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あなたの運命、書き換えます! ~ただし好感度は下がります~  作者: トムさん


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プロローグ:わたしが、いた未来

「ねえ、大和。来年の記念日、どこに行きたい?」


ソファに並んで座り、彼の肩にこてんと頭を預けながら尋ねると、大和は私の髪を優しく撫でながら、少し意地悪く笑った。


「んー、そうだな。月とか?」

「もう、真面目に考えてよ!月旅行なんて、まだ定期便のチケットは高すぎるんだから」

「じゃあ、火星」

「もっと高い!」


頬をぷくりと膨らませる私を見て、大和は「冗談だよ」と声を立てて笑った。その振動が、肩越しに伝わってきて心地いい。2055年の東京の夜景が、大きな窓の向こうで星屑みたいにきらめいていた。


「……札幌、とかどうだ?」

不意に、彼の声が真剣な響きを帯びる。

「札幌? 北海道の?」

「ああ。お前、ずっと行きたいって言ってたろ。ライラックの咲く季節に、大通公園を散歩したいって」

「……覚えてて、くれたの?」

「ばーか。忘れるわけないだろ」


彼は私の手を取り、指を絡ませると、目の前のテーブルに置いてあったタブレットを起動させた。

「ほら、どうせなら今決めちまうぞ。来年のライラックまつりは、っと……5月の中旬からか」

「わ、本当だ!航空券とホテル、取れるかな?」

「俺に任せろ」

画面には、満開のライラックの写真、おいしそうな味噌ラーメンの湯気、きらめく夜景の写真が次々と映し出される。二人で顔を寄せ合って画面を覗き込み、「このホテル、景色が最高!」「いや、こっちの朝食ビュッフェがすごいらしい」「じゃあ、両方泊まる?」なんて、子供みたいにはしゃいで笑い合った。


数十分後、私たちは満場一致で選んだホテルの予約ページで、最後の確認ボタンを押した。画面に『ご予約が確定しました』という文字が踊る。来年の5月、私たちは札幌にいる。その幸福な未来図が、くっきりと形になった瞬間だった。


「お前がどこかに行っちまったら、俺が困るんだからな」

予約完了画面を眺めながら、大和がぽつりと言った。

「たとえ時空の果てに迷い込んだって、俺が必ず探し出してやる」

「ふふ、大げさだなあ。まるでSF映画の主人公みたい」

「大げさじゃない。俺の研究テーマ、知ってるだろ?」

彼の専門は、理論物理学。特に、時空構造の可逆性についての研究だ。

「この宇宙の時間は、俺たちが思ってるほど一方通行じゃないかもしれない。それくらい入り組んだ迷路から、たった一人のお前を見つけ出すくらい、俺にとっては簡単なことだ」

真剣な瞳でそう言うから、私は照れくさくなって、彼の胸に顔をうずめた。心臓の音が、トクントクンと、世界で一番安心するリズムを刻んでいる。この時間が、永遠に続けばいいのに。心から、そう思った。


だから、気づかなかったのだ。

ほんの一瞬、まばたきをした、その刹那に。

世界から、音が消えたことに。


「……大和?」


呼びかけた声は、空気の振動となって虚しく拡散する。

さっきまで、すぐ隣にいたはずなのに。私の髪を撫でていた手の温もりも、彼の落ち着く香りも、まだすぐそこに在るというのに。


肝心の彼だけが、いない。

まるで最初から、そこに誰もいなかったかのように。


手の中のタブレットが、冷たく事実を突きつけていた。

ついさっきまで表示されていた、『ご予約が確定しました』というホテルの予約完了画面は、無機質なエラーコードと共に白く点滅している。履歴を遡っても、『天野大和』とのメッセージのやり取りは、まるで陽炎のように消え去っていた。


『警告。大規模な歴史改変の発生を確認。時空連続体に歪みが生じています』


左腕のブレスレット型AI『アル』が、無機質な合成音声で告げる。その言葉の意味を、私の頭は理解することを拒否していた。


歴史が、変わった?

そんな、馬籠な話があるものか。


震える指で、私はアルに命じた。

「……検索。天野、大和」

一瞬の間。それは永遠にも感じられた。


『……該当者、見つかりません』


心臓が、氷の塊になったみたいに冷えて、砕け散った。

足元から世界が崩れ落ちていく。違う。世界じゃない。私のほうが、この世界から弾き出されようとしているんだ。大和のいない世界なんて、私がいる意味がない。


アルのホログラムスクリーンに、一つの記事が映し出された。

それは、大和が勤めていたIT企業の、数日前の社内報。そこには、プロジェクトの成功を祝う集合写真が掲載されていた。知っている顔ぶれの中に、けれど、あるべきはずの彼の姿だけがない。代わりに、彼のポジションには、知らない女性が、幸せそうに笑っていた。


その女性の名前は――橘詩織。


記事を読み進めるにつれて、絶望が全身を塗りつぶしていく。彼女は、別の部署の人間のはずだった。それなのに、この記事の中では、彼女が大和の代わりにチームを率い、プロジェクトを成功させたことになっていた。そして記事の最後は、こんな一文で締めくくられていた。

『プロジェクトリーダーの橘詩織さんは、公私ともにパートナーである〇〇さんと共に、今後も更なる飛躍が期待されます』


ああ、そうか。

そういうことだったのか。


何かの間違いで、歴史の歯車がほんの少しだけ狂ってしまったんだ。

彼が、私と出会うはずだったあの日に、代わりに彼女と出会ってしまった。ただそれだけの、些細な、けれど決定的な違いが、私の幸福のすべてを奪い去った。


涙も出なかった。

ただ、胸に燃え広がっていくのは、焼け付くような痛みと、一つの強烈な願い。


彼を、返して。

私の大和を、返してよ。


立ち上がり、彼と私の共有書斎の奥にある、固く閉ざされた扉へと向かう。そこにあるのは、彼の研究の集大成。理論上は完成しているものの、あまりの危険性から使用が禁じられている、時空跳躍装置。禁忌のテクノロジー。一度使えば、二度と元の時間には戻れない、片道切符のタイムマシン。


『マスター、危険です。タイムパラドックスは予測不能な結果を招きます。あなたの存在そのものが……』

アルの制止の声が耳に届く。でも、もう迷いはなかった。


彼がいない未来みらいに、私が生きる意味なんてない。

私の存在が消えたっていい。

たとえ世界中を敵に回しても、歴史に泥を塗る罪人になったとしても。


私は、もう一度、あなたに会いたい。


認証パネルに手を置く。重厚な扉が、静かに開き始めた。

その向こうにあるのは、過去か、それとも破滅か。

どちらでもよかった。


「待ってて、大和」


私の運命は、私が書き換える。

その覚悟だけを胸に、私は光の中へと、一歩を踏み出した。

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