアラの貞操が奪われずに済んだのは本当に良かった、と安堵する心がある一方、あのまま放っておいたらどんなお色気展開が繰り広げられていたのか……というイケナイ思考もちょっとあったりして。

 ってイカンイカン。この妄想はせめて寝る前にしておこう。


「なら今度は海はどうだ?」

「海ねぇ。うーん……」


 アレクの提案にもあまり良い反応を示さない二人。この分だと当分泳ぎに行くのは無理そうだな。俺がティアラと一緒に泳げる日は、果たしてくるのだろうか――。

 ま、今は未来の予定より、目の前の景色を堪能しますか。


「湖を見てみろ。意外と綺麗だぞ」


 窓の外を見ながら呟いた俺の言葉に、三人共腰を上げて窓に近寄る。


「わぁ。本当だ。綺麗だね」


 外はすっかり日が落ち、辺りには静かな闇が広がっている。その闇の中で青白い光が幾つもぽうっと浮かび上がっていた。

 この湖に生息している夜行性の魚が発光しているのだ。

 魔獣の生息域の再調査のため、しばらくの間レイクビーチは封鎖されるらしいが、この幻想的な景色が当分の間お預けになるのは少し勿体無いんじゃないのかな、と俺は他国の観光事業についてお節介な心配をするのだった。

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