痴漢がムカついたので、異世界に置き去りにしてやった
『私、河合茉里。18歳、聖リリアナ女子大学の1年生です♡』
私は今日何度目になるかわからない、自己紹介の脳内シミュレーションを行っていた。なぜなら、今日は生まれて初めての合コンだからだ!
“彼氏いない歴=年齢”の私は、めちゃくちゃ気合を入れていた。新品の清楚なワンピースに、美容院で巻いてもらったばかりの髪。ふわっと漂うシャンプーの香りと、首にかかる軽い毛先が、私の気分を最高潮に盛り上げる。
今の私は、どこからどう見ても可憐な乙女に違いない!
そんな訳だから、夕方の満員電車だって全然苦じゃな……くない!
湿気モワモワな車内に漂う、誰かの汗臭に加齢臭。──誰だ、ニンニクを食べたのは!?
匂いが服に移ったらどうしよう……などと気にしていた、そのときだった。
不意に覚える腰周りへの違和感。おぞぞぞぞ、と背筋を這う寒気に、私は“触られている”と気がついた。咄嗟にその手首を鷲掴みにし、逃さぬよう力を込める。
そして駅に着いた電車のドアが開いた瞬間、私はホームめがけて、不届きな男を投げ飛ばした。
「どおおおおおりゃああああああ!!」
「ひんっ」
情けない声を上げ、泡をふいたオッサンを眺めながら、私はパンパンと手を払った。
「最低オヤジ。元柔道部をなめんなよ」
そう吐き捨てて「駅員さんを呼んでくださ〜い」と叫びながら辺りを見渡し、フリーズした。
「ここ、どこ…………?」
駅のホームじゃ、ない。
中世ヨーロッパ風の城の、広間みたいな場所。そこで騎士と神官と王様のような人たちに、私とオッサンは囲まれていた。
✽
「おお、聖女よ。よくぞ参った!」
手を広げて歓迎の意を示す王を見ながら、私は思った。
“よくぞ参った”や、あらへん。
何なんだ、痴漢だけでなく“異世界転移”まで、私の合コンデビューを邪魔するのか。イライラする。
「私、今から合コンなんで、帰してもらっていいですかね?」
「ゴーコン? ハッハッハ、この状況を驚かぬとは、豪胆な娘よ! 気に入ったぞ」
「気に入ってもらわなくて結構なんで、帰らせてください」
全国大会出場経験のある私の鬼強メンタルと、状況を受け入れる柔軟性を甘く見てもらっちゃ困る。
異世界転移の物語を見て、「もし自分が召喚されたら、イケメン騎士と……キャッ♡」なんて妄想したことだってある。
でも今じゃないんですよ。合コン優先。周りを見ても、イケメン騎士どころか若い男すら見当たらないし。
「聖女よ。我が『オストワール国』を魔王の手から救ってはくれまいか。帰したくても無理なのだ。今、この陣は魔力を失った。再び動かすには膨大な魔力が必要。そして戻るには“帰還の呪文”なくして帰れぬ。それは魔王が封じ込めた神のみが知っているのだ」
あっ、これ──!
昨日見たアニメと同じ設定だ。
日本から『オストワール国』へ突如召喚されたマツリ。彼女は聖女として国中を旅して仲間を集める。そして魔王に立ち向かい、神を助けて“帰還の呪文”を手に入れる……そんなストーリー。
ちなみに彼女の仲間はというと、
①「オレってばカッケェ!」と逐一自画自賛する、ナルシストな俺様剣士。
②「わわわわたくしがご一緒してよろしいのでしょうか……」と毎回確認しないと気が済まない、気弱な魔法使い。
③「おいどんに任せろ!」が口癖の、胸筋であらゆる物理攻撃を跳ね返す熱血シールダー。
どれも私のタイプではない。なんなら魔王が一番かっこよかったけれど、私の大嫌いな蛇を飼っているし、怒ると目から血が出てた。論外だ。
正直、アニメ自体はおもしろいとも思えなかったが、主人公が私と同じ名前だったのと、エンディングテーマが好きな歌手だったので、惰性で見ていただけだ。
──となれば。
「ステータス・オープン!」
私が唱え、目前に現れた光のパネルで自分の状態を確認していると、その内容を見た異世界の住人たちが一斉にどよめいた。
すごい、めちゃくちゃチートじゃん。
レベルMAX、体力と魔力は無尽蔵。時間魔法に浄化魔法、攻撃魔法に状態異常魔法となんでもござれ。
「素晴らしいぞ、聖女よ!」
「あなたがこの国に来てくださってよかった!」
勝手に感激してろ。心の中で冷ややかにツッコみながら、私は今からすることを決め、即座に実行した。
「時間停止!」
そう唱えると、ぴたりと私以外の時が止まった。
「わーお、本当に止まった!」
少し愉快な気分になる。とりあえずささやかな嫌がらせとして、王には1ヶ月、頭髪が透明化する魔法をかけておいた。私の恨みを思い知れ……手触りはあるのに見えない毛に悩まされるがいい。
さて、次の呪文だ!
「浄化! 浄化! 浄化!」
入念に自分を浄化する。電車で浴びた色んな臭気、そして痴漢に触られた穢れを徹底的にリセットだ。続いて、
「美化!」
髪はつややかにまとまり、肌はうっとりするほど透き通る。揉みくちゃになったワンピも元通り。顔も見たい。鏡がないのが残念だ。少し薄れていたシャンプーの香りも戻ってきて、私の気分はちょっぴり回復した。
そして私は足元の痴漢に向かって変装魔法をかけた。
“一時的に私の姿に変化”したオッサンの時間停止を解き、氷塊を落として雑に起こす。
「おはよー」
「……う、あ」
「あのさ、電車で私のこと触ったじゃん? 警察につき出したら、取り調べとかで時間食うんだわ。そしたら合コン、行けなくなるかもしれないんだよね」
「許して……ください……」
「許すわけないでしょ」
ギロリと睨むと、オッサンは「ヒッ」と蚊の鳴くような声で叫んだ。気が小さいくせに、よくもまあ痴漢なんて大胆な真似ができたものだ。
「寒気がするほど嫌だけど、あんたを1時間だけ“私の姿”にした。あんたは今からここで、“聖女マツリ”の代わりをするの。変装とけたらどうなるんだろうね。
あ、触ったってことはこのワンピ気に入ったんだろうから、服はずっとこのままにしておいてあげる。ふふっ、展開気になるなー。あのアニメより面白そう!」
一方的にまくしたてると、キョトン顔の“私もどき”に、もう一度時間停止をかけた。
そうして悠々と、ひとりで魔法陣の上に乗る。
全魔力を注ぎ込んで陣を稼働させると、私はそこで大好きな歌手の歌を熱唱した。わぁ、この部屋めちゃくちゃエコーかかるっ。キモチイイ!
昨日最終回を見ておいてよかった。“帰還の呪文”はアニメのエンディングテーマそのものという、斬新な終わり方だったのだ。
そうして私は痴漢を異世界に残し、無事日本に帰還を果たした。
✽
「や〜ん、おまたせしちゃってごめんなさい!」
あのゴタゴタのせいで、残念ながら30分ほど遅れてしまった。でも、主役は後からやって来るとも言うし!
座席に通された瞬間、私は息を呑んだ。
異世界の騎士なんかより、何百倍もかっこいいイケメンがそこにいたのだ。
「おー、来た来た! 河合さんね?」
「はいっ、よろしくお願いします〜!」
「可愛い格好だね、お嬢様みたい」
「うふふ、今日のために買っちゃいました♡」
私はジュースを片手に笑顔を振りまいた。トークも絶好調。
好きな歌手の話で盛り上がり、趣味のカフェ巡りについて語り、ちょっと天然っぽい失敗談も炸裂させた。完璧だ。
「高校では部活、何してたの?」
「柔道部ですっ」
「へえ〜、厳しそう。結構強いの?」
「えっと、ちょっと全国大会行ったくらいでぇ。3位入賞は出来なかったんですぅ」
「……全国?」
イケメンの笑顔が一瞬、固まったように見えた。気のせいだろうか。
さらに私は話を続ける。
「あっ、今日ね。電車に痴漢いたんですよ! 私、思わずホームに投げ飛ばしちゃって! だから遅れたんです。ほんと信じられないですよねぇ」
「……え、投げ飛ばし……?」
「すぐ伸びちゃって。あんな弱いなら手を出さなきゃいいのに、ねー?」
「……」
何となく……静かになった?
おかしいな、さっきまで盛り上がってたのに。
──結局、誰も私に連絡先を聞いてくることはなく、あっさりと解散になった。
なんでええええええーーーー!?
✽✽✽
『私、河合茉里。23歳、事務員やってます♡』
私は人生で何度目になるかわからない、自己紹介の脳内シミュレーションを行っていた。なぜなら、今日は記念すべき30回目の合コンだからだ!
“彼氏いない歴=年齢”の私は、今回こそはと気合を入れていた。けれどもう、よくわからん。
エレガンス、ガーリー、オフィスカジュアル、フェミニン、ナチュラル……ありとあらゆる雑誌を研究したのに、どのコーデも不発だった。
そして今日、合流した女友達は言った。
「あ……すごいね。……ただ、ちょっと迷走しすぎかな?」
確かにちょっぴり気合入れ過ぎた感はある。男性陣には「2次会の帰り?」と聞かれた。
「いえ、可愛いかなと思って!」
そう言った途端、空気が冷えた。
30回目ともなると流石にわかる。今日も脈ナシだ、と……。
傷心のまま電車に揺られていると、隣に立っている女の子が何やらモゾモゾしていた。もしやこれは、と横目で状況を確認すると、案の定“触られて”いた。
咄嗟にその男の手首を鷲掴みにし、逃さぬよう力を込める。
そして駅に着いた電車のドアが開いた瞬間、私はホームめがけて、不届きな男を投げ飛ばした。
「どおおおおおりゃああああああ!!」
「はぁんっ」
色っぽい声を出すんじゃないよ。泡をふいたオッサンを眺めながら私はパンパンと手を払い、被害者女性が気になって「大丈夫ですかぁ〜?」と叫びながら後ろを振り返った。すると──……
「あれ……? ここ、」
デ ジャ ヴ !!!!
そこは駅のホームではなかった。
中世ヨーロッパ風の城の、広間みたいな場所。そこで騎士と神官と王様のような人たちに、私とオッサンは囲まれて、土下座されていた。
✽
「あの……この度は突然お呼び立てして申し訳ございません。ようこそいらっしゃいました、聖女様」
数年ぶりの王様は、随分腰が低くなっている。
「この国は……魔王軍の侵攻が深刻化しており……どうしても貴方様の御力が必要なのでございます。どうかお助けください」
「「「お助けください〜〜」」」
全員土下座しっぱなしのまま声を揃える。
よっぽど頭髪の透明化が堪えたのか、それとも本当に国が危険なのかはわからないが、王様の口ぶりがあまりにも深刻そうで、以前のようにそそくさと帰るのは躊躇われた。
というか、覚えてるかな……エンディングテーマ。好きな歌手変わっちゃったし、ちょっと歌詞があやしいかもしれない。それでも私はこの世界に魅力を感じないので、バッチリ思い出して帰りたい。今日はオツマミを爆買いして、家でヤケ酒をする予定なのだ。
「もう知ってると思いますけど、私帰ろうと思えばすぐにでも帰れますよ?」
「もちろん存じております!」
慌てたように、王様はコクコクと頷いた。
「以前こちらに残された、女装の男ですが」
「あ、そういえばそんなのいた」
「……お忘れでしたか。あの男は現在女装バーで働いております」
「へ……へぇ……」
どうやら私は、前の痴漢に新たな扉を開くキッカケを与えたようだ。
「それでですね。貴方様が以前おっしゃった“ゴーコン”の意味を探りたかったのですが、なにぶんあの男とは言葉が通じなかったので、汲み取るのに苦労したのです。ですがこの度やっと!」
そう言って、王様はパチンと指を鳴らす。
すると王様の背後にずらりとイケメン騎士が整列したのだ!!
「聖女様はどうやら男女の出会いの場を求めておられると把握いたしました。どうぞこの者たちの中から旅の同行者を好きにお選びください!!」
なんということでしょう。何の魅力もなかったこの国に、居座る理由が出来てしまったではありませんか。
私は彼らに見惚れながら、足元に転がる今回の痴漢を何度も蹴飛ばしていた。気を失いながらも痛がっているようだ。夢じゃない!
どの騎士様もニッコリと笑って私を見ている……眼福すぎる。
とりあえず自己紹介などをしてもらい、外見のほかに年齢、話し方などで気になった一人の男性の前に私は立った。
「あの、この服……どう思いますか?」
すっかりファッションにコンプレックスを抱えてしまっていた私が、淡いピンクのヒラヒラ膝丈ドレスワンピを見せて尋ねると、彼は優しげに微笑んで言った。
「この国にはないタイプのドレスですが、ご令嬢方の間で評判となりましょう。可憐な聖女様にお似合いです。とても美しいですよ」
「う、美し……派手じゃないかな?」
「ええ、この国のドレスはもっと華美ですから。ただ、裾が短いことだけが少々……目のやり場に困りますね」
ヤダッ、そうなのっ!?
スカートの裾をグイグイと下に引っ張っていると、照れたように顔を少し赤らめた騎士様が跪いた。
「どうか、私を貴女様の傍らに置くよう命じてください。命の限り、お仕えいたします」
そう言って彼は、私の手の甲にそっとくちづけた。
ホ ス ト か な !!??
美辞麗句で惑わそうったって、そんなの全然──大歓迎ですね! こんなの初めてなので!!
優しげな笑みを浮かべる目の前の全肯定マンを見て、なんだかもう騙されたっていいやって気がしてきた。即堕ちおめでとう私。これからは彼のために、“ちょろイン”として生きていきます。
「やります! 聖女として彼と旅に出ます!」
拍手と歓声が沸き起こる。
聖女マツリの冒険は、今ここに始まるのだ!
……ところで、何か忘れているような。
私はピンヒールで何か柔らかいものをグニュグニュと踏みつけながら考えた。まぁ、いいか。
──聖女の仕打ちは、またひとりの男を新たな性癖に目覚めさせたという。
痴漢は滅せよという気持ちで書きはじめたけど、なんかズレていきました……!?
捕まえても拘束時間長くて何のメリットもないのほんと許すまじです(・ὢ・)
お星様ピッと押していただけるとめちゃくちゃ嬉しいです✩




