第6話:平に御容赦くださいっ!
「最後の質問なのですけれども、よろしいでしょうか?」
「もちろん構わない。何だろう?」
「私は卑しい聖女ですので、この国で奉仕したいのです。ミヘバイル王国内では、魔法を使って叱られたり目立ったりしないでしょうか?」
「叱られはしないだろうが……」
自在に飛んだりドラゴンを倒したりしたら、どこ行ったって目立つと思うのだが。
目の前の不思議な少女は、自分の魔法についてどう考えているのだろうな?
むしろそちらのほうが気になる。
というかこの額に赤い印が輝く少女の何もかもが気になる。
「ともかくオレは助かった。君のおかげだ」
「いえいえ、私は卑しい聖女ですので当然のことでございます」
「オレを食うはずだったドラゴンが、今オレの胃袋に収まっている。このことに関しては人生の無常を感じざるを得ないが」
「うふふ。ドラゴンも災難でしたねえ。でもおいしかったです」
災難が何か言ってる。
いや、災難なんて言い草がひどいな。
オレにとっては女神の慈悲そのものだ。
助かったことが今でも信じられないくらいだが、ざっくり切れて破損した防具がオレを現実に引き戻す。
……そもそもこの少女は何だ?
卑しい聖女でとんでもない魔法の使い手という以外の情報がない。
大体どうしてガルヴァを出国する気になったんだ?
ガルヴァ~ミヘバイル間に船便はあるのに、何故ルホークリス大山脈なんて人の訪れるべきでないところにいる?
「君はどうしてミヘバイルへ来ようとしたんだ?」
「はい、思う存分奉仕をしたいからです」
「奉仕? いや、君ほどの魔道士をどうしてガルヴァは手放したんだってことを聞きたいのだが」
「手放す?」
あれ、首かしげてるぞ?
本気でわかってないみたいだ。
「君みたいな超絶魔道士がそんじょそこらにいるわけがないだろう?」
「そうなのですか? 確かに故郷の里には私一人でしたが」
里?
つまりド田舎出身で、ガルヴァはこの少女の存在を知らない?
あり得る。
ガルヴァがこんな超絶魔法使いの存在を知ったら、囲い込むに決まってるじゃないか。
えらいことになってきたぞ。
「オレは君ほどの魔法使いを見たことがない。故郷の里では大事にされていなかったのかい?」
「いえ、私は『業深き者』ですので、むしろ厄介者で」
「『業深き者』?」
「あっ、それは内緒なのでした!」
アタフタする少女。
何これ?
わけがわからんなあ。
ここは一つ……。
「オレは君に命を救われた。だから君に協力することにする。君が死ねと言えば死ぬし、秘密にしろといえば秘密にしよう」
「はあ」
「君の置かれている状況がまるで理解できない。これでは君の力になりようがない。どういうことなんだ? 説明してくれ」
こんな言葉一つで信用されるわけもないか。
あれ、信用して話してくれるみたいだな。
ちょろくないか?
やはり何も知らないでミヘバイルに来た説が有力に思える。
「私もわざわざミヘバイルまで来て働けないのでは困ります。あなた様を信用いたしますのでお助けください」
「わかった。ではまず、卑しい聖女とは何なのか教えてくれ。どうも俺の考えている聖女とは全く概念が異なるように思える」
「はい。ガルヴァ王国で聖女と言いますと……」
生まれながら全ての女性が回復魔法を使える集落がある?
つまりこの少女の故郷である里だな?
しかしそれは罪を得ているからで、奉仕をして許されなければならない?
理屈が合っているようないないような……。
「……というわけで、卑しい聖女は眉間の少し上に赤い印があるのです。この印が消えるまで奉仕せねばなりません」
「ふむふむ、ガルヴァにはそういう伝承と差別があることは理解した。そして『業深き者』とは?」
「これは内緒にしろと言われているので、他言無用にお願いします」
「わかった」
「『業深き者』は多くの罪を背負い呪われた者のことで、いくら奉仕しても魔法の力が消えないのです。決して許されることなく、生涯罪人として過ごさねばなりません」
「……つまり君のそのバカげた魔法の力は、失われることなくずっと続くと」
「そうです。恥ずかしながら」
何が恥ずかしいものか。
素晴らしい魔法の力を使い放題ということではないか。
しかし自分の価値を把握していないことは非常に危ないな。
オレが接触したのはまさに天の配剤なのかもしれない。
「君が奉仕をしたいという理由は把握した。が、わざわざミヘバイルへ来てまで奉仕をしようというのは? ガルヴァではダメだったのか?」
「私は呪いのせいで力が大きいものですから、他の聖女も私ほどの力を持っていると思われると迷惑だと。また良からぬことに利用されるかもしれないと」
「なるほど。君の力が良からぬことに利用される可能性は、ミヘバイルでも同じだとは理解しているかな?」
「えっ? いや、あの、私は本当に思う存分奉仕できればいいのです。目一杯私が働けば、里の罪も許されるかもしれませんので」
そういう理屈なのか。
純粋な勤労と償いの思いであって、全く卑しいことなんてないじゃないか。
いじらしい、正真正銘の聖女だ。
もっとも他人に利用される危険が去ったわけではない。
オレが力になってやろうではないか。
「殿下!」
お、ようやく救助隊が来たか。
「御無事で何よりです。しかし一人でドラゴンの生態調査になど出かけてはダメだと、あれほど申したではありませぬか! 大変に危険なのですぞ!」
「悪い悪い」
「しかし……あの亡骸はドラゴンのように思えますな」
「ああ。こちらの少女が魔法一発で倒した」
「魔法一発で? まさか!」
「オレも自分で見たのでなければ信じられない。オレ自身も死にかけていたところを回復魔法で救ってもらったのだ」
「そういえば鎧がズタボロでございますな」
「だろう? 驚異的な魔法の使い手だ」
「あのう……」
ん? 聖女殿が何だろう?
質問には全て答える約束だったな。
遠慮なくどうぞ。
「殿下、というのは?」
「申し遅れてすまなかった。オレはこの国の第一王子クレイオス・ミヘバイルという者だ」
「ええええっ! 王子様だったんですか? そそそそそれは大変失礼なことをいたしました。平に平に御容赦くださいっ!」
少女が這いつくばる。
命の恩人にそんな格好をされると、こっちが居心地悪いんだが。
「殿下、こちらの魔法少女は?」
「ガルヴァの聖女だそうだ。奇特なことに、ミヘバイルで奉仕をしたいとのことではるばる来たとのこと」
「おお、何と素晴らしい!」
「一人でホークリス大山脈を越えてきたんだぞ? 実力が察せられるだろう?」
「自分の実力も察せずドラゴンに挑む誰かさんとは大違いですな」
挑んだわけではないわ!
オレを愚か者みたいに。
反省はしているというのに。
さて、聖女殿に礼をせねばならんな。
「聖女殿、奉仕とは具体的に何をしたいのだ?」
「ガルヴァの王都ザラキには治療院というものがあるのです。低価格でケガを治したり、食中毒を癒したりするもので……」
「なるほど、それはいいな。ガルヴァも侮れんではないか。ではミヘバイルの首都コトールに専用の奉仕院を建て、聖女殿に思う存分奉仕をしていただくのはどうだろう?」
「ええっ? そ、そんな大層なものを私のために建てるなんていけません!」
「ではこのドラゴンの亡骸から剝ぎ取った素材を売り、その金で奉仕院を建てればいいかな? 聖女殿の生活費は王家で出すから、好きなようにやってくれ」
「そ、そういうことでありましたら」
「決まりだ。コトールに帰還する」
おお、そうだ。
「聖女殿の名前は」
「ヒミコと申します」




