第9章:イルミネーションの下の、完璧な二人
12月。札幌の街は、一夜にして魔法にかけられたかのように、光の衣をまとっていた。
大通公園を彩る「さっぽろホワイトイルミネーション」。無数のLEDが純白の雪に反射し、この世のものとは思えない幻想的な回廊を作り出している。吐く息は白く、肌を刺す空気は凍えるほど冷たいのに、街は恋人たちの熱気で、どこか浮かれているようだった。
その光の輪から少し離れた、ビルの物陰。
私は、ただ息を殺して、その光景を眺めていた。
あの日、大和のブログで彼の過去の傷跡を知ってから、私は何もできずにいた。
私の行動は、彼を救うどころか、彼の心を深く傷つけるだけの「加害」だった。その事実は、鉛のように重く私の心にのしかかり、前に進むための脚を奪ってしまった。
私に、彼の隣に立つ資格なんてあるのだろうか。その問いは、今も答えが出ないまま、私の中でぐるぐると回り続けている。
だから、今日、ここにいるのは、何かをするためじゃない。
ただ、自分の罪を確かめるための、罰のようなものだった。
『対象、天野大和および橘詩織を補足。現在、大通西3丁目エリアにて、ホットチョコレートを購入中』
アルの報告に、私は黙って頷いた。
数日前、詩織のSNSに「ホワイトイルミネーション、誰かさんと行きたいな」という、あからさまな投稿があった。大和がその誘いに乗るであろうことは、火を見るより明らかだった。
案の定、二人は現れた。
お揃いの白いマグカップを手に、湯気で顔をほころばせながら、光のトンネルをゆっくりと歩いている。詩織が、楽しそうに何かを話しかけ、大和が、未来の私にだけ見せてくれたような、穏やかな笑みでそれに頷く。
その完璧な恋人たちのような光景は、あまりにも美しくて、そして、あまりにも残酷だった。
私の介入がない二人の関係は、運命のレールの上を、驚くほどスムーズに進んでいた。
きっと、この方が正しいのだ。
彼を傷つけるだけの異物である私がいない、この形こそが、彼の本来あるべき幸福なのだ。
そう頭では理解しようとしても、心は悲鳴を上げていた。
二人は、大きなクリスマスツリーのオブジェの前で足を止めた。
詩織が、自分のスマートフォンを大和に手渡して、写真を撮ってほしいと頼んでいる。大和は少し照れくさそうにしながらも、ファインダーを覗き込み、そして、シャッターを切った。
その瞬間、私は見てしまった。
スマホの画面に映る、幸せそうな詩織の笑顔を、大和が、どんな瞳で見つめていたのかを。
それは、私がシェルターの丘の上で見た、魂が惹きつけられるような、あの眼差しだった。
ああ、もう、ダメだ。
彼の心は、完全に彼女のものになってしまった。
『マスター。体温の低下を検知。これ以上、外気に身を晒すのは危険です』
アルの警告が、遠くに聞こえる。でも、私はその場から動けなかった。手足の感覚は、もうとっくにない。寒さのせいか、それとも絶望のせいか、もうわからなかった。
イルミネーションの光が、チカチカと滲んで見える。
それはきっと、私が流すことすら許されない、涙の代わりだった。
「ごめんね、大和……」
私の幸せのために、あなたを傷つけて、本当にごめんなさい。
凍えるような闇の中、私はただ一人、完璧な二人の幸福な光景を、目に焼き付けることしかできなかった。




