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あなたの運命、書き換えます! ~ただし好感度は下がります~  作者: トムさん


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9/21

第8章:『逆張り』に隠された、彼の傷跡

橘詩織は完璧だ。でも、彼女は彼の魂の本当の姿を知らない。

その、ほんの僅かな『ズレ』は、私の心を折れさせないための、たった一本の命綱だった。


オペレーションのフェーズは、次の段階へ移行する。

「アル。これより、ターゲットを橘詩織から、天野大和本人に変更します」

『目的は?』

「彼の、心の奥深くを理解すること。特に、あの極端なまでの『逆張り』癖。あれがただの性格じゃないことだけは、確かだから」


私の指示を受け、アルはインターネットの広大な海へと潜っていった。現代人のデジタルタトゥーは、たとえ本人が消したつもりでも、どこかに痕跡を残している。特に、SNSが普及し始めたばかりの、彼の学生時代のデータは宝の山だった。


数時間の解析の末、アルが一つの古いブログをスクリーンに映し出した。大学時代の、天野大和の個人ブログだ。研究のこと、好きなSF映画の感想、何気ない日常。そこには、私が知るよりもずっと無邪気で、人を信じて疑わない、素直な青年がいた。


しかし、大学三年生の秋。

そのブログの更新が、ぷっつりと一ヶ月ほど途絶えている期間があった。そして、再開された最初のエントリーは、今までとはまるで別人のような、冷たく、硬質な文章で綴られていた。


『甘い言葉は、地獄への招待状だ。』


たった一行だけの、その記事。

そこから先のブログは、どこか達観したような、他人を寄せ付けないような、冷めたトーンに変わってしまっていた。


「アル、この空白の一ヶ月に、何があったの?」

『……関連データを検索。当時の学内ニュース、地域フォーラムの書き込みをクロスリファレンスします』


スクリーンに、無数のテキストデータが高速で流れていく。そして、いくつかのキーワードが赤くハイライトされた。

【学生投資サークル】【未公開株詐欺】【友人間の金銭トラブル】


『……結論。当時、対象が所属していた大学を中心に、学生をターゲットにした小規模な投資詐欺が横行していた模様です。主犯格の学生は逮捕されましたが、多くの学生が金銭的、精神的な被害を受けました』


その逮捕された主犯格の学生の名前を見て、私は息を呑んだ。

それは、空白期間の直前まで、大和のブログに親友として何度も登場していた、彼の名前だった。


断片的な情報を、アルが再構築していく。

大和は、その親友に「絶対に儲かる話がある」「お前のためなんだ」と巧みに誘導され、研究のために貯めていた大切なお金を、すべてその投資話に注ぎ込んでしまった。もちろん、それは真っ赤な嘘。親友だと思っていた男は、ただ大和をカモとして見ていただけだったのだ。


ブログの、一番最後の記事。

それは、事件から一年後に書かれ、そして、その日を最後に更新が止まっていた。


『失った金は、どうでもいい。だが、信じた心が踏みにじられた痛みは、一生消えないだろう。

他人が勧める道、他人が指し示す幸福。その先にあるのは、決まって破滅だ。

ならば、俺はもう二度と、誰かが敷いたレールの上は歩かない。

たとえそれが、いばらの道であったとしても。自分の足で、自分の意思で、真逆の方向へ進んでやる』


読み終えた瞬間、全身の血の気が引いていくのがわかった。

彼の「逆張り」は、ただの天邪鬼なんかじゃなかった。

心から信頼した人間に裏切られた、深い絶望から生まれた、自分自身を守るための、痛々しい鎧だったのだ。


だとしたら、私は。

今まで、私がしてきたことは、一体……?


「ベンチに座らないでください!」

「カフェがおすすめですよ!」


良かれと思って、彼のためを思ってかけていた言葉のすべてが、彼の耳には、あの裏切った親友の、甘い囁きと同じように聞こえていたに違いない。

私は、彼の傷口に、何度も、何度も、塩を塗り込むような真似をしていたのだ。


私は、ただの「観察者」じゃなかった。

彼の心を傷つける、「加害者」そのものだった。


「……う……ぁ……」

声にならない嗚咽が漏れる。

「ごめんなさい……ごめんなさい、大和……!」

画面に映る、若き日の彼の、痛みに満ちた言葉に向かって、私はただ、泣き崩れることしかできなかった。私が傷つけていたのは、今の彼だけじゃない。過去の、深く傷ついたままの、彼の心そのものだった。


『マスター……』

アルの静かな声が、沈黙を破る。

『対象の行動原理の根幹を、特定しました。今後の作戦は、これを基に再構築する必要があります』


その、どこまでも正しい声が、今はやけに残酷に聞こえた。

私は、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。


「……ねえ、アル」


声が、震える。


「こんな私に……彼の隣に立つ資格なんて、あるのかな……?」


その問いに、アルが答えることはなかった。

ただ、部屋の静寂だけが、私の罪の重さを、無慈悲に教えているようだった。

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