第5話:ドラゴンが……
――――――――――ミヘバイル王国クレイオス第一王子視点。
あ、ありのまま今起こったことを話すぞ?
空から少女が降りてきたんだ。
そしてドラゴンを魔法一発で倒した。
外皮が鱗で覆われているため魔法防御の高いドラゴンが、魔法一発で倒せるわけないだろうって?
いや、まあオレだってこの目で見たのでなければ信じられないけれども。
ドラゴンの首が刎ねられて宙を舞うなんてのは。
事実は奇なのだ。
十代半ばだろうか?
額の真ん中に赤く輝く印のある美しい少女だった。
修道女に似た服を着ているが帽子は被っておらず、艶やかな黒髪がまるで天女のように見えた。
オレが大ケガしているからだろう。
少女の表情が曇り、心配そうに話しかけてくる。
「あの、大丈夫でしたか? まあ、おケガをなさっているではありませんか」
「……ああ、治療はするだけムダだ。あんたの薬を使わずとも……ええええええ?」
ちぎれかけてたオレの左足が、強烈な魔力光とともに瞬時に元通りになった。
骨折も創傷も無数にあり、内臓もやられてたはずなんだが、何これ?
常識では考えられないことなのだが。
夢を見ているのでなければ、これはデタラメな威力の回復魔法の効果なのか?
数分この少女の登場が遅れれば、オレはドラゴンに食われていただろう。
いや、普通に助けが現れたとしても、何でもないようにドラゴンを屠るなんて絶対にあり得ないからな?
あり得ないことが重なってオレは命を命を取り留めた
天の配剤と思わざるを得ない。
儚げに微笑むこの少女は……。
「す、すごい。考えられないほどの効果の魔法だ。あ、あなたは天女様なのか?」
「いいえ、私は卑しい聖女でございます」
……一瞬思考が停止した。
聖女はわかるが、卑しい聖女?
『卑しい』って『聖女』の修飾語になるんだっけ?
でもこの少女は言い慣れてるんだろうな。
当たり前みたいな顔をしている。
「……卑しい、とはどういう意味だろうか?」
「あっ、卑しいというのはひょっとして方言でしたかね? 身分が低いとか、取るに足らないくらいの意味です」
「……」
聞き違いではないな。
この少女は確かに『卑しい聖女』と言っている。
これほど強力で圧倒的な魔法を使えるのだから、聖女というのは異論がない。
ただし卑しいというのはわけがわからない。
混乱しているオレに自称聖女が話しかけてきた。
「あのう、私わからないことが多くて困っているのです。いくつか質問をしてもよろしいでしょうか」
「オレもわからないことばかりだが、何なりとどうぞ。オレは君に命を救われた。オレの知ることなら何でも答えよう」
「ありがとうございます。大変助かります。ここはもう、ミヘバイル王国領内でよろしいですか?」
「えっ? ああ、もちろん」
おかしな質問に思える。
まるで別の国から来たような。
いや、信じがたいような魔法を使う少女だ。
もしこんな少女が我がミヘバイル王国に存在していたら、知らないわけはないか。
では本当に外国から来たと考えたほうが理に適うな。
ここルホークリス大山脈はガルヴァとの国境になっている。
魔物多き山脈を越えてきたとすると、この少女はガルヴァ人なのか?
そう決めつけるのは早計か?
昔はガルヴァとミヘバイルが街道で結ばれていたため、交易を行っていた時代もあったという。
が、大災害以降は街道も無残に破壊されてしまい、さらに魔物が多くなったため、行き交う者も絶えて久しい。
しかしこれほどの魔法の使い手ならば、祖国でも間違いなく超有名人物だろう。
下世話な言い方かもしれんが、戦力として手放せないはず。
我がミヘバイルとガルヴァは隣国でありながら、現在国交がない。
ルホークリス大山脈による隔絶のせいばかりでなく、自尊主義的なガルヴァとは考え方が合わないのだ。
この驚くべき少女がガルヴァ人だとしたら、予告なくフラッと来るなんてことあり得るか?
さらに聖女が卑しいというのも全く意味不明だ。
ニッコリする自称聖女。
「よかった。ようやく着きました。街道が途中で途切れていたので迷子になってしまって」
「君は街道沿いに来たのか。では東のガルヴァ王国から?」
「はい」
やはりガルヴァ人か。
ええ? ということは強力な魔物の多い国境を一人で越えてきたのか?
いかに強力な魔法の使い手と言っても無謀じゃないか?
「国境のルホークリス大山脈は大災害以来、強力な魔物が発生するようになったんだ。魔素の分布が影響していると言われているが」
「ここからちょっと東の峠になってる辺りの魔物が一番強かったですね」
いや、今君が倒したドラゴンだって最強クラスの魔物って言われてるんだからね?
もっと強い魔物が湧いてるの?
しかも強さを知ってるってことは倒してきてるの?
「その強い魔物と手合わせしてきたのかい?」
「はい。恥ずかしながら道に迷っている内に手持ちの食料が尽きてしまいまして」
「道に迷ったって……」
「食草やおいしそうな草食魔獣を探していたら襲ってくるものですから」
「ええ?」
ドラゴン以上の強い魔物が生息している地域に、草食魔獣なんか生息しているかな?
いや、問題はそこじゃないだろ!
ムチャクチャだ!
「次の質問ですけれども、あなた様はコンパスというものを御存じでしょうか?」
「もちろん知っているが」
「よかったです! どういうものか教えてくださると助かるのですが」
昔の街道なんて、強力な魔物の跋扈するルホークリス山脈では寸断どころか跡形もないんじゃないか?
山は天候も変わりやすいし、魔素の濃いところでは感覚も狂いやすいというし。
ならばコンパスなしで方向を知るのは難しいと思うが。
いや、実際に迷ったって言ってたか。
あれ? コンパスを持ってはいるんだな?
「コンパスって持っていれば道に迷わなくなる、お守りみたいなものだと思っていたら、どうも違うようで」
「コンパスは指針が魔道極のある方向を指す道具だ。現在魔道極は真北にあるから、その他の方角もわかる」
「あっ、北の方向を指す道具だったのですか。道理で」
何だコンパスがお守りって。
コンパス持っていても、何の役にも立ってないじゃないか。
大丈夫かこの少女?
いや実際に大丈夫でないのは彼女じゃなくて、ドラゴンにやられて死にかけたオレのほうだったりする。
実に理不尽と言うか、魔法の力がすご過ぎるというか。
「三つ目の質問です。ドラゴンっておいしいでしょうか?」
「えっ? ……いや、食べたことはないので味はわからんが」
「ですよね。私もドラゴンに遭ったのは初めてなのでどうしたものかと。無用な殺生は避けたいのですが、不味いのでしたらドラゴンを昼食にするのはやめて、別のおいしそうな魔物を狩りたいです」
「古くから食用にされることはあるようだよ」
神話とか伝説ではね。
そうそうドラゴンなんて倒せるものじゃないから。
「そうでしたか。ではいただきましょう。あなた様はお腹がおすきではないですか?」
「……言われてみれば」
ドラゴンに襲われた興奮が収まると腹が減っているような。
何て手際よくドラゴンを解体して肉にしているんだ。
この少女何者?
いや、卑しい聖女って言ってたか。
聖女が卑しいの定義がわからない。
どこから出したのか、鉄板でドラゴン肉を焼いて塩をかけてくれた。
「ドラゴン肉のステーキか。豪勢だな」
「どうぞ、食してくださいませ」
「うむ、ありがとう」
「では私も遠慮なく。いただきます」
頭の中に疑問符が飛び交い過ぎて味がわからない。
ただ美味そうにドラゴン肉を頬張る少女の顔が印象的に思った。




