第1話:私は卑しい聖女でございます
「お父、足が痛いよう。もう歩けないよう……」
「そうか、困ったな。まだ目的の場所までかなり距離があるというのに」
ガルヴァ王国の首都ザラキから西へ通じている街道の途中です。
西の隣国との国境は大山脈だと言われていますが、この辺りまで来ると集落の数も少なくなってきます。
前に親子連れがいますが、お子さんの方に不都合があるようです。
お可哀そうに。
どうやら私の出番ですね。
「もうし、坊っちゃんがおケガでもされましたか?」
「やや、これは……何だ。聖女か」
「はい、卑しい聖女でございます」
親御さんは急にぞんざいな口調になりましたが、仕方ありません。
だって私は罪人、卑しき聖女ヒミコですから。
おでこの赤い印を見れば一目瞭然です。
聖女の中には白い目で見られるのを嫌っておでこを隠している者も多いのですけれど、私は隠しておりませんしね。
「息子が足をくじいたようなのだ。銅貨をくれてやるからとっとと治せ」
「おありがとうございます。では坊っちゃん、おみ足を拝見いたします」
「うん、足首が痛いんだ」
「足首ですね。これはどうですか?」
「平気」
「これは?」
「い、痛いです」
見かけ少々腫れもありますし、完全にくじいています。
これは歩けません。
お可哀そうに。
「大丈夫ですよ、すぐに治りますからね」
「本当?」
「はい。ヒール!」
回復魔法がよく効くケースです。
患部が魔力で光ると坊っちゃんが目を丸くしていますね。
魔法を見たのは初めてなのかもしれません。
坊っちゃんの足を流れる魔力の滞りがなくなりました。
ええ、問題ないと思います。
「坊っちゃん、いかがでしょうか?」
「痛くない! お姉ちゃん、ありがとう!」
「よかったですね」
「坊よ、礼などいいのだ。その女は聖女なのだから」
「そ、そうなの?」
坊ちゃんは戸惑っていらっしゃいます。
聖女を御存じでないようです。
礼など必要ないのですよ。
聖女は卑しい存在ですから。
「しかし助かったぞ、聖女」
「いえいえ、もったいないお言葉です」
「こんなド田舎に聖女とは珍しいではないか。聖女とは王都ザラキにいるものかと思っていたぞ」
ああ、旦那様は聖女についてよく御存じのようですね。
確かに聖女はザラキに多いです。
仲間も仕事も多いですから。
でも私は西へ行くことを勧められたものですから。
「はい、癒しのお仕事は人口の多い場所で求められることが多いものですから。聖女もザラキのような都市にいることが多いですね」
「ではお前は何故こんなところにいるのだ?」
「私は西の隣国ミヘバイル王国に行けと言われたのです」
「ミヘバイル?」
あれ、旦那様が驚いた様子ですね。
どうしたのでしょう?
この街道はミヘバイル行きだと聞いたのですが。
……私は方向音痴なのです。
ひょっとし誤った道を辿ってきてしまったでしょうか?
不安になりますね。
「あの、この街道はミヘバイルへ通じるのですよね? 私間違っていたでしょうか?」
「……いや、間違ってはいないな。古き時代、まだ我が国ガルヴァとミヘバイルの間に国交があった頃は、この街道が使われたと言われている。陸路交易が行われていたとも聞くな」
「ですよね。私が聞いていた通りです。ありがとうございます」
よかった、合っているようです。
私はすぐ道に迷ってしまうものですから、正しいことが確認できてよかったです。
「しかし近年では全く行き来がないのだぞ。何らかの事情でミヘバイルへ行くのでも、海路を使うはずだ」
「そうなのですね? 旦那様は物知りでいらっしゃいますね」
「う、うむ。いや、街道が通された当時とは状況が違うのだ。噂では国境付近のルホークリス大山脈で魔物の活動が活性化しているという」
「魔物の活動が活性化、ですか……」
とてもありがたいですね。
食べ物には困らないようです。
魔物は勝手に狩っても怒られないですから。
ああ、お肉は久しぶりですね。
おいしい草食魔獣が生息しているとよろしいのですけれど。
早く魔物を狩って食べたいですねえ。
「街道も寸断されていると思う。陸路でミヘバイルへ行くのはムリだぞ」
「大丈夫でございます。私は卑しき聖女でありますから」
なおさら不審げですね。
私もガルヴァ王国内では力を隠せと言われていますので、派手な魔法を披露するわけにはいきませんし。
何とかうまい言い訳は……。
「……聖女は浄化の術も使えるのです。あまり使用する機会はないのですけれども。また聖女の存在自体に浄化効果があるとも言われておりまして」
「ふむ、聞いたことはある」
「邪気持ちの魔物は浄化を嫌うのですよ。ですから少々の魔物は問題ないのでして」
実際には人の目がなくなったら飛行魔法で飛んでいこうと思っていました。
またおいしそうな魔物が現れましたら、ビシバシ倒して食料にする予定です。
お肉のストックが欲しいですねえ。
「……忠告はしたぞ」
「はい、ありがとうございます。旦那様は御親切ですね」
卑しい聖女の私に対して、現在の状況を丁寧に教えてくださいました。
きっと大層思いやりのある方なのでしょう。
ルホークリス大山脈の情報などは今までどこでも聞けませんでしたので、大変参考になります。
「この先に集落がある。ガルヴァ王国内の街道上で最後の集落だ。大山脈越えを企図しているなら十分に用意した方がよいぞ」
「重ね重ねありがとうございます。思いやりが身に染みます」
次の集落が最後ですか。
ではさらに向う側に行ったら通行人はいないでしょうから、飛んでいけばよさそうですね。
あと少しです。
「ほら坊、急ぐぞ」
「う、うん」
「あのう、旦那様と坊っちゃんを祝福させていただけませんか?」
「祝福だと?」
祝福の術は不安を消して気分を高揚させ、さらに身体能力を上げるものです。
身体が軽く感じられますので、かなり楽に歩けると思いますよ。
「旦那様と坊っちゃんに出会えたのも何かの縁です。サービスさせていただきますが」
「ふむ、では頼もうか」
「旅行くお二人に大いなる祝福を!」
光がくるくると舞い、そして旦那様と坊っちゃんに降り注ぎます。
「……きれい」
「これは見事なものだな」
「恐れ入ります」
褒められるとごめんなさいと言いたくなりますね。
見かけは派手なのですけれども、強化倍率はかなり絞ってあるのです。
あんまり身体が軽くなり過ぎると、却って転んでケガしやすかったりするものですから。
「まさかこんなところで本物の祝福が見られるとはな。非常に高度な術だと聞いていたが」
「たまたま私は祝福が得意なものですから」
祝福もよろしくなかったですか?
他の聖女が私並みの術を使えると思われてはまずいですものね。
どうも私は抜けているところがあると言われますから、よくよく注意しなければなりません。
「行くぞ、坊」
「うん!」
「では私も失礼させていただきます」
互いに逆方向へ。
お子さんが手を振ってくれます。
可愛いですね。
でも聖女の何たるかを知れば、挨拶なんかしたくなくなるのでしょうか。
ちょっと寂しく思います。
さて、私もまいりましょうか。
今日中にガルヴァ領内にある最後の集落を目指すのがいいですね。
そうすれば明日にはミヘバイル王国領内に入れると思いますから。
卑しい聖女が認められる社会を目指しましょう。
それが私の望みなのです。
でも聖女って因果な存在だなあって思います。
いえいえ、私が文句を言える筋合いではないのですけれどもね。
何故なら卑しき聖女の因縁というのは、私が生まれるずっと以前に定められたものでありますから。




