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12話 彼女の笑顔が見たい誕生日(前編)

 俺は腕を組みしかめた顔を崩さぬまま、城下町のメイン通りを歩いていた。

 帯剣した長身の男が眉間に皺を寄せて歩いている絵面(えづら)は心和むものではないらしく、すれ違う人々は尽く俺から距離を取っているようだ。が、俺はそんなことをいちいち気にしてはいなかった。

 ついに明後日、ティアラが十六の誕生日を迎える。

 この国に一人しかいない世継ぎが晴れて大人の仲間入りをする、ということで、街の様子もいつもと違っていた。

 具体的にいえば、各露店や店舗で『王女様おめでとうバーゲンセール』が行われているのだ。

 まぁ、活気があるのは結構なことだし、今から俺もその恩恵を受けることになるだろうから、それについては特に言及しない。

 俺が悩んでいるのは、その当事者であるティアラに何を贈ろうか、というものだった。

『好きな子の誕生日』という一大イベントを、わざわざ見逃す理由などない。

 というわけでこうして休暇を利用して城下町までやって来たんだが、生まれて初めて経験するイベントだけに勝手がわからない。

 だから俺は、さっきから城下町のメイン通りを往復しているばかりだったのだ。

 自慢じゃないが俺は、誰かの誕生日に物を贈ったことなど一度もない。

 ましてや相手は女の子、しかもお姫様だ。どういう物を贈れば喜んでもらえるかなんて、検討もつかない。

 しかしショボイ物を贈って俺の好感度を下げてしまうような事態だけは、何としても避けたかった。

 その時ふと俺の目に入ったのは、シンプルなロゴの看板が掲げられた宝石店。

 煉瓦造りのその店はいかにも「上品です!」といった雰囲気を醸し出している。

 はっきり言って俺とは一生縁のなさそうな場所だが、ティアラの為にやはりこういう店に入った方がいいのか?

 しかし俺の給料三ヶ月分で一体どの程度の指輪が買えるのか――。

 ……っていやいやいや!?

 いきなりプロポーズはさすがに色々とすっ飛ばしすぎだぞ俺! 仮に実行したとしても、玉砕して抜け殻になる未来しか見えない!

 と脳内で頭を抱えていると、突然その宝石店の入り口が開き、栗色の髪をした二十代前半らしき女の人がニコニコとしながら出てきた。


「いらっしゃいませ。どうぞ中へ」

「…………あ」


 どうやら丁度入り口の前で止まっていたので、客と勘違いされたらしい。

 断るタイミングを完全に逃してしまった俺は、店員の促すまま中へ入るしかなかった。







 シックなブラウン調で統一された店内。

 小振りのガラスのショーケースが幾つも置かれ、その中には色とりどりの宝石があしらわれたネックレスやら指輪やらが並べられていた。

 奥のカウンター席には紫のドレスで着飾った恰幅の良いおばちゃんが座り、オホホホと上機嫌に店員と談笑している。

 あんな笑い方する奴本当にいたんだな……と変な感心をしている俺に、店員が(しゃく)に障らない程度の営業スマイルで俺に話し掛けてきた。


「彼女さんへの贈り物ですか?」


 彼女――。

 店員が何気なく放ったその単語が、俺の脳にじんわりと染み込んでいく。

 彼女か。うん、彼女ね。彼女。

 何という甘美な響きであろうか、彼女。

 彼女が俺の彼女って意味だよな。

 そうだよ彼女だよ。彼女彼女、彼女万歳!

 やばい、ニヤケが止まらなくなってきた。同時に彼女という言葉がだんだん俺の中で崩壊してきた。

 彼女ってどういう意味だったっけ?

 まぁいいや。とにかく素晴らしいなこの彼女という言葉は。ティアラが俺の彼女だったらもっと素晴らしいな!

 何度も同じことを考えて悦に浸っている俺を、店員が若干引いた顔で見つめていた。

 その視線に俺は我に返る。

 ……人前で何を考えているんだよ俺は。


「ええ、まぁ」


 俺はニヤケていた顔を瞬時にキリッと正しながら答えた。

 タニヤが見ていたら間違いなくプッという音と共に嘲笑されていただろうが、今はいないので何の問題もない。

 っつーか、咄嗟に彼女って肯定してしまったぞ。

 でも、これくらいの些細な嘘なら罰も当たらないだろ。


「それで、どのような物をお探しなのでしょうか?」

「えっと、それが全然決めていなくて。明後日が誕生日だから、何かプレゼントをと思っただけで――」

「まぁ。そのお方、姫様と同じ誕生日でいらっしゃるのですね」


 いや、その姫様本人なのだが。

 だがそれを正直に言ったところで面倒なことになる予感しかないので、黙っておく。


「お悩みでしたら、私がお手伝いさせて頂きますが?」

「あ、じゃあお願いしまス」


 参考になるかもしれないし、ここは素直に助けてもらおう。女性のことは女性に聞くのが一番だ。


「ではまず、彼女さんはどのような感じのお方なのでしょうか?」

「え? そうだな。まず、背が低いな。頭のてっぺんが俺の胸の高さしかなくて小さくて可愛い。髪は桃色のセミロングだ。柔らかそうで可愛い。目はぱっちりと大きく琥珀色で可愛い。とにかくもう全体的に可愛い」

「そ、そうですか」


 俺の説明を聞いた店員が引き攣った笑みを浮かべている。

 聞かれるままに答えてしまったが、冷静に思い返してみたら可愛いって言いすぎたかもしれない。

 ……いや、言い過ぎだ。これではただの惚気(のろけ)馬鹿じゃねーか!?

 奇声を発しながら全力で駆け出したいほどの羞恥心が俺を襲うが、今さら訂正することもできないので、俺は何とか平静を装いながら店員を見返した。


「そんな可愛らしいお方でしたら、こちらなんていかがでしょう?」


 そう言いつつ店員が持ってきたのは、中心に大きな黄色のリボンがくっ付いているカチューシャだった。リボンの真ん中には、小さく白い宝石が綺麗に並べられている。

 うわ。この白い宝石、小さいけど何だか高そうなオーラを出しているぞ……。

 いや、金額の確認はとりあえず後回しだ。

 なるほど、リボンか。確かにティアラが付けたら可愛いだろうな。

 でもリボンだと子供っぽすぎる気もする。確かにティアラは小柄で可愛らしいけど、一応大人の仲間入りをするわけだし。


「うーん。もう少し大人な感じのやつで」

「そうですか。少しお待ちくださいね」


 次に店員が持ってきたのは、親指ほどの大きさの、藍色の丸い宝石がびっしりと並んだネックレスだった。

 おい、確かに大人な感じのやつとは言ったけど、いきなり雰囲気変わりすぎだろ。キラキラというよりギラギラって感じだぞそれ。

 そういや以前小遣い稼ぎの護衛の仕事で会った成金ババァが、こんなどぎつい感じの指輪やネックレスをしていたな。

 清楚なティアラにこの雰囲気はちょっと……。

 当然これも却下だ。


「もうちょっと、控え目な感じで」


 俺の再度のリクエストにも、店員は嫌な顔一つせずまた答える。


「それでは、こちらの指輪なんかどうですか?」

「ええっ!?」


 店員の口から出た単語に、思わず俺は声を上げてしまっていた。

誕生日に指輪をあげるって、それ重くね!?

 ティアラと付き合ってもいないのにいきなり指輪とか、絶対引かれるだろ!


「あ、今重くね? て考えましたね? でも大丈夫です。私が提案しているのはピンキーリングといって、小指に嵌めるものなのですよ。右手なら幸せを呼び込むという意味が、左手なら願いを叶えるという意味があるものなのです」

「へー」


 俺は店員の説明に素直に感心する。そんな意味の指輪もあるんだな。

 小指に嵌める指輪か。

 指輪と言えば婚約指輪しか知識がなかった俺には、なかなか興味深い話だ。


「それ、いいかもしれない」

「そうですか? それで、彼女さんの指のサイズはどのくらいで――」


 店員の言葉は最後まで紡がれることはなかった。俺があまりにも変な顔をしてしまっていたからだろう。

 あぁそうだよ。俺がそんなことを知っているわけがないだろ……。

 指のサイズがわからないということで、当然この指輪も却下となった。

 勘で選ぶという選択肢もあったが、いざ付けようとした時にブカブカだったり入らなかったりしたら、格好悪いどころの話ではない。その後の気まずい雰囲気が容易に想像できてしまう。

 それにしても、なかなかこれだという物が見つからないな。

 やはり他の店をもっと見て回った方が良いのだろうか。

 その時俺の目に留まったのは、逆三角形の形に削られた赤い石がはめ込まれた物体だった。

 手に取って裏返すと、中心に銀色の金具が取り付けられていた。

 なるほど、これは髪飾りか。


「それは朱鮮石という石をあしらったバレットです」


 俺の横から店員が説明をする。聞いたことのない名前の石だ。

 まあ、元々石の種類とか詳しいわけでもないし。

 でもこの鮮やかな赤色は、ティアラの桃色の髪に映えそうだな。そして俺が身に着けている護身用ペンダントと同じ色をしている。

 はっ!? こ、これはもしかして、お揃いというやつなのでは!?

 …………よし、決めた。


「じゃあ、これで」

「ありがとうございます。それでは、お値段の方をすぐに確認して参りますね」


 俺はカウンターに向かう店員の後姿をぼんやりと見つめる。今、俺の心は高揚感で支配されていた。

 初めてこんな店に入り、そして初めて女の子のために物を買ったのだ。

 間違いなく俺は、この短時間で凄くレベルアップした。世に蔓延(はびこ)る冴えない男達の群れの中から一歩抜け出してやったぜ! と、上機嫌になったところで店員が戻ってきた。


「お待たせしました。現在セール中ですので、定価の二割引とさせていただきます。八万八千ですね」


 店員は「安いでしょ?」という雰囲気でさらっと言いやがったが、俺の口からは魂が抜け出そうになってしまった。

 ……しばらく何も買えねー……。







 俺はその日も、そして次の日も、肌身離さずプレゼントを持ち歩いていた。

 自分の部屋に置きっぱなしにしていたら、誰かに盗られてしまうかも――という不安が拭えなかったからだ。

 冷静に考えたらそんなことはありえないのだが、どうしても俺はティアラに直接渡すまで手放す気になれなかったのだ。

 ティアラを好きになってから、今までの自分では考えられないような思考に陥っていく。

 人によっては女々しい、と俺を指差して笑うだろう。

 でも俺はこれが初めての恋なわけだし、少し臆病になっていることは事実なので否定しない。

 どうか明日、彼女が俺に笑顔を見せてくれますように――。

 窓の外に浮かぶティアラの瞳と同じ色をした月。

 それを目に焼きつけるようにしばらく眺めた後、俺は祈りながら眠りに落ちた。







 そしていよいよ迎えた、ティアラの誕生日、当日――。

 謁見(えっけん)の間で城の関係者達が見守る中、ティアラの成人の儀式が執り行われていた。

ティアラは簡素な白のローブだけを身に(まと)い、陛下の前にかしずき頭を下げる。

 薄い材質の布の下に彼女の白い肌がうっすらと透けて見えて、俺は心の中でよっしゃ! と拳を握った。

 今晩は色々と(はかど)りそうですありがとうございます。

 神聖な儀式の最中によこしまなことを考えている俺に罰が当たりそうな気がしないでもないが、儀式というものは見ている側にとっては退屈でしかないものなのだから、これくらいは簡便してもらいたい。

 ――とか考えている間に、今度はお尻の辺りにくっきりと下着のラインが浮かんでいるのを発見。

 ……よっしゃ!





 滞りなく儀式を終えた後、今度は大広間で立食式の盛大なパーティーが開かれた。

 ティアラは淡い黄色のドレスに着替え、次々と祝福の言葉を述べに来る上流階級の奴らに終始笑顔で応対していた。

 中には酔った勢いで執拗に絡んでくるおっさんもいたが、俺とアレクがティアラの背後から睨みを効かすとすごすごと去って行った。

 それにしても脅威のおっさん率。

 右を見ても左を見てもおっさんだらけだ。まさにおっさんのバーゲンセール。

 ダンディーさ香る渋めのおっさんから豪快なおっさんまで、色々取り揃えております寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ってやかましいわ。何考えてんだよ俺!?

 どうやら想像を超えるおっさん率に、ちょっと頭がやられてきたようだ。

 ここは着飾った俺の主君を見て落ち着こう。

 ……うん、可愛い。天使。心が洗われる。

 それにしてもこの城に来て以来、俺と同年代の奴をほとんど見かけていなかったので薄々感じてはいたものの、ここまでとは。

 こいつらの何割がティアラの後ろにチラつく玉座を狙っているのかはわからんが、俺はあえて全員に言って回りたい。

 諦めろ、このロリコンどもめ、と。

 と、その時ティアラが俺とアレクの方へ振り返り、何やら言いたそうな顔を向けてきた。


「どうした?」

「マティウスもアレクも、お料理を食べてきていいよ」

「いや、俺達は仕事中だから」


 確かにテーブルに並ぶ料理はどれも美味そうで、思わず腹の虫がなりそうになる。

 だが、ティアラを放っておいてそれらを平らげるわけにもいかない。ここには色々な意味でティアラを狙っている奴がわんさかいるのだ。


「そう、か。そうだよね……。でも食べたくなったら遠慮なく言ってね」

「お気遣いありがとうございます、姫様」


 アレクがそれまでの無表情を崩し、少し目元を緩ませながらティアラに答える。

 こいつはティアラに対しては、比較的表情が柔らかくなるんだよな。

 でもその気持ちは俺も大いにわかる。彼女の持つ雰囲気が優しいから、自然とこっちもそれにつられてしまうんだ。

 そこで俺の視線に気付いたのか、アレクがこちらに振り返った。


「何ニヤニヤと見ているんだ。キモイ」


 ……で、俺に対しては無表情できつい一言を放つ、と。

 違いすぎる態度がいっそ清々(すがすが)しいわ。

 キモイの一言に軽く心を抉られた俺は何も言い返すことができず、ヒクリ、と口の端を痙攣させることしかできなかった。


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