第3話:西へ
「そうかい、ヒミコは『業深き者』だったのかい。道理で……」
タルモさんが難しい顔になります。
ちなみに『業深き者』とは、里の外でいくら奉仕しても魔法の力が消えない者を指します。
数十年に一人の割合で生まれるとされ、罪を贖うことができませんので通常は里に残るものなのです。
「チンピラに絡まれたのがあんただったのは幸いだったかもしれないね。聖女とは舐めてかかると怖いものだという意識を刷り込めたかもしれない」
「えっ? さほど怖い目には遭わせていないつもりなのですが」
「目に見えるように身動き取れなくなる魔法を使ったことがだよ。どうしても聖女は侮られるからね」
「お役に立てたようで嬉しいです」
「かかかっ、あんたは大物だねえ。しかし『業深き者』か。それなのにザラキで奉仕がしたいと?」
「はい、ぜひ!」
『業深き者』は罪から解放されることがないので、奉仕する甲斐がないのではないかという、タルモさんの疑問のようです。
が、私の考えは違いました。
「あんたは魔力を使い切ることがないんだよ? いつまで経っても聖女と蔑まれ続けることになる。なのにどうして里を出てきたんだい?」
「はい。逆に私はずっと魔法を使い続けることができます。死ぬまで奉仕すれば、贖罪の里が許されるんじゃないかと思ったのです」
タルモさんが目を丸くしました。
「……あんた自身はずっと見下され、バカにされ続けることになるんだよ? いいのかい?」
「はい、覚悟はできております。頑張ります」
「そうかい、いい子だね」
全てわかっていて王都ザラキに来たつもりでした。
私はやります。
魔法の力だけはあり余っていますから。
しかしタルモさんに意外なことを言われたのです。
「だが残念だね。あんたをザラキに置いとくわけにはいかないんだ」
「えっ? どうしてでしょうか?」
タルモさんは贖罪の里からガルヴァ王国の首都ザラキに聖女を集め、寄付とわずかな治療費で運営する治療院を司っています。
いくらでも魔法を使える私がいたなら、経営に貢献すると同時に奉仕で罪を贖うことができるでしょう。
いいことだと思ったのですが。
「あんたが『業深き者』だからだよ」
「はい、だからこそ魔法でたくさん貢献できると考えていました」
「あんたは本当にいい子だね。あんた個人の事情で言えばその通りなんだが、『業深き者』の力は強過ぎるんだよ」
タルモさんは言うことには、他の聖女が私クラスの魔法を要求されたら潰れてしまうとのことでした。
かといって力を制限したら、どんどん奉仕したい私の目的に合いませんし。
確かに私がザラキの治療院にいては都合がよろしくないようですね。
「なるほど……里にいたままでは理解できないことだったかもしれません。これだけでザラキまで来た甲斐がありました。タルモさん、ありがとうございました」
「かかかっ、ヒミコは真面目だね」
真面目だけが取り柄だと思っています。
その真面目と魔法の力を何とか生かしたのですが……。
「あんた自身にとってもよくないんだ。特別に力が強く、魔法を失わない聖女なんてものの存在が知られたら、誰に悪用されるかわかったもんじゃない」
「はあ……そういうものなのですね?」
「あんたも危機意識を持つんだ。『業深き者』であることは、滅多な者に話すんじゃないよ」
「わかりました」
いえ、理屈はよくわからないのです。
でもこれだけ親身になって教えてくださる、経験豊富なタルモさんの言うことですから、従っていて間違いはないでしょう。
でも困りました。
私はどうすればいいんでしょう?
「どうすべきかねえ。ヒミコはどんな魔法が使えるんだい?」
「里で知られているくらいの魔法でしたら、大体何でも使えると思います」
「だろうねえ、『業深き者』だもの。聖女でさえなかったら宮廷魔道士になるのが一番いい。『業深き者』はおそらく世界最高の実践魔法技術を持つだろうからね」
「聖女だと宮廷魔道士になるのはまずいのですか?」
宮廷魔道士だと、目的の奉仕とはちょっと離れる気はいたしますが。
「よろしくないね。どういうわけだかわからないが、ガルヴァ王国の中枢に近いほど聖女に対する警戒が強いんだ」
「そうなのですね?」
「ああ。宮廷魔道士なんかにあんたが見つかるなんて、想像したくもないね」
ぶるぶる。
本当に私が『業深き者』だとバレるのはまずいようです。
よっぽど注意しないと。
「里に出戻るのがあんたの安全のためには一番いいんだが……まあ肩身が狭いか」
「そうですね」
食い扶持が増えちゃいますものね。
里はなるべく聖女を外に出したいですから。
私もすごすごと戻るのは恥ずかしいです。
「西へ行きな」
「えっ? 西と言いますと?」
「あんた、『業深き者』なら攻撃魔法も使えるんだろう?」
「はい、もちろんです」
「ここに地図がある」
ええと、ミヘバイル王国?
「お隣の国なのに知りませんでした」
「知らないのはムリもないさ。基本的に里とザラキを知っていればいいあたし達にとっちゃどうでもいいことだからね。ガルヴァの隣国にも拘らず、ほとんど交流がない』
「何故でしょう?」
「隣と言っても西方諸国は遠いからね。それでも昔は交易しようって機運が盛り上がった時代もあったのさ。当時街道が作られた」
「街道があるなら……」
「天災で途切れちまったって聞いたね。地震だったかな? それで魔物避けの効果もなくなっちまって、腕自慢の冒険者か調査隊くらいしか通らないそうな」
「はあ」
「わからないかい? ミヘバイルならガルヴァの聖女の事情なんか知らないってことさ。いや、もちろん学者とかなら知ってるだろうけどね。向こうに行けばタダでケガを治す聖女はバカにされることもなく、大事にされる可能性が高いんじゃないか」
「大事に、ですか?」
卑しい聖女が大事にされるなんてことがあり得るんですね?
驚きです。
今まで考えたこともありませんでした。
自らの免罪のために魔法で奉仕するのが当たり前だと思っていましたから。
「ヒミコもどうせ一生奉仕する気なら、冷たい目で見られない方がいいだろう?」
「それはそうですね」
「確認するけど、魔物狩りに問題はないんだね? 行き来がなくなったってことは、国境地帯にはかなり凶悪な魔物が生息しているということだと思うんだ」
「はい、特に問題はないです」
「魔物を捌いて肉として食べることは?」
「得意です」
「大したもんだね。魔法で飲み水は出せる?」
「もちろんです」
「夜寝てる間に結界は?」
「張れます」
「ハハッ、パーフェクトだね。あんたの新天地は西にある。三ヶ月以上かかると思うが行っといで」
「あのう、タルモさん?」
「ん? やっぱり怖いかい? ムリにとは言わないよ」
「いえ、私飛行魔法を使えますので、そんなにかからないと思います」
タルモさんのあんぐり開けた口が見事です。
「そうか、飛行魔法……つくづくあんたは旅向きだね。今まで西へ行った聖女はいないんだ。聖女に対する偏見のないだろうミヘバイルなら、あんたがいくら魔法で奉仕しようとも障りはないだろうさ」
思う存分奉仕に打ち込めるということですね。
頑張ります!
「わかってると思うけど、ガルヴァ王国領内で飛行魔法を見せるんじゃないよ」
「はい」
実はザラキに来る時使ってしまいました。
今後は注意します。
「タルモさん、貴重な御意見ありがとうございました」
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……というのがおよそ半月前のことです。
私は街道を西に進んでいますが、まだたまに人に会いますね。
もう少し辛抱して歩きましょう。




