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11話 初めてのおまじない

 いつものように就寝の挨拶を終え、ティアラの部屋を後にする俺達。

 俺の部屋と反対方向に部屋があるアレクとは扉の前で別れ、何となくタニヤと他愛もない会話をしながら、並んで廊下を歩く。

 そんな決められたサイクルも、たまに乱れる時がある。

 そう、タニヤがニマリと不吉な笑みを浮かべて足を止めた、今がまさにその時だ。


「ねえマティウス君。最近、私たち侍女の間で流行っているおまじないがあるんだけど、聞きたい?」

「んな言い方するなっての。どうせこっちが聞かなくても、勝手にお前は喋るだろうが」

「ふーん? 恋のおまじないなんだけど、聞きたくないのならやっぱり言わないでおくわ」


 ぐっ――!? 恋のおまじないだと!? そ、それはちょっとだけ気になる……かも……しれない。

 っていやいや。こいつに流されるな俺。


「おまじないとか、そんなもん迷信だ迷信。効果なんてないって。うん」


 俺はタニヤを置いて、先に自分の部屋へと戻――。


「マティウス君……」

「な、なんだよ」


 戻ろうとしたけど呼び止められてしまった。

 タニヤは先ほどの不吉な笑みより、さらにイラッとくるニヤけた顔をこちらに向けていた。


「相変わらず君は顔に出やすいというか……わかりやすいわねぇ」

「う!? うっせ!」


 一体俺がどんな顔をしていたのかはわからんが、密かに興味があるということはバレてしまったらしい。

 あぁ、そうですよ。俺も一応年頃の男のコですもん。初恋ですもん。そら興味ありますもん。

 くそ……開き直ってみたけど余計に恥ずかしいのは気のせいか……?

 タニヤは俺の顔の前で指をピッと一本立て、仕方ないわねぇと小さく呟くと得意満面な顔を作り、続けた。


「まず、好きな人の髪の毛を一本入手するの。それに自分の髪の毛を結んで、さらにそれを左手の薬指に巻き付けて一晩寝ると、両思いになれるっていうおまじないよ」

「そんなんで両思いになれるんなら、そこら中で髪の毛を拾ってる侍女がいるだろ」


 タニヤはそこでわざとらしく溜め息を吐き、若干目を細めながら続けた。


「マティウス君。私達のお仕事に『掃除』もあるってこと、忘れてない?」

「あ…………」


 確かにそうか。掃除をしながらだと床を注視していても、何ら怪しくはないもんな。


「そういうことならタニヤ、頼む。早速明日――」

「やだ♪」

「…………」


 俺の言葉を遮り満面の笑顔で拒否の意思を示したタニヤに、思わず顔を引き攣らせる俺。

 あぁ、わかっている。お前は面白そうなことが大好きだもんな。また俺の行動を観察して楽しもうとか考えてんだろうな! ちくしょう!


「私はしっかりと見ててあげるから、頑張ってねー」


 高みの見物宣言をした金髪侍女の後ろ姿を、俺は苦い顔で見送ることしかできなかった。







 ティアラの髪の毛か……。

 いつものように壁に背を預けながら、昨日の晩からすっかり頭の中に住み着いてしまった『髪の毛』という単語に俺は思いを巡らせる。

 彼女の柔らかな桃色の髪。きっと良い匂いがするんだろうな。

 俺にとっては超レアアイテムも同然だが、何としてでも入手したい。

 ベッドや枕の周辺を探してみるのが一番早く見つけられそうな気もするが、用もないのに勝手に寝室に入るとティアラに怪しまれてしまうから、それは無理だな。

 仕方なく俺はその場にしゃがみ、柔らかなベージュ色の絨毯に目を凝らす。

 視界の端に映る金髪侍女の姿は、必然的に強制排除。こっち見ンな。

 頼む……。一本でも良いから落ちていてくれ。できればこの周辺に。


「マティウス、どうしたの? 具合でも悪いの?」

「えっ!? い、いや、そのっ――」


 本から顔を上げたティアラが、不安そうな顔をこちらに向けている。

 しまった、いくら何でも行動があからさますぎたか。

 これはいきなりミッション失敗!?

 やばい。俺、こういうとっさの誤魔化しとか言い訳とかスゲー苦手なんだけど!


「い、いや。別に具合が悪いとかではなく。か、髪の毛を、ちょっと」

「髪の毛?」


 ぐああああっ!? 正直に言ってどうする俺ええええぇぇッ!?

 これは確実にティアラに怪しまれる! いや、最悪嫌われてしまう可能性も!?

 それは嫌だ! な、何とかして誤魔化さなければ!


「じ、実はだな、俺と同期の警備隊のハゲのおっさんが、ある願掛けをしたいとか言い出してさ」

「うん。願掛けって?」

「若い女の子の髪の毛、それも桃色の髪を頭頂部に乗せると、ちょっと生えてくるっていう……」


 いやいや、ねーよ!? いくら何でもその誤魔化しは苦しすぎるぞ俺!?

 そもそも願掛けとはいえ、他人の髪を頭に乗せる→生えてくる、という過程に説得力がなさすぎだっつーの!?

 成り行きを見守っていたタニヤが、ティアラの後ろで必死に笑いを堪えている。

 お前、絶対に今は声を出すなよ!? 絶対だぞ!?


「ふむ、もしかしてラルツェのことか? 知らなかったな。あのツルッパゲがまだ髪に執着していたとは……」


 頼む。アレク。それ以上何も喋らないでくれ。

 バレちゃうから。嘘がバレちゃうから。さらに俺が恋する侍女達と同等思考なことも、ティアラにバレちゃうから!

 これは後で、アレクに厳重に口止めをする必要があるな。

 それと勝手に名前を使われてしまったラルツェのおっさんに、今度何か差し入れしに行こう……。

 俺がそんなことを考えていると、ティアラが少し戸惑いを顔に浮かべながら口を開いた。


「そ、そうなんだ……。うん、じゃあ今晩マティウスが部屋を出る時に渡すから、その時にまた声をかけてね。私、忘れているかもしれないから」


 信じちゃったああああぁぁッ!?

 いや、俺的には助かったけれど、それでいいのかティアラ!? 簡単に騙されすぎなのでは!?

 ティアラって絶対押し売りに弱いタイプだろ!? これはもう、俺が将来彼女と一緒に住んで、彼女の代わりに怪しい勧誘を断ってやらないとダメだな、うん!


「あ、ありがとう……」


 俺の言うことを信じてくれる彼女にちょっと不安を覚えつつも、とりあえず俺は礼を言ったのだった。

 ちなみに、城の中に怪しい勧誘が来ることは絶対にない、ということに俺が気付いたのは、もう少し後になってからだった。

 人間冷静じゃなくなると、変なことを考えてしまうもんだな……。







 その夜――。

 部屋を出る前にティアラは俺に近寄り「そのおじさま、えっと……生えてくるといいね」と若干モジモジしながら、桃色の髪の毛を紙に包んで渡してくれた。

 俺は彼女に、乾いた笑いを返すことしかできなかったのだった。







 自分の部屋に戻った俺は、紙から取り出したティアラの髪をランプの前にかざし、笑みを浮かべていた。

 今日この瞬間ほど、光の女神に深く感謝したことはない。

 夜なのにはっきりとこの細い物体を視認することができるのは、光の女神の恩恵を受けた、目の前にある発色の良いランプのおかげだろう。

 アウラヴィスタ国は光の女神のおかげで、他国より夜が明るい。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。実にどうでもいい。

 ついに入手した、ティアラの髪の毛……。

 さすがに俺には犬並の嗅覚は備わってはいないので、甘い香りはしなかった。だが彼女の身体の一部が今この手の中にある、という事実だけで、俺の心臓は速度を落とすことはない。

 ちなみに「匂いを嗅いだのかよ!?」というツッコミは一切受け付けない。

 恋する男のコは色々と猪突猛進なのだ。触れるな。

 これを俺の髪の毛と結んで、そして左の薬指に……。

 やばい。ニヤけが止まらん。

 俺は鏡の前に立ち、自分のライトグリーンの髪を一本だけツマミ、引き抜く。

 う……ちょっと痛かった。

 ん? そういえば今までの人生で、自分の髪の毛を抜いたことなんてなかったな。

 祝、初体験!

 俺の頭の中で盛大なファンファーレが鳴り響く。

 さらに頭の中の小人さんが、紙吹雪を華麗に散らす。別の小人さんが「おめでとう」と書かれた弾幕を張り、大きな拍手と歓声が沸き起こる。

 ……大袈裟なのは気のせいだ。ちょっと浮かれているだけだ。

 さぁ、結ぶぞ。髪の毛だけど、ついに俺はティアラと合体しちゃうぞ。うわ、何かエロい!

 俺はティアラの柔らかな髪を持ち――。


 …………。

 ………………。


 俺の髪が短すぎて結べねええええええッ!


 い、いやいや。ここまできて諦めるわけにはいかん! 何としてでも結んでやる! 頑張れ俺!




 その後俺は明け方近くまで髪の毛を結ぶべく奮闘していたのだが、結局結ぶことは叶わず――。

 がっくりと床に両手を付き、俺はドトーの涙を流すしかなかったのだった……。


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