新月の儀式
先祖返りしてから、新月とその前後は別宅でじいさんと朱音、俺の3人で過ごすことになっている。
「おじいさま、朱音ちゃんはどうしても必要なんでしょうか?」
母さんがじいさんに問いかける。じいさんって言ってるけど、本当のじいさんじゃない。俺のひいひいひい……じいさん。何代前かはわからないけど、この人が俺の家系に鬼の血を入れる原因となったじいさん。そう、鬼だ。
「以前も言ったはずじゃよ、柚子。耀太はまだ鬼としては赤子じゃ。人間と暮らして食肉衝動を抑える訓練が必要。この家では、朱音が一番強い。だから、お主らではなく、朱音と一緒に過ごすんじゃ」
「それはごもっともなんですが……、朱音ちゃんにもしものことがあったら――」
「大丈夫、柚子さん。私、強いから」
心配そうな母さんとは裏腹になぜか誇らしげに胸をそらして、朱音が言う。
「わしもいるから、気にしすぎるな。しかし、わしとて危ない存在なのだから、もし朱音がやられたら、わかるな」
「承知いたしました」
父さんが仰々しく頭を下げる。そして、ぱっと振り返ると去っていった。新月は鬼が一番活発になる時期だ。鬼斬り屋は繁忙期。俺だけに構っている場合ではないんだろう。
〇 〇 〇
「さてと、朱音、新作の映画がサブスクで観られるそうじゃが観るか?」
「観るー」
別宅に頑丈な鍵を外付けされた後、リビングで繰り広げられる会話に拍子抜けする。
「なあ、落ち着きすぎというか、くつろぎすぎじゃないか?」
いくら、今日がまだ新月じゃないとはいえ、鬼二人に囲まれて尚調子が変わらない朱音に注意する。
「だって、私、強いから」
ピースまでされた。
「そうじゃそうじゃ。耀太がいくら暴れようが朱音には勝てん。それは覆らない事実じゃ。だから、お主も今から気張ってないで、リラックスしろ。不安や恐怖は鬼の力を不安定にさせるだけじゃよ」
ほほほと笑って、じいさんはポテトチップスの袋を開ける。
「これ、季節限定商品なんじゃ。美味しいから、通常販売してほしいのぉ」
「これ美味しい」
「そうじゃろ、そうじゃろ~」
二人の会話を聞いてたら、俺まで気が抜けて、結局ポテチを食べながら映画を観て過ごした。
〇 〇 〇
「はぁ……はあ……は......」
旨そうな匂いがすぐ横から漂ってくる。まるで、焼肉が目の前で行われているような。そんな錯覚まで起こる。
くそっ。全然慣れねぇ。
目を開ける。
そこにあるのは、焼肉ではなく、朱音。
スース―と寝息を立てて寝ているその首筋にかぶりつきたい衝動を抑える。
落ち着け。落ち着け。
こういう時は、心を無にするんだってじいさんが言ってた。でも、こんな旨そうな匂いがしているのに無とか、俺、食欲旺盛な高校生なんだけど。無理だ。
一噛みだけでも、せめて、血だけでももらえないか。
「あ、朱音っ」
「なに」
本能的な欲求が理性より勝り、先に朱音に声をかけてしまった。
さっきまで寝ていたはずなのに、すぐに朱音は目を開ける。暗い部屋でお互い横になりながら、見つめあう。朱音の瞳には、ほとんど欠けた月が映っている。
「だめ」
なにも言ってないのに断られた。
「じいじに言われた。すぐ甘やかすのはダメだって。耀太はまだ我慢できる、でしょ?」
「我慢かぁー」
ごろんと朱音から目線を外して仰向けになる。見てると涎が止まらなくなるから。
「なんで、俺より俺のことわかる訳?」
さっきだって、別に用件を言ったわけじゃないのに。
「わかる。だって、幼馴染だから」
そしたら、布団に放っていた右手をぎゅっと握られる。
「大丈夫。耀太は今日は我慢できるよ」
そして、朱音は起き上がって俺の顔を覗き込む。
「我慢できたら、食べていいから」
ごくっ。
唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。




