ドリームマッチ計画 2
「ドリームマッチ計画、始動よ」
その瞬間――。
からだから力が抜けて、チカの意識は夢の世界に落ちていった。
★ ★ ★ ★ ★
「いやいやいや、おかしいでしょ」
試合する選手を見て、チカはせいだいなツッコミを入れた。
「なんで力士と忍者が野球してるの!?」
バッターボックスに立っているのは、まわし姿のお相撲さん。そして守備についているのはグラブをはめた忍び装束の忍者たち。すべてがおかしすぎる。
「なにがおかしいの?」
「全部だよ! 選手も試合会場も全部おかしいよ!」
ドリームマッチなんていうから、てっきり東京ドームみたいな立派な球場で試合するものだと思っていたけど、いまいるのはフェンスで囲まれただけの空き地。
しかも観客はゼロ。これじゃあドリームマッチどころかコスプレ映画の撮影現場だ。
「だいたいドリームマッチなら、ふつう、大谷選手とか、ダルビッシュ選手とかがいるはずでしょ。なんでお相撲さんと忍者なの?」
「なによ、力士と忍者が野球しちゃいけないの?」
アルルがナイフのようにするどい目でにらみつけた。
「そんなルール、世界中のどこにもないわよ」
「そ、そりゃそうだけど……でも、これじゃあショウくん、もう一度野球をやりたいと思うかな?」
チカはベンチで寝ているショウを見た。
夢の中で最高の試合をして、ショウの野球への情熱をよみがえらせる。
それこそが、この『ドリームマッチ計画』のねらいなのだ。
「だいじょうぶ。あの人なら、かならずショウの心を動かしてくれるわ」
「あの人?」
チカはアルルの目線の先を追った。
アルルが見ているのは、ひょろりとした背の高いピッチャー忍者だった。
「うう……」
ベンチで横たわっていたショウが目を覚まし――いや、夢の世界にやってきた。
「ここ、どこだ?」
ショウがあたりを見まわした。そしてグラウンドの選手を見て、
「いやいやいや、おかしいだろ」
チカとおなじツッコミを入れた。
「なんで力士と忍者が野球してるんだよ。これ、ぜったい夢だろ」
「そう。これは夢よ」
アルルがいった。
「え……きみ、だれ?」
「わたしはアルル。あなたが所属する蟹江リキシーズの監督よ」
「監督? その格好で?」
ショウがアルルを指さした。
どうやら夢の世界では花子ではなく、本物のアルルのすがたで見えているらしい。
「いったでしょ、これは夢だって。だから、わたしみたいなゴスロリドレスを着た美少女が監督でも気にしちゃダメ」
「いや、自分で美少女とかいうなよ」
「なにか文句あるの?」
ふたたびするどい目でギロリ。
「ありません」
「よろしい」
アルルが満足そうに髪をなでた。
「このすがたでは『はじめまして』ですね。ショウくん」
エンリルが手をさしだした。
「ぼくはエンリル。リキシーズのピッチャーで、美少女監督の兄です。よろしく」
「あ、こちらこそよろしくお願いします」
ショウがエンリルの手を握った。
そのとき、
トン トン トン トントントン
アルルのスマホの着信音が鳴った。
「こんなときに」
うなるようにつぶやいて、アルルは電話に出た。
「以前に逃がしたやつね。わかった、すぐ行くわ」
アルルはエンリルに目配せした。どうやらユウマがあらわれたらしい。
「アルル、ここはわたしにまかせて」
チカがいった。
「わたしがここにのこれば、この夢が覚めることはない。野球のことはよくわかんないけど、せっかくふたりがここまでしてくれたんだもん。ドリームマッチ計画はわたしがなんとかしてみせる」
「チカ……」
「そのかわり、今度ちゃんこ鍋のつくり方を教えてね♪」
「ええ。秘伝のレシピノートを見せてあげるわ」
チカとハイタッチすると、アルルはショウのほうへ向き直った。
「ショウ、監督として命令するわ。この試合、全力で野球をたのしみなさい」
「野球をたのしむ……」
ショウがおどろいたように目を開いた。
「わたしからはそれだけよ。チカ、あとはお願い」
「うん」
チカは力強くうなずいた。
「エンリル、行くわよ」
「ショウくん、ホームラン期待してますよ」
ショウにバットをわたすと、エンリルはアルルと一緒に空き地から出ていった。
「土屋、ありがとな」
ショウがいった。
「正直、いまでも状況は飲みこめてないけど、土屋がおれに野球をさせようとしてくれていることだけはわかる。だから、ありがとな」
「そんな……わたしはただ……」
「今度、学校で会ったら、また『ありがとう』っていうよ。ま、現実の土屋はなんのことか、さっぱりだろうけどな」
ショウがひざをたたいて、ベンチから立ちあがる。
「これは夢なんだ。だったら思いっきり野球をたのしんでやるよ」
★ ★ ★ ★ ★
野球をたのしむ。
ショウは監督にいわれたことをやり遂げるつもりだった。
ただし、たのしむといっても、ふざけてプレーするわけじゃない。
すべての力を出しきって勝利をつかみに行く。大好きな野球に全力で取り組むことが、野球を「たのしむ」というカズヤさんからの教えだった。
まずはバットを振って、スイングの感覚を取りもどす。
1回、2回、3回。すごい。バットを振るたびに発電機みたいにからだにパワーがみなぎってくる。
これなら本当にホームランが打てるかもしれない。
得点は蟹江リキシーズが0。相手チームの海老原ニンジャーズが1。
2アウト1塁の状況で、ついにショウの打順がまわってきた。
リキシーズにのこされた攻撃のチャンスは最終回のこれっきり。
もし、ここでショウがホームランを打てば2―1でリキシーズの逆転勝ち。
ぎゃくにアウトになれば、その時点で負けが決定。
そんな崖っぷちのギリギリの状況をショウはたのしんでいた。
2アウトからの逆転勝ち。そんなドラマが生まれるからこそ、野球はおもしろいんじゃないか!
(さあ、こい!)
バッターボックスに立つと、相手ピッチャーを見すえた。
紺色の頭巾で顔を隠しているので、ピッチャーの表情はわからない。
でも頭巾のすきまからのぞく目は、ショウとおなじで野球をたのしんでいるように見えた。
真剣勝負の一球目。
ボールを投げる前にピッチャーが肩をすくめた。
(え?)
あの動き、まさか……。
その動揺が、バットを振るのをためらわせた。
「ストラーイク!」
ピッチャーの投げたストレートボールがキャッチャーミットにおさまった。
スポーツ選手の中には、ルーティンとよばれる決まった動作をすることでボールのコントロールやプレーの精度をあげる人がいる。
相手ピッチャーの肩をすくめるという動作もそれだろう。
そしてショウは、そのルーティンに見覚えがあった。
肩の上げ方、おろし方、そこから一度うごきを止めて、ボールを投げるまでの時間。
そのすべてがまぶたの裏に焼きついていた。
まちがいない。
いや、でも、まさか……。
「カズヤさん……」
いつのまにかショウはバットを下げて、ピッチャーを見つめていた。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。




