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サモン・ブック  作者: たられば
■神聖王国に潜む陰編
2/2

水の村1



 “智の都”インファータル。


 かつて神々が舞い降りた地として、暗黙の了解の下不可侵とされている神聖シルヴェスター王国。そのほぼ中央にある“王都”フローリエンスより北西に一日半程歩いた先、偉大なる先人達の智恵が集まる大陸屈指の学術都市はある。

 人口およそ三十万人。また、そのほとんどが聖職者という特色を持っていて、軍事色はあまり見られない。


 そんなインファータルには“智恵の神”ウィーズが舞い降り、智恵の実のなる不思議な木を植え人々に与えたという伝承がある。

 その神より賜った神聖なる樹木を人々は大切にし、それを中心とした神殿を建てた。しかし、四英雄伝説の舞台となる暗黒の時代が到来し、魔族との度重なる戦いの最中聖なる木は瘴気に当てられ枯れ果ててしまった。

 人々は嘆き悲しんだ。その悲嘆に暮れるさまを哀れに思ったのか、神は慈悲を与え、跡地に泉を作ったという。

 突如湧いたその泉は崩れた神殿の中、今なお静かに湧いていると言われている。



「…というのが今おれ達の向かっているインファータルに関する伝承っすね。」


「へえ。学術都市っていうからもっとごちゃっと人が集まってるかと思えば、そうでもないんだね。」


「ええ!? 三十万っすよ、三十万。一つの都市としては十分過ぎるほど多いっていうか、むしろよくもそんだけ人間いたもんだなーって思うところでしょ!」


 身振り手振りで驚きを伝えようと躍起になるフォートは知らない。ひよりが普段生活している都市の総人口を。ゆうに三百万を超える人々が生活するという常識の中で生きてきた彼女にとって、三十万というのは少ないんじゃないかと、疑問を思わせるに十分な物でしかなかった。


 まあ、こっちの世界は人口自体少なそうだもんなあと、思い当たったひよりがすぐに肩を竦めながら「そうかもね。」と言えば、それに満足したのか前を向いて雪道を歩き出すフォート。

 先程とは順番の違う隊列に、けれど決して文句は言わずついていく。

 だって寒いのだ。

 今現在向かい風、しかも強風。男二人を壁にして歩いて何が悪い。こちとらいきなり召喚されて事情説明もおざなりのまま次の街行くぞと言われて強制行軍真っ只中なのだ。これくらいやっても文句を言われる筋合いは無い。

 すでにポケットに突っ込んだ両手はすでに指先まで冷え切っていて感覚も怪しい。


「街着いたら良い宿取ってほしいね。」


「しけたボロ旅館に泊まる気は無い。」


「いや、あの…その宿泊費ってやっぱりおれが払うんですかね?」


 そんないつもの会話を交わしながら、昼頃まで歩き続けた。

 周囲が木々に覆われているため、どうにも進んだ感覚は薄いが結構な距離を歩いているらしくしだいに足が疲れを訴えてくる。

 普段から運動らしい運動をしていない万年帰宅部の女子高生であるひよりにとって、こういった距離を歩く行為は疲れる以外の何物でもない。

 なので当然、


「つかれた。」


「喧しい。さっさと行くぞ。」


「先を急ぐのも分かるけどねえ、効率悪いくない? 今ここで止まったら確かにしばらくは動けないかもしれないけどね、だからって無理に進んでも途中でダウンしちゃったら同じ事でしょ。だったら今ここで休憩挟んでもなんら問題無いと思わない? っていうか、いきなり呼び出した挙句に慣れない雪道夜中から歩き続けてここまで来たんだから休憩くらいさせなさいよ。」


 立て板に水とはまさにこの事。

 怨嗟の声がつらつらと流れ出るさまに彼女の限界を感じ取ったのか、不承不承と頷き荷物をおろす。

 その鮮やかなまでの“口”撃にフォートは心の中で拍手しつつ、すぐそばを流れている川で水を汲む。


 おそらくこのまま行けば、乗合馬車のルートまでそう遠くない。

 彼女の体力的に見て、あのまま歩き続けていれば夕暮れ前には着いていただろうが…ヘタに口出しすれば彼女の口撃対象は自分に代わっていたに違いない。それは避けたい、全力で。

 顔に流れる冷や汗をそっと拭いながら彼らが座る位置まで移動する。

 小腹がすいたなぁと、視線をぐるりと周囲に向けると、ひよりが着ている不思議な服のポケットから小さな板状の物を取り出しているのが見えた。


「それなんすか?」


「ああ、これ? ガムっていう…携帯食料の一種?」


「なぜに疑問形。」


「正確なところなんなのかは知らないから。そういう細かいとこ気にして食べてないし」


「えー…」


「おい、黙れ。」


 唐突に一人会話に参加せず腕を組んだまま黙り込んでいたリーズが口を開く。

 あまりにも端的すぎる言い分に、瞬時に言葉でもって迎撃しようとしたひよりも何事か感じ取って口を閉ざした。何やらただならぬ様子に声を潜めて問いかける。


「な、なんかいるんですかい」


「…あんた悪魔なのに分かんないの?」


「探知系能力には恵まれてないんでおれにゃあさっぱり。姐さんは?」


「何度も言うけどあたしはどこにでもいる普通の一般人なの。分かるわけないでしょ。」


 そう言いながら懐に忍ばせている不思議グッズ(本人曰く、現代のどこにでもある乙女の必需品)を握り締めているあたり、そんないかにも場慣れしてますって人がホイホイいられたらこわいんですけど…と、思いつつ、もしかしたら彼女の住んでる世界では普通なのかもしれないというこわい想像が頭をよぎる。

(姐さんみたいなお人がどこにでもいるって、そりゃあどんな危険に満ち溢れた世界だってんだあ? 世に言う魔界でもそう無いにちげえねえや。)

 軽く頭を振って今想像した物を打ち消す。


 とにかく今は現状把握に重点を置かなければ。そう気合いを入れ直し、ぐっと辺りを注意深く見渡す。

 悪魔である以上そういった気合い云々で視界が広がったりするわけではないが、気持ちの問題だ。そうした彼の視界には、これといって変な物は映っていない。しかし、自分がそうであっても主達にはそうでない場合も多いため、出来るだけ多くの情報を口にする。


「木々、枯れ木っすね。ここいらはいつの季節も大体雪が降ってるから。川、流れに特に変化は無いっす。空は、」


 そこで言葉が不自然に切る。

 疑問の声は飛ばず、視線が自然上へと向けられる。


「雲行きが怪しい。近くに村があったはずだ。そこへ向かう。」


 即座に指示を出し、自らも動き出すその姿は従うに値するものだ。

 もとより逆らう事の許されない立場にある“使い魔”フォートは勿論の事、上から目線が気に入らないと真っ向から反発する事を辞さないひよりも異世界という環境下にある以上彼の判断力を信頼している様に思える。


 荷を手早く持ち、足早に歩き始めた背を追いかける。

 迷いなく森をまっすぐ突っ切っているのを見るに、訪れた事のあるところなのだろうか。

(とりあえず、あったかい寝床で横にでもなれりゃあ最高なんだがねえ。)

 ちらりと視線を後ろに流す。

 予定よりも早く休憩を終えてしまったからだろう、後ろを歩くひよりの疲労の色は濃い。長い距離の移動はおろか軽く走る事すら難色を示す彼女の体力はもはや限界に近い。

(いっそ悪魔なら話は早いんだけど…まぁ、どうにもなりゃしねえもん考えてもしゃあねえか。)

 悪魔ならば召喚され使役される中でも、自分で作った簡易空間で休息を取れる。

 しかし、彼女はあくまで人間だ。異世界という理屈はよく分からないが、まったく別の場所からあらゆる法則を超えて主人が召喚してしまった存在。

 本来ならば起こり得ない現象。

 この世界の法則を超えた…

(あれ?)

 不意に頭をよぎったのは、つい最近聞き及んだフレーズ。

 はて何だったかと小首を傾げていると。


「どうか、した?」


 乱れた呼吸をどうにか整えながら尋ねてきたひよりに、「いえ何でも」と振り向いた瞬間思い当たる。

 彼女を召喚する少し前。自分が持ち帰り、今現在主であるリーズが持っている一冊の本。

 それを、主は、リーズはなんと言った?

(“在ってはならない物”って、それって…)

 この人が今ここにこうして存在してるって事も、世界の理から外れてるというのはすでにこの場にいる全員が理解している事で。ということは、だ。


(“在ってはならない者”って事になるんじゃ)


 これは果たして偶然か否か。

 自分では判断出来ない以上、上位の立場にある二人に話を振る必要がある。

 しかし、


「おい、話なら着いてからにしろ。」


「へい!」


「血の味がするわーヤダー」


「文句言ってないで走れ鈍間」


「魔法関連以外にはまごうことなく脳筋なあんたと一緒にしないでくんない?」


「ノウキンが何なのかは知らんが、大方碌でもない物だという事は分かった。あと魔術と法術を一緒くたにするなと何度言わせる気だバカめ。そこになおれ。」


「いやいやいやっだからそんな言い合いしてる場合じゃないでしょー!?」


 いつもの言い合いに、いつものつっこみ。当たり前のそれらに気を取られ、彼はすっかり先程まで自分の中を占めていた懸念をどこぞかにやってしまった


 後々それが再び厄介事につながっていく事をこの時、まだ誰も知らない。




 そうして程無くひとつの村へと辿り着いた一行。

 そこはアクエルという名の小さな農村だった。

 着くと同時にぽつりぽつりと頬を打ち始めた水滴に、間一髪だった事を知り肩の力が抜ける。


「今日はここで一泊させてもらう。村長に話をつけに行くぞ。」


「了解っす。」


 まるで道を知ってるかの様に足を動かすリーズに疑問を抱きながら付き従う。

 ふと後ろを見やると、ひよりの足が止まっている事に気づく。


「姐さーん? 行きますよー。」


 そう離れていなかったので、すぐ声に気づいたらしい。小走りで駆け寄ってきた。

 その表情は愉快げに口の端が持ち上がっており、フォートは思わずひくりと顔を引きつらせる。

 嫌な予感しかしない。


 しがない使い魔に過ぎないと自己を評価しているフォートにとって、たとえ人間であれど使い魔として先に召喚された彼女は、主であるリーズにより近い。つまり、自分にとってまごうことなく上位に位置する存在だ。その為、彼女が自分に命令してきた場合、主であるリーズがその内容を細部に渡るまで理解した上で撤回命令を出さない限り従わねばならない。


 悲しき使い魔のさがだ。


「で、姐さん。あんたァ何でそんな楽しそうなんすか。」


「別に?」


(わあ、素敵な笑顔デスネ~。)

 爽やかな春風そよぐ草原でもバックにしていそうな程の爽快な笑顔に、彼女が相当現状を楽しんでいる事を知って何とも言えない焦りを感じる。

 彼女の楽しみ=(イコール)主の機嫌が急降下

 この式はある程度どんな場面においても成立するので、是非とも心に留めておきたい。というか留めておかないと自分の命に関わる。割と本気で。

 たらりと頬を伝う汗。

 彼女は自ら口を割る様子は無い。


「えーっとぉ…」


「時にフォート。」


「はい?」


「人が最も嫌がる事って何だと思う?」


「え…そりゃあ、自分の嫌いな物とか人見たりとか、ですかね?」


 唐突な質問に対し、答えられたのは当たり前といえば当たり前すぎる内容で。平凡極まりない物だった。

 しかし、彼女は気にせず上機嫌に笑っている。


「そうだね。それも間違ってない。でもね、人によってはそれ以上に厭う事も世の中にはあるんだよお?」


 わざとらしく伸ばされた語尾。細められたこげ茶の瞳はまるでチェシャ猫の様に見る人を不安にさせる怪しさが見え隠れしていると、もし彼女の世界の文化をより知っていれば思っただろう。

 フォートはひたすら考える。彼女の脳裏に描かれた愉快な出来事。人によってはという事は、まず間違い無くその“人”に含まれるであろう主が嫌がりそうな事。


「うーん…やっぱ人間の感性じゃないと分かんないもん?」


 ひよりの不思議そうな顔に渋々首肯する。どうやらまだまだ自分は人間という物を理解仕切れていないらしい。

 それなりに長く人間と共にあると驕っていたのかもしれない。情けない事だ。


「川辺で雲行きが怪しくなったのを確認した時、あいつ迷わず村があるって断言したでしょ? しかもそこまで大きくない村。ヘタすれば地図にも載ってないんじゃない? でも、あいつは知ってた。って事は、ここに来た事が少なくとも一回以上はある。あいつの記憶力が良いのは知ってるから、もしかしたら一回こっきりかもしれないけど、それでも十分よね。」


「…十分ってのは、」


「あいつ、召喚術の先生とずっと生活してたでしょ。で、ほとんど修行場である山から出ず、幼少期からずっと」


「ああ、そういや前にも言ってましたっけ…え、で? それが何かあるんすか。」


「あいつの上から目線の態度、先生の前では出ないんだよねえ。あいつが昔、ここに立ち寄った事があるなら、それは間違い無く先生と一緒のはず。という事は、先生とこの村の人はかかわりがあるって事。ある一定以上の召喚士にとって距離なんて有って無い物だとかなんとか前に言ってたし、自分の敬愛する先生の耳に入りかねない場所で不敬な態度を取るとも思えないのよ。…ここまで言ったらそろそろ分かってきた?」


「あー…殊勝な態度のご主人が見れる、とかそういう…」


Exactlyそのとおり! プライドの高いあいつのその姿は是非とも見ておきたいわよね。と、もちろんそれだけじゃないわよ? さっきも言ったけど人によっては嫌がる事ってのは自分の幼少期をネタに話される事よ。自分の幼少期の事をぺらぺら喋られるのを嫌がる人間って結構多いからね。これでしばらくあいつをからかうネタが出来たってわけ。いやー無駄に歩かされた甲斐があったわ。」


 満面の笑みでそう言ってのける人間の少女に戦慄する。

 正直悪魔の自分なんて遠く及ばない程に彼女は頭が回る。それも、人間であるがゆえに人間が嫌がるなんたるかを心得ているという前提もあって、凶悪だ。


「そんなわけで、黙っててね?」


 口止めを忘れず行なうあたり、人が悪い。

 そもそも報告したところで、主人の機嫌が下降するのが早いか遅いかの違いしか生まれない今。彼女を諌めたところで無駄なのだ。そういう状況を見事に彼女は整え終わっているのだから。 


 彼女の悪意いたずらごころは、時と場合と相手によって悪魔のそれよりもよっぽど恐ろしい。


 出会ってから今に至るまで何度と無く思った事だが、改めて今、フォートはそう感じた。




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